第25話:始動、スプリンター計画――上
リーンゲイルとの話がまとまった夜。いったん定宿に宿泊のキャンセルをしに帰った結衣は、日が暮れたころに彼から指定された場所に顔をだした。
ここはグローリーのクランハウスで、中は現代風の事務所になっていた。入り口から入ってすぐ脇にある衝立で仕切られただけの、打ち合わせ室みたいな部屋のソファに皆で座っている。ソファの前の低いガラスのテーブルには豪華な料理が湯気を立てて並んでいた。
「来たな、結衣。こっちだ。手荷物はないんだな」
「うん、全部アイテムボックスに入れてるから」
彼女が言うとおりこの世界の住人にはアイテムボックスがある。だから手荷物はファッションとしてバッグを持ったり、帯剣したりするくらいだ。
「来たな結衣ちゃん。部屋はあとで案内しよう。今日はささやかだが結衣ちゃんの歓迎会だ。ほかのメンバーは野暮用があってな明日には顔合わせできると思うからゆっくりしてくれ」
「ありがとうございます。リーンゲイルさん。でもこれって……」
彼女は少しでもお金を節約するために定宿を引き払って、今日からグローリーのクランハウスに泊まり込むことになっている。もちろん家賃は発生するが、それは借金の中に含める形になるそうだ。
結衣はテーブルに並べられている料理に遠慮しているみたいだった。
「今日まではお客さんだ。遠慮することは無いぞ、結衣ちゃん」
「で、でも」
「リーンゲイルさんの言うとおりだ。こんな豪華な料理、食べなきゃ損だぞ、結衣」
「う、うん」
暖かい言葉で迎えられ、夕食を食べはじめた結衣の瞳には、涙で滲んでいた。そんなしんみりした歓迎会だったが、食べ終わるころには冗談がでるほどに打ち解けていた。
食事を終え、結構遅くまで三人で話し込んでしまったが、そろそろ定宿に引き上げようと別れの挨拶と食事のお礼を言ってクランハウスの外に出た。すると、すこし歩いたところで結衣が走って追いかけてきた。
「真治、ちょっといい?」
「どうした結衣」
「なんかわたし、ダメダメだね」
「……うん、ダメダメだった。でも、失敗を繰り返さなければいいんじゃないかな。それにこんなところで立ち話もなんだ、少し歩くか」
「うん」
深夜の大通りに馬車の姿はなく、街灯に照らされて歩道を歩く人もまばらだ。建物の灯りもほとんどが消えていている。そんな道を結衣とともに歩き、道路の脇に見えた公園に入り、街灯に照らされたベンチに腰を下ろす。
「ごめんね、真治にまで迷惑かけちゃって……」
「俺のことはそんなに気にしないで。リーンゲイルの依頼も俺にとっては役に立つし、報酬もびっくりするくらい良いんだ。もしかしたら、予定より早く目的を達成できるかもしれない」
「ホントに?」
隣に座って見上げてきた結衣の瞳はまだ潤んでいた。だけどその顔に悲壮感は感じられない。いや、それどころじゃなくて尋常じゃないくらい可愛い。彼女には申し訳ないが、この顔を見られたことが今日一番の収穫だろう。
「ああ、嘘じゃない」
「わかった。わたしは自分ができることを頑張る。だけど、絶対無理しないでね、真治」
「うん、無理はしないよ。そして、目標を達成したら必ず迎えに来る。だから、結衣はここで頑張ること」
「うんっ」
ようやく笑顔を見せてくれた結衣の頭を、ポンと軽くたたくように撫でる。
「今日はもう寝ようか」
そう言って彼女をクランハウスまで送った後、今後の予定を頭の中で整理して眠りについたのだった。
翌日、結衣とは別件で彼らのクランハウスに再び向かった。
「よう、来たか」
フランクに話しかけてきたリーンゲイルは、チームのメンバーと思わしき人たちと、昨日食事をしたソファ―でくつろいでいた。みんなリラックスしきっている。というか、だらけているように見える。
「お、おはようございます。リーンゲイルさん」
知らない人だらけですこし緊張してしまった。
「おはよう、真治君。仲間を紹介しよう――」
グローリーを構成するメンバーは十二名だった。バトルをするときは、最大五名までしかパーティー登録できない。だからその時々によってメンバーを入れ替えたり、チームを二~三パーティーに分けて攻略したりしているそうだ。
