第19話:ふたつの世界記録――上
楽勝だったボス三連戦が終わった翌日、一日の休暇を取ることにした。今日は終日、結衣につき合う予定だ。これからムシュフシュを倒すまでは、彼女と行動を共にすることができない。
もちろん、街中ではその限りでないが、高レベルの雑魚モンスターが出現するフィールドや、ましてやボス戦など彼女を連れていけば確実に戦闘不能になり、復活の神殿行きにさせてしまうからだ。
今日はその埋め合わせのつもりだ。まぁ、これからしばらく一緒に狩りができないしな。
「ねぇねぇ真治、今日はどこ行こっか」
「結衣の行きたいところでいいよ」
「そんなんじゃダメ。真治が行きたいところに行きたいの」
いつになくベタベタとくっ付いてくる結衣にとまどったが、当分のあいだ二人で狩りに行けなくなることが寂しいのかと思うことにした。結局この日は、今まで彼女が行きたがっていた所や、一度行って楽しそうにしていたところを周り、とあるアイテムを道具屋で買い込んだ。その後……。
「もったいないけど、これを買い取ったお金でこれを売ってください」
「えっ!? えぇ~。このまえ買ったばかりなのに。ちょっと真治なに考えてるのよ?」
結衣が驚くのも無理はない。武器防具屋でこのまえ大金をはたいて買ったばかりのミスリル防具三点セットを、惜しげもなく売払ってしまったのだから。約三百五十万の損失である。
「まぁまぁ、そんなに慌てるなって。これも計画のうちだから」
この新たに得たお金で【ミスリルソード】を購入したのである。その理由を彼女に説明しなければならないだろう。
「計画っていっても三百五十万だよ。もったいなさすぎるよ」
「そう思うのも不思議じゃないけど、これから先はもう防具はいらないんだ」
正確に言うと、もうミスリルの防具は役に立たない。
「たとえミスリルの防具を装備してても物理攻撃喰らったら終わりなんだよ。だったら防具は邪魔なだけだろ。そしてこの剣は次の戦いで必要なんだ。ミスリルソードは今持ってるお金で買える最強の剣だ」
最初のうち、彼女は分かったような分からないような不思議な顔をしていた。しかししばらく考え込んだのち、思いつめたように見上げてきた。
「無理だけは絶対にしないでね」
「ああ」
きっと彼女は理解したのだろう。これからどれだけ無謀な行動をしなければならないのか。そうしなければいけない理由を。しかし、彼女の思いに応えることはできない。これから先は無理を通してこそ道が開けるのだから。
翌日から、自分がレベル1であることを痛感させられることになる。そう、復活してからこれまでの一年強は準備期間にしか過ぎなかったのだ。難関などどこにも存在しないヌルすぎる道程だったということに。
早朝、結衣に見送られてサンシティを出発し、次の目的地である山岳地帯へと向かうことにした。目的はグランドタートルという巨大ガメと雷狼という巨狼を倒すためだ。
グランドタートルも雷狼もレベルは33であり、もちろんボスモンスターだ。どちらもムシュフシュと戦う上で必須のアクセサリをドロップすることが分かっている。さらに、どちらの攻撃も一種類を除いて一撃でも貰えば、即復活の神殿行きだ。
グランドタートルは山岳部の中腹に出現ポイントがあり、雷狼の出現ポイントは山頂部に近い所だ。順番的にはグランドタートルを先に倒し、その後に雷狼を倒すのであるが、問題はレベル33のボスモンスターをレベル1ソロで倒すということだけではない。
最大の難関は、ボスの出現ポイントにたどり着くことなのである。もちろん、グランドタートルや雷狼を倒すことも難しいが、ボスの出現ポイントにたどり着くことが、最難関になるのだ。
「いよいよ初期レベル攻略らしくなってきた」
グランドタートルも雷狼も当然単独でしか出現しないが、ボス出現ポイントにたどり着くまでのフィールドにポップする雑魚は複数であり、雑魚とはいえそのレベルは30弱だ。
雑魚からの攻撃でさえ、喰らえば一撃で復活の神殿行きになることが確定している。そしてそれは、たとえミスリル製の防具をフル装備していても変わらない。
「しかもそれだけじゃないんだよな」
