第31話:決戦

 死竜との死闘を終え、リーンゲイルから報酬として千二百万円と、調査物資の余りである【MPポーション】やいくつかの攻撃アイテム譲り受けた。


 報酬は一回の調査あたり百万円であり、この額は戦闘不能になることへの慰労金と、攻撃を避け続けて死竜の攻撃を引き出す技術料で構成されている。その金を使い、いよいよムシュフシュとの戦いに向けた最後の準備に取り掛かった。


 まず最初にやることは、先人たちのムシュフシュとの戦闘記録を確認することだ。すでにムシュフシュの攻撃や特性、それに撃破のための作戦立案は完了している。なぜ先人の戦闘記録を確認するのかと言えば、NET上にアップロードされているバトル動画を見て、ムシュフシュの動きや癖、戦闘の雰囲気を知りたかったからだ。


 ムシュフシュは、強制的にレベルを1上昇できる【成長の扉】という貴重なアイテムを、初回限定だがドロップする。だからかなり細かい所まで調べ上げられている人気モンスターだった。レベルは50でバトルはソロ限定だが、HPが65535と高くMPも多い。


 バトルを挑む推奨レベルも60となっていて、高レベルのハンターであることが必須条件だと資料には書いてあった。そして、必勝法は確立していないが、戦いを有利に進められる戦略と戦法がいくつか紹介されていた。


 基本は回復重視の安全第一戦略だ。しかしレベル1では、紹介されている戦略や戦法はもちろん使えないが、先人のバトル動画は参考になる。


 そう思って幾つかの動画を見た結果、たしかに皆安全第一で戦っている。頭部が毒蛇、体がネコ科の猛獣、下半身が鳥、それにサソリの尾をもつキメラ型のムシュフシュの攻撃は、必ず初撃に特殊効果つきの闇属性攻撃、ブレスからはじまっていた。


 情報にあるとおりだ。その特殊効果は、毒状態の付加と気絶、確率三十パーセントの即死効果、そして物理ダメージだ。これは、まとめサイトにある情報のとおりだった。


 さらに、まとめサイトにはこうも書かれていた。


 ムシュフシュの攻撃は、対戦相手がどんな状態であろうと初撃は必ずブレス攻撃になるが、二回目以降のブレスを放つ条件は、対戦相手が状態異常に陥っていないこと。


 この特性が、レベル1でムシュフシュを倒す上でのキモとも言っていい攻略要素になっているのだ。ブレスによる物理ダメージは、どんな軽減手段を使おうが耐えられない。しかも、エリア攻撃だから躱すことができない。


 つまり、なにもしなければ初撃で必ず俺のHPは無くなってしまうのだ。一見攻略不可能に思えるが、実はそうではない。HPを全て削られても、一回限定で復活することができる装備品がある。


 その装備品が、苦労して倒した堕天使のドロップアイテムである【身代りの腕輪】だ。【身代りの腕輪】は、HPがゼロになる攻撃を受けたとき、一度だけそのダメージのみを代わりに受けてくれるアクセサリだ。


 一度その効果が発動すると砕け散ってしまうが、ムシュフシュのブレスを乗り切る方法はこれしかない。これで初撃は乗り切れる。


「いよいよ明日だな」


 そう心を新たにし、NETを漁っている途中で見かけた『【青い稲妻】変態挙動請負人【スピードスター】』とかなんとかいう動画を見て眠りについた。こんな動画を投稿しやがった高島竜二には、絶対に仕返ししてやると決意して。



 そして迎えた決戦当日、俺はとあることを祈りながらムシュフシュの出現ポイントへと【転移】した。そして、その期待は即座に裏切られることになる。


「まったく、遅いじゃないか。もう全員集まっているぞ」


 満面の笑みで出迎えたのは、リーンゲイルたちだ。アルベルトや結衣もそこにいた。彼女は口を押えて必死に笑いをこらえている。


「いやぁ、シンジ君。どうしても君の戦いが見たくてね、無理言って連れてきてもらったよ。そしたら結衣ちゃんも一緒に来ることになってね」


 さらりとそう言ってのけたアルベルトに、このとき明確な殺意を覚えていた。リーンゲイルや高島竜二がここにいることは約束だったから仕方がない。しかし、結衣にだけはこの姿を見られたくなかった。


「頑張って、真治」


 と、噴出しそうになるのを必死で抑えながら、涙目で言ってくれた結衣に、頭を掻きながら赤面するしかできなかった。きっと、スカイブルーの全身タイツと、真っ赤に赤面した顔が、絶妙のコントラストを奏でていることだろう。


「……頑張るよ、結衣」


 そうとだけ言ってMPを補てんするとすぐに、そそくさと小山の高台にあるムシュフシュのバトルエリアに踏み込んだ。高島竜二が「まだ撮影の準備が――」などと、ふざけたことをほざいているが、一刻も早くこの窮地を抜け出したかったこの行動を、誰に責められよう。


