第12話:はじめてのボス戦準備――下

「それじゃあ、狩りをはじめるか」

「がんばって行こー」


 と、陽気に根なし草狩りをはじめたとたんに、目的の奴らがポップしてきた。どう見ても四体に見えるが、そのうちの二体はフェイクである。きちんと予習して対策を立ててある。抜かりはない。


 根なし草は、穂を出していないススキのようなモンスターだった。そんなススキもどきがピョコピョコと近づいてくるさまは微笑ましくもあるが、敵には変わりないので油断は禁物だろう。


「最初は俺の戦い方を見ていてくれ。もしもダメージを喰らったらヒーリングLv1を頼む」

「了解です。真治リーダー」


 なぜかビシッと敬礼しておどけてみせた結衣。彼女からすこし離れ、あらかじめ予定していたとおり、スキル【超速】を唱えた。【超速】は”素早さ”を5も底上げしてくれる、まさに低レベルプレイヤーためにあるようなスキルだ。


 根なし草の”素早さ”は7。底上げされて15になったこちらの半分以下だ。”素早さ”の値が倍以上違うと、よほど上手いフェイントを使われない限り、通常物理攻撃は100%回避可能だ。敵の動きをよく見ていさえすればという注釈はつくが。


 ちなみに【超速】は、発動にMPを40も消費するが、レベル1であってもMPが40あるからギリギリ発動できる。さらに、【速足】同様効果が一日継続する優れものだったりする。まさに初期レベル攻略のために存在するスキルなのかもしれない。


 ピョコピョコワラワラと寄ってくる根なし草の攻撃を華麗に躱しながら、新調した【ロングソード】でススキもどきどもを片っ端から切り刻む。二体の幻影への対策は、はじめから四体いるものとして考え、すべての攻撃を【超速】効果で避けきればいい。


「なっ、避けれるだろ」

「なんかスゴイ動きだね。わたしにできるかな」


 一回でも空振りすればそれが幻影なので、以降は相手にしない。などと安易に考えてはいけない。もし見間違えて二回攻撃を喰らったらそれでお終い。復活の神殿に強制転移させられてしまう。


 【ロングソード】を装備して根なし草に与えられる最大ダメージは、計算上だと最大48。根なし草のHPは250だから、少なくとも六回は攻撃を当てなくてはならない。最初の一戦はソロで戦うから、最小で都合十二回の攻撃を当てる必要がある。


 しかし、しかしである。今はスキル【超速】を発動し、稲妻のごとき超速戦士と化している。ああ、超速戦士は造語だから気にしてはいけない。


 スライムの丘で半年にわたって鍛え上げたボディーコントロールと、超絶的な躁剣術を駆使して七転八倒……もとい、縦横無尽に駆け回り、八面六臂の剣撃を繰り出せば、ススキもどきは哀れ、突風にあおられた干し草のごとく舞い散るのだった。


「まぁ、こんな感じだ」

「う、うん」

「大丈夫。もし喰らっても慌てず回復すればいいから」

「そうだよね」


 少々調子に乗って講談口調で饒舌になってしまったが、要約すると、四体すべての攻撃を避け、四体すべてに剣撃を叩き込んでいったのだ。実際はひとり二体が相手だから、結衣の持つ【速足】でも、十分に根なし草の攻撃を避け続けることは可能だ。


 しかも彼女の場合はHPが200もあるので、三回までは根なし草の攻撃を喰らっても大丈夫だ。安全を考えて二回攻撃を喰らったら【ヒーリングLv1】なり、【ポーション】なりでHPを回復すれば、相手は根なし草一体なので回復が遅れて戦闘不能になることは絶対にない。


 ちなみに、【ヒーリングLv1】も【ポーション】もHPを100回復することができる。


「今の要領で攻撃はすべて避ける。攻撃を二回喰らったら回復だ。二人で戦えば超速を使っている俺には絶対に敵の攻撃は当たらないから、自分の敵にだけ集中していいよ。速足の発動を忘れるなよ」

「うん、私もがんばるからね」

 

 そう言って戦闘に参加するようになった結衣だったが、はじめのうちは慣れない根なし草の動きにとまどい、ときたま攻撃を喰らっていた。アドバイスどおり【ヒーリングLv1】を使用しているから大丈夫だろう。彼女も【ポーション】は九十九個常備しているが、すこしでも節約したいと考えているようだ。


 【ヒーリングLv1】の使用MPは4。はじめに【速足】で10のMPを使用しているから、レベル4でMP70の結衣の場合、【転移】に必要なMP10を残して十二回【ヒーリングLv1】を使用できる。


 時は流れ、辺りが暗くなりはじめた午後七時ごろ、頑張り虚しく一つの【沈黙草】も得ることができなかった戦果に、「よし、明日も頑張ろう」という言葉で慰め合って結衣とともにサンシティへ帰還したのだった。


 都合二百八十体の『根なし草』を二人で倒したので、稼ぎはそれぞれ七百円と、洒落にならないような安さだったが、別れ際に結衣から「また明日もがんばろうね」と返してくれたときの笑顔で、心に充満していた虚しさは霧散していった。


 サンシティに帰着し、二人で残念会と称して焼肉屋に入り、今日の稼ぎにプラスアルファの出費で英気を養った。そして翌日、朝一で昨日の場所に結衣の【転移】で出向いた結果、陽が真上に昇った正午過ぎに念願の【沈黙草】をゲットしたのだった。


「よっしゃぁ!」

「ようやくだね」


 これで大鷲と戦うことができると考えてニンマリしていたら、どうやら不気味な顔になっていたらしい。祝福の言葉をかけてくれた結衣に「その笑い方はやめたほうがいいよ」と戒められ、すこしだけ後悔した。


