第14話:はじめてのボス戦――下
その声に振り向くと、二十歳くらいの背の高い金髪イケメン兄さんが、信じられないような顔つきで見おろしていた。どう見てもモンゴロイドじゃない北欧系の顔立ちである。金髪だし。
「本当って何のことですか?」
「だって、今君は自分がレベル1って言ってたじゃないか。それって無謀過ぎないかい?」
「ああ、俺のことなら気にしないでください」
「しかしだな、見たところレベル1にしてはいい装備だから、けっこう経験値がたまってるんじゃないかい。もったいないよ」
イケメン兄さんは本気で心配してくれているようだった。表情豊かな北欧系の顔で心配されると、さすがに良心の呵責にさいなまれてしまう。どうしようかと迷ったが、こうまで心配されると、イケメン兄さんが逆に気の毒に思えてきた。
「あの、できれば秘密にしてほしいんですが、俺のギフトを見てもらえますか?」
そうことわってメニュー画面を立ち上げ、ステータス一覧をイケメン兄さんに見せた。結衣も覗き込んでいる。
「ッ! …………」
画面を見たイケメン兄さんは、目を見開いてしばらく固まっていた。その後おもむろに両肩に手を置かれ、ものすごく悲哀を秘めた瞳で見おろしてきた。ほんとうに西洋系の人は表情が豊かだ。どう頑張ても真似できそうにない。
「言葉が見つからないよ。苦労してきたんだね……そうだ、僕がいい仕事を紹介するからそこで働きなよ。こう見えて僕は色々なところに顔がきくんだ。悪いことは言わないから。ねっ」
このイケメン兄さん、本当にいい人のようである。人を見る目に自信があるほうではないが、それでも、いい人か悪い人かの判断ぐらいはつけられるつもりだ。しかし。
「心配してくれるのはスゴク嬉しいんですが、俺には目標があるんです。俺はこの呪いを、いつの日か、たとえどれだけ時間がかかっても、どれだけ無謀だと分かっていても、必ず解呪してみせる。そう決心したんです。だから、もし俺のことを本気で心配してくれるのなら、それよりも応援してください。俺の戦いぶりを見ててください」
できるだけ真摯にイケメン兄さんの目を見て決意を説いた。彼はすこしの時間考え込むそぶりを見せる。本当に真剣に考えてくれているようだった。
「分かった。君の決意の固さを僕は知ることができた。応援してくれと君は言ったね。僕はそれに応えようと思う。だから、困ったことがあったら僕に相談してくれ、必ず力になると約束するよ」
このイケメン兄さん、人が良すぎだ。底抜けのお人好しである。よほどいい親に恵まれたのだろう。そして不自由のない暮らしをしてきたと思う。
「僕の名はアルベルト・フォン・ルックナーという。困ったら僕の家を訪ねてくるといい。両親には伝えておくから」
名前からはっきりと分かるが、イケメン兄さんは貴族のようだ。復活者が貴族になるにはかなりの努力と実績が必要だから、このイケメン兄さんの若さから考えると親が解放者なのだろうか。
貴族と関わるとろくなことがないかもしれないが、両親もできた人物の可能性が高い。そうだとするならば、本当に困ったときは頼ってみるのも悪くないかもしれない。慎重に判断する必要はありそうだが……とりあえずあとで調べてみよう。そう考え、できるだけ失礼がないように挨拶だけはしておくことにした。
「ありがとうございます。俺は三沢真治といいます。もし、俺の力だけで解決できないようなことがあったら、その時は頼らせてください」
「喜んで力になるよ。その時は遠慮なく頼ってくれたまえ。ところで、そちらの御嬢さんは?」
突然話を振られた結衣が固まっていた。しかも、赤面してやがる。これだから金髪のイケメンはたちが悪い。無自覚に女を惚れさせやがる。と、少しだけ嫉妬している自分に気がついた。
「……結衣、江戸川結衣です」
「そうか、結衣さんか。貴女のような美しい方に相応しい名前だ。結衣さんも困ったことがあったら遠慮なく僕を頼ってくれ」
「その、あ、ありがとうございます」
ますます顔を赤くする結衣に、すこしだけイラッとしたが、いつのまにか大鷲はさっきの男に倒されて順番が回ってきていた。イケメン兄さんの後ろにも人が並んでいる。あまり待たせるわけにはいかないだろう。
「それじゃ、俺の番みたいなんで」
「頑張って、真治」
「応援しているからね。君の活躍を信じているよ。シンジ君」
イケメン兄さんことアルベルトは、話しぶりからすると、まさか大鷲に勝てるとは思っていないだろう。ならば目にもの見せてやろうじゃねぇか。そう意気込んでバトルフィールドに足を踏み入れた。
かなり前置きが長くなってしまったが、ようやく漕ぎつけたはじめてのボス戦だ。初期レベル攻略で腕を鳴らしたやりこみゲーマーとして、緒戦は圧勝で飾らせてもらおうか。そして驚け。アルベルトに振り返り、そう心の声で叫んだのがいけなかった。
ヤバっ!