 いよいよ出現したムシュフシュは、ビデオで見た通りの頭部が毒蛇、体がネコ科の猛獣、下半身が鳥、それにサソリの尾をもつキメラ型のモンスターだった。全長は四メートルほど。


 ムシュフシュの初撃は何が来るかもう調べがついている。出現するや否や、大きく仰け反っている。ブレスを放つつもりだ。俺は、ブレスが来る前に、速攻で【超速】を唱えると、気絶しないように耳を塞いだ。その直後、紫色に染まった毒霧と表現したらいいのだろうか、ブレスが襲い、【身代りの腕輪】が砕け散った。


 さらに、ブレスによる毒効果と気絶効果に対しては、それぞれ別に対処する必要があった。


 まず気絶に対しては、簡単な対処方法が知られている。それは、耳を塞ぐという簡単な方法だ。この気絶効果は、ムシュフシュがブレスを放つ際に同時に発生させている超音波によって付加されるということが分かっている。だから耳を塞ぐだけで無効化できる。


 残るは毒効果のみだが、これに関してはあえて対処しない。どのみち【デビルリング】を装着して最初から毒状態なのだ。対処することなど無意味だった。そして、この毒を対処しないことが戦術のキモなのである。


 ムシュフシュが二回目以降のブレスを放つ条件は、対戦相手が状態異常に陥っていないこと。つまり、毒状態ならば二回目以降のブレスが来ることはない。


 ブレスを受けたが、予定どおり【身代りの腕輪】を代償に気絶することなく立っていた。


 これで第一段階は突破である。この戦いは、入手困難な【身代りの腕輪】を、初っ端から消費するというやり直しが効きにくい戦いである。ケアレスミスで失敗するわけにはいかない。


 戦いはまだはじまったばかりだ。注意深く次の攻撃モーションを待った。それは、ムシュフシュの攻撃によって避けるか反撃するかを即時に判断し、行動に移さねばならないからだ。


 こちらから攻撃できる機会は少ない。唯一ムシュフシュにダメージを与えられる手段、【破魔のトゲ】を使用できるのは、とある攻撃の時だけである。


 その攻撃機会とは、ムシュフシュが回避不能な電撃を使用したときのみだ。電撃は【雷神の冠】で無効化できるので問題は無い。電撃以外の攻撃が来たときは、全神経をムシュフシュの動きに集中して、回避行動を取るだけである。


 さらに、すべての電撃に反撃することも不可能だ。それは、常に毒状態であるからだった。毒の状態異常効果は、最大HPの五パーセントダメージを受けることである。すなわち、二十回毒ダメージを喰らえばそこで終わりなのだ。


 したがって、ある程度HPが減った場合は、攻撃せずに【ポーション】での回復をしなければならない。しかし、毒ダメージを十九回受けたところで【ポーション】の使用をしていたのでは、電撃が来なかった場合に回復が間に合わなくなってしまう。よって、絶対の安全を見て、HPが半分を切ったら【ポーション】を使おうと考えている。


 この戦いはやり直しが効きにくい。攻撃の機会が減って戦闘時間は伸びることになるが、絶対安全を第一に考えないと、痛い目に遭う可能性を捨てきれなかったというのが本音だった。


 ただし、この毒状態は、二十回の毒ダメージを与えた後に消滅するという特性がある。これでは、せっかく? 毒状態になって二回目以降のブレスを防いでいることが無駄になってしまう。そこで考えたのが、闇属性による即死効果を無効化する【デビルリング】の、呪いによる効果だ。【デビルリング】は闇属性による即死効果を無効化する代わりに、装備した者を常に毒状態にするという呪われたアクセサリである。


 そのほかのムシュフシュの攻撃で、対策を打たなければならないのは物理攻撃でもあり、魔法攻撃でもある”ふみつけ”だった。ふみつけを飛び退いて躱しても、地属性の地震効果を伴った揺れで、大ダメージというか、復活の神殿行きのダメージを喰らってしまう。


 そのために俺はグランドタートルを倒し、【大地の靴】を入手していたのだ。ふみつけが、ただの地属性攻撃だったならば【大地の靴】で無効化する際に攻撃を放てるのだが、あいにく直接物理攻撃にもなっているので、回避行動を取らなければならない。


 残る攻撃は、蛇の頭部による毒状態付加の噛みつき攻撃、サソリの尾によるこれまた毒状態付加の刺突攻撃、単体の炎魔法攻撃である。しかし、これらの攻撃は、強化アクセサリや恥ずかしい【スプリンタースーツ】、それに【超速】による最大限の”素早さ”底上げによって、レベル1の俺でも余裕というまでにはいかないが、確実に躱すことが可能なのだ。