「へぇー、君が真治君か。評判は聞いているよ」
「竜二さん、でしたよね。恥ずかしいからそのことについてはあまり触れてほしくないというか……」
「恥ずかしがる必要なんてないと思うんだけどな。死に戻りの世界記録なんてそうそうたてられるものじゃないし、レベル1ソロにもかかわらず、レベル33のボスモンスターを二体も倒している。これに至っては誇るべきことだと私は思うんだが。普通なら挑戦するという発想自体無いからね」
「それは、必要に駆られてというか、仕方なくというか……」
「まあ、真治君の呪いについては同情するけど、私たちにとっては、今の真治君が必要なんだ」
眼鏡をかけた理知的な雰囲気のエリート。それが高島竜二の第一印象だった。
背は見上げるほど高くスマートで、長めのウェーブがかかった黒髪の日本人である。グローリーの中では参謀的な役割を果たしているらしい。
「リーンゲイルさんからある程度は話を聞いたんですが、具体的にはどうすればいいんですか?」
「君にやってもらいたいこと、それは、エリアボス死龍の攻撃パターンを調査することだ。リーダーからは聞いていると思うが、この調査は死に戻りが苦にならない者じゃないとできないし、かといって、バトルセンスが飛びぬけていないと務まらない。レベル1でレベル33のボスモンスターと互角以上に渡り合える真治君はまさにうってつけの人材という訳さ」
たしかに死に戻りは苦にならない。いや、本当のところを白状すると、痛いし恥ずかしいし好んでその状況になりたくはない。しかし、エリアボスと渡り合おうと考えるならかなり綿密な計画を立てる必要があった。
相手にするのは、は最上位のハンターたちが攻略法なしで戦えば負けるような強敵なのだから。
「それは分かりました。だけど、エリアボスと渡り合うためにはそれなりの準備が必要ですが」
「そこのところは気にする必要ないよ。必要な装備やアイテムはすべて私たちが用意する」
「それで、いつ調査をすれば?」
「物資の準備にひと月はかかるからね。それまでは自由にしていていいよ」
「ひと月ですか……」
あとひと月もあればムシュフシュと戦うための準備をだいぶ進められる。さらに、彼らにあるお願いを聞いてもらえることができれば、そのひと月で全ての準備を整えられるかもしれない。
そうすれば、死に戻りの苦行からあるていど解放されるし、ムシュフシュ討伐までの期間が短縮できるかもしれない。そう考え、ダメもとで横で話を聞いているリーンゲイルにお願いしてみることにした。
「あの、お願いがあるんですが――」
彼にお願いした内容とは、ズバリ【転移】での移動だ。
ムシュフシュと戦うまでに”走破”しなければならないフィールドは四か所。そのためには、死に戻り地獄を潜り抜ける必要があるわけだが、彼、もしくは彼らに一度でも【転移】で連れて行ってもらえれば、”走破”する必要がなくなるのだ。
「お安い御用だ」
リーンゲイルの快諾は得ることができた。ただし、と条件は付いたが。
「お前の戦いぶりを見学させてくれ」
それが彼が出した条件だった。それを聞いたグローリーの人たちが、俺も俺もと一斉に見学を申し出たのである。これはマズい。いや、死ぬほど恥ずかしい。
これからの戦いはかなり際どいことになることが確実だ。無様に負けるところを見られるのはもちろんのこと、それ以外にも恥ずかしいことになるのは目に見えている。
しかしどのみち、エリアボス死龍との戦い――調査――では、録画までされることが確定している。だからいまさらそんなことを気にしてもしょうがないか、と、見学の申し出を受け入れた。渋々だったけど。
「じゃぁもう少し詰めた話をするぞ。竜二、資料を用意してくれ」
「すでに用意してあります。リーダー」
その後は死龍について今まで判明していること、調査時の戦い方、その時までに必要なものなどを、三人で詰めていった。
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