第26話:始動、スプリンター計画――下

 朝からはじまった三人での打ち合わせは、昼メシを挟んで夕方まで続けられた。その内容はとても緻密で、ときには口論に発展するほど加熱した良い議論になった。彼らも一流のゲーマーなのだ、ゲームに対する情熱と知識は並大抵のものではない。


「今日はいい議論ができた。シンジ君の考え方は特殊だが理にかなっていて気づかされることも多い。大いに期待しているからな」


 立ち上がり、リーンゲイルと固い握手を交わす。この人は大雑把に見えるが、ちゃんと物事の本質をとらえていると思った。でなければトップクランのリーダーなんかできないだろう。


「はい。俺もリーンゲイルさんたちの考えが聞けて良かったです。死竜からなにを引き出したいのか、どんな情報が必要なのか、よくわかりました。それをもとに作戦を組み立ててみます。でも驚きましたよ。トップレベルのクランの人たちって、ここまで慎重なんですね」

「すべてはコイツが細かすぎるせいだ。それにな、やれることやっとかないと後で後悔するだろ」


 そう言って、リーンゲイルは顎で高島竜二を指し示した。一方、名指しされた彼はトントンと書類の束をテーブルに立てるようにして均し、視線は書類に向けたままクールに言い返す。


「それは二重表現ですリーダー。『後で後悔する』ではなく『後悔する』だけでいいんです」

「なっ、細かいだろ? コイツはいつもこんな感じだ」


 リーンゲイルはやれやれと両脇で手のひらを上に向け、お手上げのポーズで渋い作り顔だ。とりあえず愛想笑いを返してこの場はお開きになった。


 その後はグローリーのメンバーの人たちとの懇親会と称して繁華街に繰り出し、男だけの親睦を深めるという名目で宴会に連れ出される。酒が飲めない未成年だというのに、いい迷惑だ。


 しかし収穫がないわけではなかった。それは、彼らの人気が凄まじいことだった。ネットで彼らの知名度は知っていたつもりだったが、実際に彼らと行動してみて、本当に知っていた”つもり”だったということを認識させられたのである。


 クラングローリーは全員がレベル60以上であり、この世界最強のチームだ。憧れるハンターも多く、言いよってくる女の人も多い。メンバーには女の人も数名いるが、彼女らの人気も男女問わず凄まじいらしいことも、ほかの客たちの声で分かった。


 それはさておき、リーンゲイルたちが戦いを見に来ようが来まいが、することに変わりはない。懇親会の翌日は、さすがにキツかったのでサンシティの宿に戻って、ムシュフシュを倒すために必要な残りの四アイテムの取得計画の再考を行った。


 それは死に戻り強行軍をする必要がなくなったことによる優先順位の変更だったり、【転移】で使用するはずだったMP10が節約できることによる作戦の修正だったりだ。


「すこし楽になったな」


 なにより収穫だったのは、ボス戦を一つ省略できるという事実が判明したことだ。


 ムシュフシュに勝つために必要なアイテムの数は変わらず四つだが、その内の二つがボスドロップであり、二つが宝箱で手に入るアイテムだった。しかし、ボスドロップが一つで、宝箱が三つに変わったのだ。


 その理由は、通過型ダンジョンを超えた先のダンジョンにある宝箱からレアで出現する、とあるアイテムを入手することが可能になったからであり、つまり、【転移】で最初のダンジョンをすっ飛ばしてその先にあるダンジョンに潜ることが可能になったからである。


「やっぱり、助けてくれる仲間がいるってことは大切なんだな」


 ダンジョン内部に【転移】で移動することができない。すっ飛ばすことができるようになったダンジョンは長く、雑魚に捕まらずに走り抜けることが不可能なのだ。だからあきらめていた。


 その先にあるダンジョンは最深部は深いものの、目的の宝箱は比較的浅い所にある。おかげで雑魚に捕まらずに宝箱まで到達でき、引き返して外まで走り抜けられそうなのだ。


「おかげでボス戦が減らせる」


 結衣やリーンゲイル達からは戦闘狂だと思われているし、自覚している。だからといって不必要なバトルをするつもりはない。なぜなら、今は目的に向かって突き進んでいる最中だからだ。