 そんなこんなではじまったムシュフシュとの戦いは、ブレスからはじまって、尾による刺突を仰け反って回避、炎魔法攻撃を横跳びで回避、ふみつけを走り抜けて回避ときて、電撃を無効化している隙に【破魔のトゲ】を投げて800ダメージ、と順調に推移していった。【破魔のトゲ】を使える機会は、ムシュフシュの攻撃五回に一回程度である。


 戦いはじめて二十分ほど経過したころに事件は起こった。これまでに投げた【破魔のトゲ】は五十個弱。すでにムシュフシュのHP、65535の六割強を削っている。順調に推移していた戦闘経過だったが、ムシュフシュの攻撃に異常なまでの偏りが発生してしまったのだ。その偏りとは……。


 ぜんぜん電撃が来やがらねぇ。


 最後に【破魔のトゲ】を投げてからすでに三十回近く電撃が来ていない。ムシュフシュの攻撃四回に一回程度毒ダメージを喰らうことになるから、そろそろHPの回復をしなければと思いはじめてから大分HPが少なくなってしまっていたのである。満タンで80あった俺の残りHPはあと8だ。


 毒ダメージを受けられるのはあと一回きり、ムシュフシュの攻撃にして残りあと七回。そこまでに電撃が来なければ、この挑戦は失敗になる。


 募る焦りとイライラで、ムシュフシュの攻撃予備動作を見るたびに悪態をつきたくなるのを抑えて電撃を待った。


 しかし、そこから六回目の予備動作で、ムシュフシュが足を振り上げたのを見て一つの決断を下すことになった。このままもう一回電撃のチャンスを待つか、それとも無理やり【ポーション】を使って一か八かで次の攻撃を避けるか。迷っている時間は一秒たりともない。


 ふみつけはムシュフシュの攻撃の中でも、最も次動作までの時間がかかる攻撃である。ふみつけを躱しざまに【ポーション】を使用した場合、次の攻撃が炎、またはふみつけならば、その攻撃をぎりぎり回避することができるだろう。


 予備動作時間の短い噛みつきや刺突が来た場合は、避けられるかもしれないといった程度で、やったことがないから分からないが、確率は低いだろう。次の攻撃が電撃ならば絶対安全だ。


 これらを総合すると、危険を冒して今【ポーション】を使った場合の生き延びる確率は七割程度、もう一回ムシュフシュの攻撃を待った時の生存確率は五割程度。この短時間に細かな確率計算なんてできない。しかし、概略を暗算する程度の事は、やり込みゲーマーとして踏んだ場数が可能にしてくれた。


 当然ながら選択した行動は、このふみつけを回避した直後に【ポーション】を使う方である。


 ムシュフシュのふみつけに対して、横っ飛びで回避し、地べたを転がって立ち上がりざまに【ポーション】を使用し、そのエフェクト効果の終わり際に、ムシュフシュが口を開いて発光したのを見て、即座に大きく体を仰け反らせた。


 賭けには勝った。低いブリッジの体勢になりながら、その上を通り過ぎた火の玉を見上げ、なんとかHPの回復に成功したことを確信するに至ったのである。


 このピンチを教訓とし、【ポーション】の使用タイミングを若干早めたのは言うまでもない。


 一度はピンチに陥ったムシュフシュとの戦いだったが、その後は瀕死に陥ることなく順調に推移していった。しかし、最後の最後で予期していなかったことが起こった。


 あと一つ【破魔のトゲ】を投げることができれば勝ちだった。


 油断していたわけではない。


 よそ見をしていたわけでもない。


 疲れていたわけでも、体の動きが鈍ったわけでもなかった。


 突如ムシュフシュの動きが変わったのだ。


「ヤバッ!」


 振り回された尻尾が、のけ反って避けようとしたひたいにわずかにかすった。現実世界なら痛みすら感じることなく、出血することさえなく何事もなかっただっただろう。


 しかし。


 ここはゲーム世界だ。現実世界ではない。


 気がついたときは石のベッドの上だった。復活の神殿のだ。


「やっちまったなぁ」


 それ以上言葉がなかった。ちょっと掠っただけの物理攻撃一発で、ただ皮膚が少しだけ傷ついただけで、戦闘不能に追い込まれてしまった。


 レベル差の理不尽。ゲーム世界ならではの理不尽極まりない当たり判定。もちろん掠っただけだからダメージ倍率は軽減されている。しかしそれをレベル差の暴力が上回った。


 それがゲーム世界の現実だ。


 よろよろとベッドから立ち上がり、気がつけば街をさまよい歩いていた。受け入れがたい現実を前に、なにも考えられない。なにもする気が起きない。これが鬱という感情なのだろうか?


 だったら今まで鬱な気分になったと思っていたことは、たんなる気の紛れかなにかだ。


 気がつけばベンチに腰を下ろし、夕陽で赤くなった公園の景色を眺めていた。


「真治」


 声がしたほうにゆっくり顔を回すと、息を切らした結衣が立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る