第18話:雑魚ボス三連戦――下
英気を養った翌日、結衣と共に今日の目的地である砂漠地帯へと足を運んでいた。砂漠地帯はサンシティから南に十日ほど歩いた距離にあるが、スライム狩りの合間に散策がてら【転移】を使って距離を稼いでいた。頭は使いようだ。まぁ、提案してくれたのは彼女だけどな。
早朝砂漠地帯に【転移】で移動してから三時間ほど歩いた小さなオアシスの手前が、三連戦の初戦の相手と決めていた走りトカゲの出現地点である。
途中でポップする雑魚を情けなくも結衣に倒してもらいながら、オアシスの近く、ボス出現ポイントの少し手前で足を止めた。どうやら先客はいないようだ。
この砂漠で出現する雑魚モンスターは俺でも倒せないことはないが、時間がかかりすぎるので結衣に前衛を任せ、彼女の後ろから【ポーション】を使って援護していた。
「結衣がいてくれて本当に助かったよ」
「どういたしまして」
はにかんでそう言ってくれた彼女に感謝しながら、走りトカゲと戦うための装備と戦術を再確認する。
走りトカゲのレベルは9であり、この三連戦では一番の高レベルだ。とはいっても前に倒した大鷲よりはレベルが1低い。しかし、”素早さ”が7だった大鷲と比べ、走りトカゲのそれは15であり、【超速】を発動してようやく互角になる。
ということで全ての攻撃を避けきることは難しいし、連続攻撃も入れることができない。唯一の救いはレベルが9であり、攻撃力がさほど高くないことだった。
「走りトカゲは攻撃力が”それほど”高くないんだ、攻略のキモはここさ」
「ふーん、よくわからないよ」
「それじゃぁ説明して進ぜよう――」
などなど少しカッコよく結衣には説明したのだが、実のところは防具の性能に頼ったただのゴリ押し。作戦もヘッタクレも無くて、攻撃を受けてもダメージを受けないだけの高防御力を誇る防具を装備して叩きまくるというのが基本方針だ。華麗な戦術とか、手に汗握る見せ場とかいう高尚なものは存在しない。
「――じゃあ、結衣はここで待ってて」
「頑張ってね、真治」
「了解」
彼女を残してボス出現エリアに足を踏み入れると、待たせられることなく人間大のオオトカゲが現れた。オオトカゲは二本足で立ち、首の周りにはヒラヒラがついている。ありていに言えばエリマキトカゲを巨大化したようなモンスターだ。
バトル開始と同時に【超速】を唱えた。同時に走りトカゲの噛みつき攻撃を喰らうが、浮き出たダメージは勿論ゼロである。このために大金を支払って場違いに高性能な装備を新調したのだから当然の結果だった。
ダメージを喰らう心配はない。油断するのは良くないが、コイツの場合は別だ。手持ちの剣で走りトカゲを切りつける。武器はロングソードで大鷲戦の時から変わってないが、大鷲よりレベルが低い走りトカゲにはこれで十分。
「ハッ!」
難なく攻撃がヒットして走りトカゲから浮き上がったダメージは87。コイツのHPは900だから十数回切りつければそれで終わりだ。
走りトカゲの攻撃は物理一辺倒。だから避けることもせずに足を止めて攻撃し続け、二分もかからずに戦いは終わっていた。
「なんか圧勝だったね」
これが結衣が漏らした感想だった。彼女に言われるまでも無く圧勝だが、そのために使ったお金と準備期間を考えると、普通に攻略しているハンターに言わせれば非効率極まりない戦いだろう。レベル1だから仕方がないんだけどな……。
「まぁ、たまにはこういうのもいいでしょ」
アクセサリ欄には、当然ながら【疾風の指輪】が燦然と光り輝いていた。実際は光っても輝いてもいなくて、普通に白文字でアイテム名が表示されているだけなのだが、そう見えるのだからしょうがないだろう。
ゴリ押し三連戦で残すはあと二戦。大イタチと大針ネズミだ。この二匹を倒して【韋駄天の腕輪】と【神速ピアス】を入手すれば、とりあえず”素早さ”補正アクセサリが全部そろうことになる。
三つ装備して”素早さ”が6上昇し、通常時で20、【超速】効果が発動すれば25になるのだ。これだけの”素早さ”があれば大概のエリア攻撃以外は避けることが可能になる。そしてこの”素早さ”は、この三連戦以降のボスモンスター戦以外にも、雑魚モンスターへの対処に無くてはならないものだった。
