第24話:罠――下
その男は身長百九十はありそうな体格の良い西洋系の銀髪だった。歳は三十代前半だろうか。
「アルベルト、見つかったって本当か? すぐ合わせろ。ん? もしかしてソイツか」
その男は客間に入るなり、そう言って近づいてきた。そして、アルベルトに紹介されるよりも早く、手を差し出してくる。
「もしかしなくても彼だよ。リーンゲイル」
「リーンゲイルだ。ハンターをやっている。ああ、お嬢さん。俺にもコーヒーを頼む」
ウェイトレスが注文を確認して下がり、リーンゲイルと呼ばれた銀髪男の差し出していた手を取った。ちょっと慌ただしくてウェイトレスを待たせてしまったが、そんなことは気にしていないようだ。
「オイオイ、紹介くらいさせてくれよ。まぁいいか。真治君だ、君が探していた凄腕ハンターさ」
「よろしくお願いします。三沢真治です」
「なに! 君があの真治君なのか、レベル1でグランドタートルと雷狼を倒した」
どうやらリーンゲイルは俺の正体を聞かされていなかったようだ。彼は大げさなほどに目を大きくしいてる。
「はい」
長い握手をガッチリと交わしたリーンゲイルは、精悍な顔を崩して満面の笑みを浮かべていた。悪い奴ではなさそうでホッとする。それよりも、仕事の内容が気になっていた。さっそく彼に切りだすことにした。
「あの、俺は何をすれば?」
「そうだな、その前に君のステータスを見せてくれないか」
「いいですよ。でも、あまり言いふらさないでくださいね」
「ああ、分かっている」
表示させたステータスを覗き見たリーンゲイルに、肩に手を置かれて慰めの言葉を掛けられた。
「今まで苦労してきたんだなぁ」
「もう慣れましたけどね。それで俺は何をすれば?」
「ああ、済まない。君に頼みたいことは――」
彼から聞いた話の内容は、エリアボスの攻撃特性を調査することだった。当然エリアボスを倒す事ではない。彼らが戦おうとしているエリアボスのレベルは75だ。宿命の敵ムシュフシュよりも遥に格上だった。
「以上が、依頼内容だ。やってくれるか?」
勝つ必要がないなら、どんなに格上相手であろうとも万全の準備をすれば渡り合える。それが縛りプレイを積み上げてきた自信になっている。
「喜んで引き受けましょう。まさに俺向けの依頼内容です。でも、本当に俺でいいんですか?」
「ハハハッ、君のような存在は貴重なんだ。というか今まで君のようなハンターは居なかったからな」
「えっ!? 俺以外にもアウクソーの戒めにかかっている人はいると聞いてますが」
リーンゲイルは渋い顔で口を開く。
「確かに数名だがいる。しかし、レベル1ソロで高レベルのボスモンスターを倒した男は君がはじめてだ。というよりも低レベルの者がソロで高レベルのボスモンスターに挑むこと自体があり得ないんだよ。だから君は凄く貴重な存在なんだ」
唾を飛ばして力説するリーンゲイルの迫力に気おされそうだ。
「たしかにレベル33のグランドタートルと雷狼は倒しましたが、それほど高レベルではないような」
「何を言ってるんだ。グランドタートルも雷狼も、通常はレベル40台のハンターがパーティ組んで相手にするボスモンスターなんだぞ。レベル40台のハンターといえば中堅以上だ。ベテランと言ってもいい」
ちょっとお気楽に考えすぎていたか。ゲームで縛りプレイをすることに慣れ過ぎていた弊害かもしれない。おそらくだが、今までやってきたことや考えてきたことは、他の人にとって非常識なんだろう。今後バトルの話をするときは気をつける必要がありそうだ。
「そうなんですか」
「それにだ。俺が買っているのは君のバトルセンスだ。レベル1で高レベルボスモンスターと互角以上の戦いをして勝てるハンターなんて、それだけで稀有な存在だ。どうだ、正式に俺のクランに加わらないか?」
ネット上でさんざん色物扱いされているにもかかわらず、真剣な表情で勧誘してきたリーンゲイル。どうやら、本気でパーティーに誘っているようだ。それはバトルセンスを評価してくれてるということだから、正直言って嬉しい。けれども、結衣との約束がある。
「あの、依頼は喜んで引き受けますが、クランに加わる返事は待ってもらえますか」
「ああ、その気になったらいつでも言ってくれ」
「こんな俺を誘ってくれてありがとうございます」
結衣とパーティーを組む約束が当然優先だ。
ちなみに、クランというのは簡単に言うとパーティを大きくしたような集団のことだ。複数のパーティが所属するクランもある。