 そして翌日の早朝、結衣と二人でサンシティの東門から一時間ほど歩き、交差する南北に延びる道を三十分ほど南に進んだところから、さらに二股に分かれた森へと通じる道を左方向に歩いた。そこから十分ほど進んだところで森に入り、さらに十分ほど歩いた獣道の先にある大鷲が出現する開けた場所へと出た。


「いよいよだね。ホントに大丈夫なの?」

「まかせとけって。今の俺に死角はないよ」


 その場所は中央に一本の大木がそびえる丘になっていて、直径二百メートルほどの円形の草原だった。大鷲は大木の下に出現するので、百メートル弱草原を歩く必要がある。当然草原は道ではないのでモンスターがポップするのだが、この草原にポップするモンスターはレベル8のスモールラビットだということは調べがついている。


 百メートル弱なら、全力で走れば十数秒だ。スモールラビットにエンカウントする危険性はほとんどない。しかし、あえてゆっくりと歩みを進めていく。それは、当然この場所でスモールラビットとエンカウントする必要があるからなのだ。


 なぜか? それは、大鷲と戦うための準備であると答えれば、勘のいい諸氏ならピンとくるものがあると思うが、単刀直入にいうと【超速】をあらかじめ発動しておくためだった。


「じゃぁそろそろ行こうか」


 そう声をかけて草原へと踏み込む。結衣は黙ってうなずいて後に続いた。


 【転移】や【警戒】などのスキルは、フィールド上であればいつでも使用できるが、戦闘系のスキルや戦闘補助系のスキル、たとえば【ファイアボール】や【超速】などは、バトル中でなければ発動できない。だからわざわざ、ボス戦の前に雑魚モンスターと一戦交えて【超速】を発動しておくのである。


 それならば、わざわざ危険な場所で雑魚モンスターと一戦交えずに、スライムの丘でスライムと一戦交えておけばいいのではないかと考える諸氏がいるかもしれない。


 しかし、フィールド上でも持続する【警戒】や【超速】などのスキルは、いったん街に入ったり、発動したエリアから出てしまえば、効果が消滅してしまうのだ。スライムが出現するスライムの丘と、大鷲がいるこの草原とではエリアが違うのだ。


 つまりスライムの丘からは、エリアを移動しない限りココへは来れない。エリアを移動するということは、【超速】を発動したエリアから出てしまうことであり、よってスライムの丘で【超速】を発動しても、ココに来てしまえば、その効果は消えてしまうのだ。


 そういうわけで、ゆっくりと歩いている。スモールラビットは単体でしか出現しない上に、このエリアでは最も弱く、また、大鷲が出現するポイントからも近い。というかすぐ傍である。大鷲戦のために【超速】を発動しておくのに、これほど便利なポイントはないのだ。


「でたよ」

「結衣は後ろのほうに下がっていてくれ、こいつは一人のほうが戦いやすいからな」

「気をつけてね」


 今目の前にポップしたスモールラビットの”素早さ”は、大鷲と同じく15と速い。しかし、攻撃が物理攻撃の【突進】一種類しかなく、避けることに専念すればダメージを喰らうことはない。もし避けることに失敗して一発でも喰らえば、一撃で戦闘不能になって復活の神殿行きだから油断は禁物だ。


 このエリアで一番弱いと言われている、たかだかレベル8の雑魚モンスターの攻撃を、一発でも喰らえばお陀仏とは情けない限りだ。大鷲戦用に新調した今の装備でさえ、レベル1のステータスではHPが少なすぎて、何もしなければ一発でKOされるのだ。


 ポップしたばかりのスモールラビットの動きを注意深く観察する。奴との距離は十メートルほど。じりじりとした時間が流れ、その距離を一瞬で詰めるがごとく敵が【突進】してきた。


「よっ、と」


 敵の動きを注視し、いつ来られてもいいようにしていた甲斐があった。【突進】を寸でのところで躱し、すれ違いざまに【超速】を発動する。そしてそのまま距離をとり、再び対峙する。


 【超速】さえ発動してしまえばあとは簡単だ。【突進】を避けるのは簡単になるので、すれ違いざまに切りつける余裕が出てくる。それでもレベル1では【ロングソード】を装備している今でさえ、奴を一撃で倒すことはできない。


 再度距離をとって対峙し、【突進】を避けてすれ違いざまに切りつけたところで、スモールラビットは地に落ちて消え去った。成果は二百円の収入と【超速】効果。これでようやく大鷲戦の準備が一段階完了したことになる。


「すごいすごい! あんなに早いのによく避けられるね。しかも攻撃まで当てるなんて」

「まっ、まぁそれほどでもないよ」


 あまりにも褒めてくれる結衣の言葉に照れ臭くなって、ちょっとだけ格好つけて両手持ちの【ロングソード】を片手で一振りし、アイテム欄にしまい込む。その様子を彼女はニコニコ顔で見ていた。


 たかがレベル8のザコ一匹倒しただけでこれだけ喜んでくれた結衣には、大鷲戦でもっと華麗な体捌きを披露することにしよう。


 それはさておいて大鷲戦の最後の準備は、いましがた使い果たしてしまったMPの補てんだ。一個五千円もした【MPポーション】を惜しげもなく使ってMPをフルチャージした。もしもの時のために【MPポーション】はあと三つ購入してあるが、できるだけ使いたくないものだと小市民的に考えている。


 ともあれ、無事に大鷲戦の準備を終え、何人かが順番待ちをしている大鷲出現ポイントまでダッシュしたのだった。

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