第10話:苦行の終わり――下

 結衣を彼女の定宿に送ってから定宿に戻ったが、甘いものを食べすぎたせいで寝る前に胸焼けに苦しむことになった。


「俺は何をやっているんだ」


 翌朝、今日は狩りを中止して体を休めようと結衣と決めていたというのに、日の出とともに起きだし、無意識のうちに出かける準備をしていた。習慣とは恐ろしいものだ。


 狩猟モードになりかけていた頭を切り替え、ゆっくりと朝食をとった。部屋に戻って今日は何をするかと考えているうちに、今まですこしずつ詰めていた初期レベル攻略ノートと名付けたテキストを眺めていた。


 今日は部屋で何も考えずにのんびりしようかとも考えたが、そんなことはどうにも性に合わないようだ。初期レベル攻略ノートにコピペして、まとめなおしておいた大鷲のデータを見ているうちに、いつのまにか表計算ソフトを立ち上げてダメージ計算をはじめてしまっていた。


 まとめサイトに載っていた物理ダメージ基本計算式は、


『物理ダメージ=当たり判定値(0.5~1)×(攻撃者のレベル+武器または技の物理攻撃力-敵防具の物理防御力)×攻撃者の”力”×攻撃者の”素早さ”×攻撃強化OR弱点補正/敵の”物理防御力”』


 であり、魔法ダメージも基本形は変わらず、


『魔法ダメージ=当たり判定値(0~1)×(攻撃者のレベル+魔法による魔法攻撃力-敵防具の魔法防御力)×攻撃者の”魔力”×攻撃者の”知力”×攻撃強化OR弱点補正/敵の”魔法防御”』


 となっている。


 当たり判定値とは、攻撃が当たった場所による倍率で最大が1であり、攻撃強化OR弱点補正とは、弱点属性などの補正値で、たとえば炎属性が苦手な敵に炎の魔法剣で攻撃したり、急所に攻撃が当たったりすると、ダメージがさらに1.5倍されたりするというものである。小数点以下は切り捨てられる。


「このチマチマとした膨大な計算を地道にやって、条件に当てはまる装備の組み合わせが見つかった瞬間ってのが、これまたたまらないんだよな」


 その感覚は、宝物を掘り当てたトレジャーハンターとかの醍醐味に通じるものがある。


 それはそうとして、レベル10のボスモンスター大鷲が放つ攻撃は、【くちばし】――物理攻撃力30、【衝撃波】――物理攻撃力40、【金切声】――魔法攻撃力40(無属性)の三種類だ。


 戦いに必要なものはスキル【超速】【防御】、アイテム【沈黙草】【MPポーション】、物理防御力27以上の防具、できるだけ攻撃力が大きな剣か槍である。


大鷲を安全に倒すための推奨レベルは15以上となっているが、これだけのものを用意すれば、たとえレベル1であっても勝つことができる。ダメージ計算と戦術に穴がないことが絶対条件だが、それよりも大切なのは、何事にも揺るがないメンタルと、いままでつちかってきたボディコントロールだろう。


 ダメージ計算式を参照したのは最も名の知れたまとめサイトであり、情報の信頼性と評判もすこぶる宜しいことを、掲示板やブログなどで確認済みである。表計算ソフトを使っているので計算間違いなどないはずだ。


「いやいや過信は禁物。ネットには何回も裏切られたからな」


 それでも、戦いに”絶対”はない。現実世界のゲームで何度も何度も初期レベル攻略を経験してきたからこそ、それが身に染みている。だから、”絶対”ではなく”可能な限り確実に”かつ、無謀な挑戦をする立場で言うのもなんだが、”安全”に戦いに挑んでいかなければならない。


 もともと【足軽の靴】は買う予定でいた。しかしそれは見間違いだった。現実は大鷲のドロップアイテムだ。予定になかった大鷲と戦わなければならないということは、最初に立てた計画ががそのままでは使えなくなる。だからこうして計算をやってアイテム調達計画に変更を加えているのだ。


「まぁ、そのおかげでお金は節約できるんだけどな」


 【足軽の靴】はムシュフシュ戦では使えないが、その直前までの戦いでは必須といっていいアクセサリであり、ぜひとも早い段階で手に入れておきたい、いや、手に入れるべき代物なのだ。普通にレベルアップできれば、それほど重要ではないアクセサリには違いないが。


 ともあれ、大鷲に勝ち、【足軽の靴】を手に入れる。これが最も優先すべき事柄なのである。


 現時点で必要なものは【足軽の靴】以外すべてが流通しているものであり、サンシティで買うことが可能なのだが【沈黙草】だけは値が張るので、ドロップで賄おうかと考えている。


「おかげで苦行の時間が少し減ったけどな」


 そんなことを考えながらも、表計算ソフトで計算したダメージの値を見て、さらに、打ち込んだ数値に誤りがないことを何度もしつこく確認していく。


 その後時間になったので昼メシのために街へと繰り出した。ネットで評判だった店に入る。街で昼メシを食うことはめったにないから気がついていなかったが、昼メシ時は客が多すぎて結構な時間を待たされる羽目になってしまった。


 結局この日、次の戦いのことが気になって武器防具屋なんかを巡り、結局は大鷲戦で必要なものを買い揃えてしまった。四十万円ちかい大きな出費になってしまったが、必要なものを買うためにためたお金なので後悔はしていない。


「それでもなぁ、やっぱ凹むわ」


 四か月分ちかい苦行の末に手に入れたお金の半分以上を失った。いやいやこれは必要経費だ。そう言い聞かせるしかなかった。


 それでも大金を使ってしまったショックから抜けきれず、まだ早い時間に宿に帰ってネットに潜り、エッチい動画を見ることで気を紛らわせたのだった。

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