「ところでシンジ君。そちらのお嬢さんは」
「えっと、わたしですか?」
邪魔をするのは悪いとでも思ったのだろうか、リーンゲイルとの話を黙って聞いていた結衣は、突然話を振られたことにワタワタしている。
「そうそう、まだ自己紹介もしていなかったね。俺はリーンゲイル。グローリーというクランのリーダーを務めさせてもらっている」
「グローリーっていうと、この世界で一番有名なクランじゃないですか!」
「世間ではそう見られているようだな」
目を丸くしている結衣は少し興奮気味だった。そんな彼女に対し、なぜだかバツが悪そうに彼は頭を掻いた。
「わたしも自己紹介が遅れてゴメンナサイ。真治とパーティを組んでる江戸川結衣といいます。それでですね――」
自己紹介はついでだったかのように、結衣は今回会うことになったいきさつを説明していった。そして話の最後に勢いよく頭を下げながら口を開く。
「――それで……わたしにもなにかできる仕事があればお願いします!」
「事情はよく分かった。でもね結衣ちゃん、簡単にYESとは言えない」
「そう、ですか」
意気消沈している結衣に、リーンゲイルは優しく微笑みかける。
「話は最後まで聞こうな。うちで仕事ができる可能性が皆無とは一言も言っていない。単刀直入に聞こうか。なにができる?」
「なにができるか、なにができるか」
つぶやきながらうつむき、必死に考えている様子の結衣がムクリと顔を上げた。
「アイテム合成とか?」
「ほう、悪いがステータスを見せてくれるか? なに、口外はしない」
リーンゲイルは彼女が表示したステータスボードをしげしげと眺め、渋い顔をした。結衣はその様子を緊張の面持ちで見守っている。
「レベル2か。アイテム合成師は貴重な存在だが、レベル2ではなぁ」
結衣の顔色が徐々に曇っていった。しかし、リーンゲイルが「フム」と顔を上げると笑顔を見せる。
「結衣ちゃん、三か月だ。俺たちにも予定があってな。悪いが三か月でレベル10になってもらう。そうすればアイテム合成もレベル3に上げられるはずだ。ただな、相当キツいレベル上げになる。その覚悟はあるかい?」
彼女のレベルは6のはずだ。レベル10まで上げるためには普通にやれば一年近くかかる。いくら彼らに予定があるとはいえ、それをたったの三か月。
「たった三か月で」
そう言って結衣は絶句してしまった。それも仕方ないだろう。彼女一人では絶対に無理だ。方法としてはパワーレベリングしかない。今の切羽詰まった彼女ではそこまで思い至らなかったのだろう。
「君ひとりでレベル上げをしてもらうとは一言も言っていないよ。結衣ちゃん」
「えっ?」
キツネにつままれたような呆け顔で結衣は口を丸く開けていた。その様子をリーンゲイルは楽しげに見ている。この男、結衣をイジって遊んでやがるのか?
「リーンゲイル! シンジ君が怒ってるぞ。まったく君は説明の仕方がなってない。もっと要領よく伝えないとユイ君がかわいそうじゃないか」
「なっ、俺は結衣ちゃんをリラックスさせようと――っ!」
「悪いなユイ君それにシンジ君も、コイツに悪気はないんだ。ただちょっと要領が悪いだけなんだよ」
アルベルトはなにか言いたそうなリーンゲイルの口を抑え、そう謝ってきた。悪気がないならそれでいい。彼が紛らわしい言動をする癖は、今後心にとめておこう。知っていれば心を乱されることもあるまい。
「悪気がないならそれでいいんです。結衣もいいよな?」
「ほえ?」
結衣だけが、今の状況を呑み込めていなかったようだ。彼女以外の男三人が、その呆けた間抜け顔に思わず吹き出してしまった。その状況に初めて結衣が不満の声を漏らした。顔を赤くして胸をポカポカと両手で叩いてくる。
「うー、真治のバカバカ」
「悪い悪い。だからごめんって――」
結局このあと、リーンゲイルが結衣にパワーレベリングのことを説明して話は無事まとまった。彼女は明日からグローリーの高レベル女性メンバーと組んでパワーレベリングだ。
結衣はグローリーに借金をする形で支払いを済ませ、パワーレベリングに掛かった費用と借金分をアイテム合成の成果で支払う形になった。
で、グローリーの依頼ももちろん受けることになった。結衣の借金とは完全な別口だとリーンゲイルは言っていたが、多分な温情が含まれていることは間違いないだろう。だから彼の期待に十分以上の成果をもって応えようと心に誓ったのである。
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