よそ見した隙に大鷲が攻撃モーションに入っていたのだ。最悪なことに大鷲に先制されることが確定してしまった。唯一の救いは大声で叫ばなかったことか。
作戦では大鷲に先制して【沈黙草】を使用し、【金切声】を封じ込めてしまうことだった。先制で【沈黙草】を使えなければ、大鷲の最初の行動が【金切声】だった場合は俺の負けになってしまう。
あれだけ結衣に大口を叩いておきながら、いきなり復活の神殿行きになってしまっては、恥ずかしすぎて彼女に会わせる顔がない。アルベルトは勝てるなんて信じていないだろうから構わないが、結衣にはさんざんに大口を叩いてしまっている。
マズイ、マズ過ぎる。
まるで事故で死ぬ前のスローモーションで時が流れるかのように、大鷲の動きが見えている。祈るような気持ちで大鷲の攻撃モーションを観察するしかなかった。【金切声】を使ってくる確率は三分の一。残りの三分の二にかけるしかない。いや、【衝撃波】を使われても終わりだ。【防御】が間に合わない。
はたして……。
祈りは天に通じたようだった。大鷲は大きくのけぞってくれた。【くちばし】の攻撃モーションである。三分の一の確率に勝った。冷や汗を感じながら【くちばし】を待った。そして、大鷲が突進してくる。【くちばし】は、大きく反動をつけて一直線に突進し、キツツキのように鋭利なくちばしで複数回物理ダメージをあたえる攻撃だ。
大鷲のくせにキツツキの動きをするなんてナンセンスだ、なんてことを考えてはいけない。重要なのはヴィジュアルだ。ご都合主義バンザイである。などなど訳が分からないことを考えるだけの余裕が生まれていた。
そして誓った。もう二度と相手をなめるようなことは考えないと。
「ふんっ!」
突進してきた大鷲をぎりぎりまで引きつけ、寸でのところで仰け反るように横に避ける。大きなクチバシが鼻先を通り抜け、遅れて風圧が頬を撫でた。あらかじめ発動しておいた【超速】の効果がなければ、できない芸当だった。”素早さ”さえあれば【くちばし】は避けられる。
さっきまで立っていた空間へと大鷲が【くちばし】を叩き入れている合間に、すかさず【沈黙草】を使用した。これで【金切声】は封じたことになる。
さらに、【超速】の効果で”素早さ”は15に上がっている。大鷲が放つ技はどれも発動後の硬直時間が長い。次に大鷲が動くまで、計算上あと二回の行動が可能になるのだ。
この日のために購入した【ロングソード】で大鷲を切りつける。浮かび上がった数字は45。悲しいかなこれがレベル1の現実だ。大鷲のHPは1000。すなわち二十二、三回の攻撃を叩き込む必要があった。
大鷲に硬直時間がない通常攻撃を叩き入れ、すかさず【防御】を発動しながら、流れるような動きで間合いを取る。大鷲の次の行動を見極めるためだ。【衝撃波】なら耐えてHPの回復、そして攻撃を叩き入れて【防御】。【くちばし】なら引きつけて回避、そして攻撃を二回叩き入れて【防御】だ。
腰を低く落とし、注意深く大鷲の動きを観察する。今度はのけぞり方が小さい。【衝撃波】の合図だ。避けることができない攻撃だ。だが焦る必要はない。俺はとっさに両腕を顔の前でクロス――別にやる必要はないのだが、恰好つけとして一応――して【衝撃波】に耐えた。持っていかれたダメージは、発動しておいた【防御】の効果で半減して76。残りHP4というギリギリさだ。まさに綱渡りである。
この76というダメージ。まとめサイトにあった物理ダメージ計算式で、あらかじめ導いて知っていなければ大鷲には挑めなかった。まさに情報の勝利だ。
間髪入れずに【ポーション】でHPを回復し、攻撃を一回叩き入れてギリギリのタイミングで【防御】を発動した。あとはこれらを繰り返すだけだ。注意しなければならないのは、【ポーション】使ったときに発生する僅かな硬直時間だ。もたもたしていると【防御】が間に合わなくなる。
【防御】の発動さえ遅れなければ勝利は確定している。【防御】の使用MPは2、所持MPは40だから20回【防御】を使用してしまったら、泣く泣く予備の【MPポーション】を使用しなければならない。
そして……。
最初の大ポカ以外はノーミスで動けた甲斐あって、八個目の【ポーション】を使用した直後の攻撃で、大鷲は塵となって消えていった。アイテム欄には【足軽の靴】が燦然と輝いているはずである。
「スゴイ! スゴすぎるよ真治君。なんだい君のアノ動きは。僕には到底マネできそうにもないよ。感動した」
「やった、やったね真治。心配したんだから……」
大鷲を倒してバトルフィールドを出たところで、盛大な拍手――アルベルトひとりだが――が送られ、結衣が泣きながら抱き付いてきた。
「い、痛い。痛いよ、結衣」
「ご、ごめんなさい、真治。でも、かっこよかったよ」
拍手をやめようとしないアルベルトと、抱き付いた状態で泣きながら喜んでいる結衣。そんな二人に照れ笑いをすることしかできなかった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
【衝撃波】のダメージ計算は以下。
【衝撃波】の当たり判定はエリア攻撃だから1、『大鷲』のレベルは10、物理攻撃力は40、”力”は10、”素早さ”は7、俺の装備【鉄の胸当】の物理防御力は27、【鉄の胸当】の補正効果で俺自身の”物理防御”は2プラスされて12、【防御】の効果でダメージ半減、よってダメージ計算式に当てはめると、
被ダメージ=1×(10+40-27)×10×7×0.5/12=76.5
小数点以下切り捨てで【衝撃波】の被ダメージは76となる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます