第13話:はじめてのボス戦――上

 ダッシュした先、大木の下には四人の列ができていた。そのわきに六人がバラけて、大鷲と戦っているお姉さんを応援している。順番待ちをしている列の最後尾に並び、結衣は横に避けるように列から外れた。


 列を作って秩序だった行動をするのは、この世界に元日本人が多いからだろう。列は戦いを見やすいように、バトルフィールドのすこし斜め横にできていた。戦いの様子を観察するにはもってこいだ。


 戦っているお姉さん。見た目は二十歳を超えたあたりだろうか、透き通るような銀髪だが顔立ちは日本人だ。そして戦い方はといえば、長めの片手細剣を右手に持ち、左手から【ファイアボール】を放ってけん制しながら大鷲の隙を伺いつつ、慎重に剣撃を打ち込んでいる。


【金切声】を喰らっても冷静に【ヒーリングLv2】で回復しているところを見ると、【麻痺】を無効化しているようだ。【金切声】のダメージもずいぶん軽減されているように思える。


 つけている防具やアクセサリを見るに、”魔法防御”と”素早さ”をずいぶん上げているようだ。すくなくとも【俊足】は使っているのだろう。実に模範的な戦い方だ。


 などなど、感心してお姉さんの戦いぶりを見ていると、列の先頭に陣取る男とその後ろの男の話し声が聞こえてきた。


「はぁん、お前ビビってんのか?」

「そういう事をいってるんじゃないよ。油断しないほうがいいって事」

「俺はもうレベル18だぜ。大丈夫だって。今までだって大したことなかったじゃねぇか」

「だから、違うんだって。その武器はやめたほうがいいよ」

「絶対に大丈夫だって。こいつさえあればあんな雑魚一撃――」


 明らかにフラグじゃね? と、ツッコミたくなる発言を繰り返している先頭に並ぶ大男。その後ろに並ぶ優男が指摘しているとおり、大男が持つ武器は大鷲戦に向いていない。彼が持つ武器は二メートルを超える、分厚くて片刃の大剣【グレートソード】だ。


【グレートソード】をレベル18の中堅になりたてのハンターが持っているということは、今まで相当な無茶をして金をためてきたことが想像に難くない。大男が言うように、【グレートソード】は物理攻撃力150という、武器のグレードからすればとびぬけた攻撃力を誇る。たしかに、攻撃を当てさえすれば一撃で大鷲を倒せるだろう。


「あれはヤバいな」


 と、結衣の耳元に小声で語りかけた。


「えっ、どういうこと?」

「あの装備じゃよっぽどうまく立ち回らないと負けるかもしれない」

「そ、そうなんだ……」


 しかし、【グレートソード】には”素早さ”を5もマイナスする効果が付随しているのだ。その扱いは非常に難しい。【グレートソード】を使いこなせるのは、通常、レベル40を超えるベテランハンターだ。レベル20に満たないハンターが使いこなすには、人並み外れたバトルセンスが必要になる。


 バトルセンスとはステータスでもスキルでも隠しパラメータでもない、個人個人が持つ、要するに戦い方が上手いか下手か、体の動かし方が効率的かどうかといったものだ。


「アイツに教えてやろうかって一瞬思ったけどさ、面倒なことになりそうだから黙ってたほうがいいかな」

「それもそうだね。自己責任だし。真治は自分のことに集中だよ」

「うん、そうする」


 格闘ゲームみたいなプレーヤー同士の対戦ゲームで、同じキャラを使って戦った場合はゲームが上手いほうが勝つ。実にあたり前のことだが、レベルやスキル、ステータスなどに頼り切った戦い方をしている者の中には、そういう基本的なことを忘れているやつが多い。実に嘆かわしいことだ。


 現実世界でもそうだったが、ゲームでも同じで、要は要領がいい者、知識があって頭がいい者、自分の体や自分のキャラクターを上手く操れる者が勝負に勝つのは当たり前である。そういった上手く頭のいい者は、多少のハンデなど物ともせずに勝負に勝ってしまうのである。


 なにが言いたいのかといえば、【グレートソード】を持つ大男が、バトルセンスがあようにはどうしても見えないということだった。装備のバランスを見ればそうとしか思えない。


「でも、今戦ってる女の人は上手いね。基本をきっちり抑えてるし動きもいい」

「悔しいけどわたしよりはうんと強そう。でも真治ほど強くないよ」


 己惚れているわけではないが、今の時点でそれが分かるだけでも凄いことなんだよ、結衣。


 そうこうしている間に、大鷲が倒されたようだ。姉さんは終始安定した戦い方で、時間はかかっていたが危なげない勝利を得ていた。なかなか堅実で、ソロでの危険性を熟知しているようなバトルだった。


 それに、歳は明らかに俺より上だが、頼りがいのあるお姉さんといった感じであり、大人の魅力を兼ね備えた美人であり、ぜひともお近づきになりたいとついつい思ってしまう。


 大鷲を倒して、長い銀髪をかき上げながらバトルフィールドから引き上げるお姉さんは、とても魅力的で思わず見とれてしまっていた。そして気がつけば、結衣に睨まれていた。


「真治、だらしなお顔しない。まだ鼻の下が伸びてるよ」

「お、おう」


 いつの間にか伸びていたらしい鼻の下と緩んでいた表情筋を、キリリと引き締めて涼しげな顔を作り上げる。


 そうこうしている内に、お姉さんはパーティー仲間だろうふたりの男と共にいつの間にか消え去っており、バトルフィールドでは件の大男が【グレートソード】を振り上げて、新たに出現した大鷲に向けて走り出していた。


 そして案の定というか予定調和というか、ものの見事に大鷲の【金切声】を正面から喰らって、ステータス異常【麻痺】に陥っていた。まともな者なら【麻痺】を無効化できるアクセサリを装備するか、【金切声】を出させないように対処するはずである。


「あちゃー、マジでマズいぞ」

「うん、なんかヤバそうだね」


【金切声】は、【麻痺】効果をもつ魔法攻撃力40の無属性エリア魔法攻撃だ。初期レベル攻略の天敵といえる性質を二つも持っていやがる。


 まず、無属性魔法。これは、属性防御が効かない唯一の属性魔法である。ダメージを負わないようにするためには、避けるか出させないか無効化するしかないが、属性防御が効かないので無効化はできない。次にエリア攻撃魔法は、バトルフィールド全体に効果を均等に及ぼす攻撃魔法なので、絶対に避けることができない。


 つまりレベル1の条件下では、耐えるか発動させないようにするしかない。けれども、魔法攻撃力が40もあるので、物理防御に特化した今の装備では絶対に耐えることはできない。つまり、無属性範エリア魔法攻撃【金切声】は発動されたらそれで終わりなのである。


 バトルフィールドでは容赦ない大鷲の連続攻撃が繰り返されていた。【麻痺】の効果時間は三十秒と短いが、ダメージを大雑把に合計してみるとすでに500を超えているようだった。なるほど防具はかなりいいものを装備しているようだが、それだけである。レベル18のHPは850のはずだから、なんとか持ちこたえられるかもしれない。


 三十秒が過ぎ、ようやく動けるようになった大男が再び走り出した。しかし、距離をとっていた大鷲の【金切声】を再度喰らってしまう。


「おいおい、なんで回復しない」

「あっ!」


 無慈悲な連続攻撃にさらされた大男は、哀れにも小さな塵となって掻き消えてしまった。戦闘不能、復活の神殿送りである。


 それにしても、なぜ大男は即座にHPを回復しなかったのだろうか? まさか回復アイテムを持っていないということはないはずだから、頭に血がのぼって冷静さを失ったのだろうか。だとしたら、そんな性格でよくレベル18にまで成れたものだと、逆に感心してしまった。


 他人事のようだが、どう見てもまったくの他人だから、あの大男のことを哀れなやつだとしか思わない。などなど考えていたら、次に大鷲と戦うはずの優男が青い顔をして去ってしまった。そして、結衣が心配そうな顔で見上げてくる。


「ねえ、本当に大丈夫なの? 真治」

「何度も言っただろ。大丈夫だって、きちんと対策は考えてあるんだ。あんな無様なことにはならないよ。それに、もし失敗して戦闘不能になっても、俺はレベル1だから損害なんてほとんどないんだよ」


 そう説明しても、結衣の顔から不安の色が消えることはなかった。人間が戦いに敗れたモンスターと同じような消え方をしたのが堪えたのだろうか。


「そうだといいんだけど……でも、さっきの人、本当に死んだんじゃないんだよね」

「今頃復活の神殿で目覚めてショックを受けているだろうけどな」

「そうだよね。レベルが半分になったのはショックだろうけれど、死ぬわけじゃないんだから……」


 結衣は自分に言い聞かせるようにそう言って、考え込んでしまった。しばらくして、決意めいた表情で見つめてきた。お互い何も言わなかったが、彼女の肩に手をかけ、ただ頷いてみせた。


 そうやっている内に、バトルフィールドでは別の男が戦闘をはじめていた。さっきのお姉さんより戦い方はスマートではないが、基本はきっちり抑えているようだ。このぶんだと負けることはないだろう。とか考えていると、突然後ろから声をかけられた。


「ねえ、今の話は本当なのかい?」

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