 計画再考を行った翌日。さっそくリーンゲイルにお願いして、ダンジョンの先にあるダンジョンの入り口まで【転移】で連れて来てもらった。


「ありがとうリーンゲイルさん、助かりました」

「これくらいおやすい御用さ、君の戦いを観れないのは残念だがな」


 なぜそこまで残念そうな顔をする。それほどバトル、いや、恥ずかしい姿を見たいのか。


 彼にはここに連れてきてもらう前にもちゃんと説明していた。今日はただダンジョンの入り口から宝箱がある部屋まで一目散に駆け抜け、宝箱のアイテムをゲットして、来た道を全速力で戻るという単純作業をすると。


「じゃぁ俺は帰るよ」


 そうとだけ言い残してリーンゲイルはその場から忽然と消え去っていた。【転移】で戻ったのだ。


「それじゃぁ俺もはじめるとしますか。孤独なマラソンを」


 バシッと両頬を挟むように叩き、気合を入れなおす。


 目的のアイテムが宝箱から手に入る確率は十パーセント。なのだが、当然一回目で入手できるとは思っていない。ここの宝箱は一度ダンジョンから出ると中身がリセットされる。だから何回でも挑戦できるのだ。


 今日必要なのは、ハズレてもメゲずに何回でも入り口と宝箱の往復を繰り返す忍耐力だ。それと運。少ない回数で当たりを引き当てるだけの運があれば苦行にはならない。


 どうか少ない回数で済みますように。と祈りを込めて走りだす。ダンジョンの中は薄暗い自然洞な感じだが、わりと広くて起伏も少なく走りやすい。


 途中でポップしてくる敵を躱すように走り抜け、目的の部屋に到着した。その瞬間に追ってきていたモンスターは霧散するように消えていく。これは宝箱がある部屋が安全地帯、つまり別エリアになっているから起きる現象で、モンスターの擦り付け行為ができないこのゲーム世界特有の事情によるものだ。


「さて、なにが出るか」


 期待して明けた宝箱から出てきたのは【毒消し】だった。ハズレだ。


「ま、こんなもんだろ」


 さして悲観することなくダンジョンを逆走する。そして休むことなく入りなおして、結果的には八回目で目的のアイテムを入手できた。


「確率は10%だからツイているのかな。いちおう」


 ようやく手に入れることができた目的のアイテムをしげしげと見つめる。


「コレを着るのか……恥ずかしすぎるぜ」


 手に入れたアイテムは【スプリンタースーツ】。名前からある程度想像できると思うが、このアイテムは頭部までを覆うスカイブルーの全身タイツであり、体防具に分類される。


 ハッキリ言ってこんなものは着用したくない。


 人知れず着用してボスと戦うならまだいいが、リーンゲイルたちが見学し、あまつさえその様子を撮影されるのだ。恥ずかしすぎる。


 それでも【スプリンタースーツ】には絶大な付加効果がある。それは”素早さ”を5も底上げしてくれるということだ。この意味がどれだけ大きいかはさんざん説明してきたと思うので省略するが、これには恥ずかしさに見合うだけの効果があるのだ。


「それだけだとよかったんだけどな」


 しかし、【スプリンタースーツ】には大きな欠点があった。それは、この恥ずかしい防具が呪われたアイテムであるということだ。


 呪いの効果は経験値とスキルポイントが獲得できなくなるという、一般のハンターには非常に有り難くないものである。が、最初から呪われた身なのだから、そんなデメリットなど気にする必要は無い。スキルポイントについても、すでにあらかた必要なスキルを取得しているので同じである。


「そう思っていた時期が俺にもありましたよ」


 ただし、呪われた武器や防具、アクセサリを装備してしまった場合、戦闘不能になるか、教会で決して安くは無いお布施を払って解呪してもらうしか、装備を外すことができなくなる。お金を節約したい事情があるから、この恥ずかしい【スプリンタースーツ】を脱ぎ去る手段は、戦闘不能になることくらいしかないのだ。


「まったく、アホだな俺は」


 そう呟いてダンジョンを走り抜け、【転移】を使って定宿へと戻った。もちろんあの恥ずかしい防具は装備していない。アイテムボックスの中だ。

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