【青い稲妻】変態挙動請負人【スピードスター】~レベル1のまま単独攻略・ゲーム世界でハードライフ~

九一七

第1話:ゲームの世界へようこそ――上

 覚醒したてのボヤけた意識で周りの様子を探る。そこは何もない真っ白な部屋だった。床や壁に天井は見えるが扉も窓もない。それ以外はなにもない。音も、匂いも、肌を撫でる空気の感触さえ感じ取れない。


 それがゆえに強調される体内の熱量。ざらざらした木綿の肌ざわり。わずかな耳鳴り。口のなかの濡れた感覚。それらが相まって、生きていると強烈に自覚させられる。


 そうか、ようやく理解した。


「こうしてここにいるってことは、現実世界の俺は死んだんだな……」


 眼前の空間に、半透明のスクリーンが音もなく広がった。「プレジャーガーデンへようこそ」と白文字が浮きでている。


『三沢真治様、覚醒おめでとうございます』


 唐突に頭の中に響いた若い女の声。辺りを見まわすが誰もいない。部屋の中央に、スクリーンが浮いているだけだ。その状況は変わっていない。


『チュートリアルを開始しますか? それとも遺言をお読みになりますか?』


 いきなり遺言? 誰のだろう……。あんた誰? と、問いたい気持ちをおさえ、虚空に向かって顔を上げる。


「誰からの遺言?」

『三沢真治様、あなたご自身からの遺言です』


 その言葉でようやく理解する。死ぬ前のオリジナルが書いたものだろう。


「遺言を読ませてくれ」

『了解しました』


 スクリーンが切り替わり、無機質な文字列が表示された。


『お前がこれを読んでるってことは、現実世界の俺は死んじまったってことだ。まぁ、そんなことはお前にゃ関係ねぇ。俺は運よくこの世界――プレジャーガーデン――の開発に関わることができたんだ。まぁ、夢がかなったってやつだ。その特権を使ってお前のためにとっておきの祝福を用意した。一応報告しておくと、現実世界の俺は孫までできて満ち足りた人生だったんだが、悔いがないかってぇとそうでもない。そのために用意した祝福だ。まぁ、せいぜい楽しめや』


 現実世界のオリジナルには孫がいるらしい。誰と結婚したんだろう? みゆきかなぁ?

 考えても仕方がない、もう関係ないことだ。でも、この世界の開発に関わるっていう夢は叶ったんだな。


 この世界、プレジャーガーデン――楽園――は月の地下空間に設置された、超巨大光量子ハイブリットコンピュータ群の中に創り出された世界のうちの一つ。


 要するに異世界シミュレーターだ。


 そこには様々な世界が再現されている。というか創り出されている。


 これはいくつかの地球世界をさまざまな条件下でシミュレートすることによって、その結果を現実世界への指標にしようということを目的とした超巨大プロジェクトだ。


 こうして意識が覚醒したってことは、そのプロジェクトが今でも生きてるってことになる。


 コンピュータ群の中に存在する世界は、忠実に現実世界を模した世界や、原始時代的な世界とか、どこかの英雄伝説ばりに星間戦争を繰り広げている世界とか、まぁ色々あるらしい。


 らしいっていうのはチュートリアルの説明書きにそう書いてあるだけなんだが、プレジャーガーデンもその中にある世界の一つで、他の世界とは存在意義が異なる特殊な世界だった。


 ココがどういう世界かといえば、とある大金持ちの日本人が出資し、その日本人が中心になって”遊び心”で作ったゲーム感あふれるファンタジー世界ということだ。シミュレーターの中の人格AI技術をこのゲーム世界の住人に利用するために、詳しくは聞いていないが法外な出資をした奇特な日本人がいたということだ。


「いくら金積んだんだろう? まぁ、そんなことはどうでもいいか」


 このゲーム世界の住人として入植できるのは、登録したオリジナルが現実世界で死を迎えたときだけだ。


 どうしてそんなルールになったのかは聞いていない。それでも、このコンピュータの中に構築された世界群の住人には意識があり、意思をもって”生命”活動を行っている。


「こうして感覚もあるし、ワクワクした感情もあるしな」


 現実世界でも、この世界郡の住人は人格を持った疑似生命体として認知されていて、この世界群には極力干渉がおこなわれない。観測が行われるだけだ。要するに現実世界の人間というか開発者は、この世界の住人からすれば神みたいな存在なのだ。創造主でもあるわけだし。


 だからこそ、このプレジャーガーデンプロジェクトのことを知ったときに心躍った。大好きなゲーム世界の中で生活できるのだから。この世界に参加したくて、なんども抽選に応募し、ようやく通った十六の夏に生体情報と記憶を登録したんだ。


「そのときこの世界はまだ完成してはいなかったけどな」


 しかし、現実世界ではそこから何十年も時が経過しているっぽいのは、遺言に孫ができたと書いてあるから間違いないだろう。


 オリジナルが開発に加わっているなら、楽しい世界になっているのかもしれない。現実世界でオリジナルが死ぬまでに過ごした時間は無関係。登録したのもついさっきのように感じられる。


 それにしても、どんな祝福を用意してくれたんだろう。


「思わせぶりな遺言だったけど……」


 いやいや、オリジナルの性格を考えるとなにがしか偏った祝福のような気がしてならない。こう、ピーキーというか、ぶっ飛んだというか。


 そう思ったとき、心の中でゾワゾワとなにかがうごめいた。


「嫌な予感がしないでもない」


 スクリーン上のメニューをタップする速度が早くなっていく。なにかを探すようにチュートリアルを読み進めていった。


 一番気になっていた項目が現れた。いわゆるステータス一覧だ。こんなものが存在するのは世界群の中でもこの世界だけだろう。いかにもゲーム世界らしい。


「なになに、初期レベルは1でHPが80、MPは40か。そのほかの初期値は全部10。スキルとかもあるな」


 RPGをたしなむ者にとっては、ありふれた初期レベルのステータス画面を確かめていく。


「おいおい」


 ギフト欄に、有ってはならない不吉な文字が鎮座していた。それは、さあこれから楽しいゲーム世界のはじまりだ。という希望を打ち砕くに十分なものだった。

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