第11話:はじめてのボス戦準備――上

 一日の休養を終えた翌朝、結衣といつもの南門ではなく西門へと向かっていた。いつもと違う道順。いつもと違う景色。それだけで新鮮味を感じてウキウキしてくるのは、あの苦行を乗り越えた賜物だろうか。心なしか空気まで美味しく感じる。


 ボスモンスター大鷲が出現する場所は、東門から出て南東の方角になる。しかし今日は、大鷲と戦うために絶対に必要な【沈黙草】をドロップする、根なし草という植物系モンスターがポップするポイントへと移動している。


 距離はサンシティから歩いて二時間とけっこうかかるが、一度行ってしまえば結衣が取得したスキル【転移】で連れて行ってもらうことができる。まるで紐にでもなったような罪悪感に心がチクチクと痛むが、彼女曰く「ギブアンドテイクだから気にしないで」ということらしい。


 【転移】はいずれ習得するつもりだが、しばらくは彼女のお世話になるしかないのが悲しいところだ。そういった意味でも彼女には頭が上がらない。


「ねぇ真治、その根なし草ってどんなモンスターなの?」


 歩を進めるたびにアホ毛をピョコピョコと揺らしながら聞いてくる結衣の、小動物みたいなしぐさが可愛すぎる。彼女もスライム行脚から脱却できて嬉しいのだろう。


 ちなみに、現実世界ではあり得ないほど自然に動く彼女のアホ毛、復活時の”見た目調整”でできるようになっている。自分の顔のパーツと身長をちょーっとだけいじって格好つけた罪悪感がないかと言えば、それは嘘になるだろう。


「根なし草は植物系のモンスターだよ。攻撃力は大したことないんだけど固くてなかなか攻撃が当たらないんだ。動きはトロいのに細くて攻撃が当てにくい。さらに幻惑を使うから本体が見抜きにくい。レベルは5だよ」


 根なし草は通常二体でポップするモンスターだが、スキル【幻惑】のせいで四体に見える。そのくせ経験値は2でスライムと同じ。ドロップもレアしか落とさず、お金に至っては一体あたり5円と安い。レアドロップの【沈黙草】は買えば五万円と高価だが、売り値は半額になるので、好んで狩る人もほとんどいないという不人気モンスターだ。


「ただ、言いにくいんだけど一匹倒しても五円なところがいただけないんだよな」

「お金の問題じゃないよ。スライムじゃないところが重要なんだよ。それに、真治といっしょだから――」


 まるで気にしてないように明るくそう言ってくれた結衣。しかし最後の方は、なにかもにょもにょと小声でしゃべっていたみたいでほとんど聞き取れなかった。


 根なし草のレベルは5であり、スライムの丘を卒業したばかりのハンターならば、戦闘不能になることはまずない。しかし、レベル1で初期装備だった場合は、一撃でも貰えば戦闘不能になる。俺のレベルも1だが、新しく購入した防具、【鉄の胸当】の効果で一撃だけ耐えられる。


 胸当てなのに、肩とか腹とか頭とか足とかに攻撃を受けても防具の効果があるのは、ゲーム世界ならではのご都合主義と言えるが、気にしてはいない。いや、むしろ潔すぎて好感が持てるほどだ。


 ちなみに結衣も同じ装備だから、根なし草の攻撃を四回まで耐えられる。どうしてかって? それは結衣がレベル4でHPが200もあるからだ。


「それにしてもだよ真治君、レアドロップ狙いとは苦労しそうだね」


 結衣はたまに、小悪魔みたいにおどけて君付けで呼ばれることがある。たいがいは機嫌がいいときにそうなるみたいだ。半年以上彼女と行動を共にして、そこらへんが分かるようになったのは収穫だろう。


「運が悪くても、三日あればなんとかなるよ。きっと」


 レアドロップは1%だ。平均で100体に1体が落とすことになる。しかしあくまでも平均であって、100体倒せば必ず落とすということではない。そこを間違える人がたまにいるが、不運が重なれば200体とは言わず、500体狩っても落とさない場合もありうるので心しておくべきだろう。


 なぜこんなことに言及するのか。それは過去にゲームで確率100分の1を引き当てるのに、700体近く目的のモンスターを倒すという苦行を経験したからに他ならない。


「そだね。一回行けば次からは転移でいつでも行けるし」

「うん、本当に助かるよ。こんな俺とパーティー組んでくれて」

「どういたしまして」


 手を後ろで結んで後ずさりながら、腰を少しだけかがめて見上げるように微笑んでくれた結衣。このとき彼女が天使のように思えた。こんなかわいい娘を悲しませないためにも、早いとこ当たりを引きたいものだ。


 西に延びる道から南北に分かれた道。その道を南に向かって歩いた。西門から直線で南西方向にフィールドを歩けば近道できるが、エンカウントがうっとおしいというか、十分な対処をしていないレベル1の俺では対処できないモンスターがポップする。だから、安全な道を進んでいるのだ。


 そして予定どおり、約二時間の行程で目的の場所にたどり着いた。その場所はゴロゴロとした小岩と乾燥した赤土に、ところどころ灌木が茂る荒れ地だった。フィールドの奥まで入り込む必要は全くない。道のすぐわきを二人で歩こうと彼女と相談して決めている。


「ようやく着いたな。今日は付き合ってくれてホントに助かるよ」

「どういたしまして」

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