ボス三連戦のときのように、エンカウントした雑魚モンスターを振り切ることはできないのだ。それは、出現する雑魚モンスターの”素早さ”が上がっているからに他ならない。対応する雑魚モンスターが一匹であれば、攻撃を避け続けて倒すことは可能である。
しかし、一匹でポップすることは稀であり、ほとんどが二匹三匹でポップする。雑魚モンスターとは戦うことができないのだ。二匹以上を相手にして、全ての攻撃を避け続けることなどできはしないのだから。
「ここからだ」
サンシティを出発し、振り切れる雑魚モンスターがポップするエリアを走り抜け、山岳地帯の入り口へとたどり着いた。時間にして約二時間の距離である。ここからが正念場だ。山岳地帯の入り口から全力で走って、グランドタートルの出現ポイントまで計算上約一時間。もちろんこれには、途中で戦闘不能にならなければという条件が付く。そして当然、そんなことは不可能だ。
「さて、一発目はどこまで行けるか」
高レベルハンターならば苦も無く到達できるその距離が、途方もなく長い長い道のりになる。そう思って走りだした。
「ちっ、早くも出やがったか」
危険地帯に入って一分にも満たない時間で出てきた二匹組のモンスター。狼型のそいつらは今にも襲い掛かる気満々でうなり声をあげている。二匹の動きを注視しながらも走るのを止めない。全速力を維持したままだ。一瞬で二匹の前に走り寄り、剣を振るそぶりを見せながらも、素早く斜め前方にステップしてその脇を駆け抜ける。
あとはどれだけ距離を稼げるかだ。真後ろから猛追してくるモンスターを背中に感じながら坂道を駆け上る。それは百メートル持てば上出来なほどの全速力だった。ほんの少しでも距離を稼ぐ。それが今できる最大で最善の足掻きだ。
しかしそれでもその時はやってくる。首筋を襲う圧力と冷たい感覚。地面に顔から叩きつけられる衝撃。喉笛を食いちぎられ、はらわたを引き裂かれる激痛に見舞われたところで意識が遠のいた。
「お気づきになられましたね。ここは復活の間です。あなたは確か……そう、ミサワシンジさん」
ジワジワと体中の神経が覚醒しいく感じで目覚めた。目を開けるとミレーアがのぞき込んでいる。
「ミレーアさん。覚えていてくれたんですね。俺の名前」
「今はそのようなことを言っている場合ではないですよ。まだお体か再構成されて間もないのです。そのままで結構ですから、しばらくお休みになってくださいね」
そう優しく告げてレミーアは立ち上がった。顔を動かして周囲を見渡すと、幾つもの透き通る白い石でできたベッドが並んでいる。
たしかに彼女が言うとおり、体がふわふわした感じで力が上手く入らない。今立ち上がると腰が砕けるようにへたり込んでしまうだろう。
「わたしは泉でお祈りを捧げていますから、なにかおありでしたら声をかけてくださいね」
「わかりました。ありがとうレミーアさん」
レミーアが復活の間から出ていく後ろ姿を見ながら考える。どれくらい進めたのだろうか。目標地点までは10Kmほどだらだらと坂を登った先にある。どう思い出しても1Kmは絶対に進んでいない。
「500メートル進めたかなぁ。それにしてもコレはキツイ」
復活してみてわかったが、肉体的にもキツイし、精神的にもなにかをごっそりと持っていかれたような喪失感がある。ケガをしたり記憶を失ったりすることはないと聞いているから不安に襲われることはないが、精神的疲労は無視できないようだ。
そんなことを考えながら硬いベッドで体を休めていると、ようやく力が戻ってきた。体感的には十数分だろうか。上体を起こし、ゆっくりと立ち上がってみる。まだ少し違和感があるが、歩くぶんには問題がなかった。復活の間を出てレミーアに挨拶してから神殿を出る。
「よしっ!」
バチンと両頬をしばいて気合を入れなおす。試練はまだはじまったばかりだ。こんなところで立ち止まるわけにはいかなかった。
大通りの脇をゆっくりと歩きながら体調を確認していく。そして三十分も歩けば普段どおりの体のキレがもどってきた。もう違和感もない。
「さて二回戦だ。行くとしますか」
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