走りトカゲを倒し終えた翌朝、大イタチと大針ネズミを倒すためにサンシティの北にある草原と森の境へと向かった。
今日からは単独行動だ。その理由は、大イタチと大針ネズミの出現ポイントまで全力で走り通す予定だからである。結衣の”素早さ”では付いてこれない。ゆっくり時間をかけて、彼女と共に敵を倒して出現ポイントまで向かうという選択肢ももちろんあった。
「どうしてひとりで行くの」
「ここから先は俺と結衣だけじゃ危ないんだ――」
ここから先に出現するザコは、レベル6の結衣であっても戦闘不能にさせられる可能性がでてくる。そんな危険に彼女を晒すわけにはいかなかった。
しかも、三連戦終了以降は、恐らくというか間違いなく復活の神殿にお世話になりまくることになる。さらに三連戦終了後から最後のムシュフシュ戦までは、結衣のレベルでは危険すぎるというか、雑魚相手でも確実に戦闘不能になる。
「――だからなっ、この埋め合わせは必ずするから」
渋々ながらも「うん」と言ってくれた結衣。そんな彼女を街に残し、草原を走り続けた。わき目も振らず、一時間ほど走ったところで最初の目的地に到着だ。途中でエンカウントした雑魚モンスターは全て振り切っている。が、いずれ追いついてくるので時間的余裕は少ない。
大イタチ出現ポイントの手前で息を整えながら装備品の再確認をし、バトルエリアへと足を踏み入れた。ボスモンスターのバトルエリアに入ると、雑魚モンスターとのエンカウントは解除されるので安心だ。
バトルエリアに入ると、早速大イタチがポップしてきた。ボスモンスターの場合は、いきなりポップする雑魚モンスターと違って、光に包まれながらポップするので分かりやすい。
大イタチは体長二メートルほどのイタチの姿をしていた。こいつの特徴は走りトカゲほど”素早さ”が早くないが、攻撃力が僅かに高いくらいしか違いがない。
レベルは8であり物理攻撃一辺倒。普通にレベルを上げて、レベル相応の装備で対戦すれば”素早さ”に注意を払いながら戦う必要がある。が、今のバブリーな装備では、走りトカゲ同様にダメージは0のハズだ。
「さて、さっさと片付けて次に行くとしよう」
余裕の独り言を吐き、【超速】すら唱えずに、敵の攻撃を無視してひたすら【ロングソード】を叩きつけ続けた。そして、一分もかからずに大イタチを沈めることに成功する。
ちなみに、今装備している【ロングソード】は、レベル10台のボスモンスターに対応できる装備だ。だからレベル1であっても短時間で戦いを終えられたわけだ。そして予定どおり【韋駄天の腕輪】を手に入れたのだった。
「ふん、雑魚だったな」
と、戦いの終わった誰もいないバトルエリアで一人ごち、誰にとも考えずに強がって見せた。余裕の戦いは今日だけだからこれくらいで罰は当たるまい。さぁ、残すは三連戦最後の大針ネズミだ。ヤツが出現するここから東に二時間ほど走った湖のほとりを目指そう。
何事も無く時間は過ぎ去り、目的の湖のほとりへと到着していた。大針ネズミが出現するこのエリアは、走ってきたフィールドと隣接するフィールドの端にある。だから一旦少しだけ通り過ぎて戻ってきたのだ。
こうすれば、追いかけてきた雑魚とのエンカウントが解除される。なぜ大針ネズミとのバトルエリアに入ってエンカウントを解除しなかったのかといえば、一人の先客が今まさに大針ネズミとバトル中だったからだ。
「先客がいたか……」
バトルエリアの様子を見たところ、戦闘はまだはじまったばかりのようだった。戦っている男の装備を見れば、彼がレベル10半ばであることは理解できた。
大針ネズミのレベルは7なので少しレベルマージンを見過ぎている気もするが、ソロでやるなら普通はこれくらいの慎重さが必要なのだろう。下手をすればデスペナルティーを喰らって精神的再起不能に陥りかねない。ちょうどいいので、彼の戦いを見ながら大針ネズミの行動パターンを再確認することにした。
大針ネズミのレベルは三連戦の中では一番低いが、ぶっとい針を無数に身に纏ったその姿で行う【突進】には、レベル以上の攻撃力が有る。”素早さ”も走りトカゲと同じく15と高い。だから【超速】なしでは避けることが難しいのだ。
彼の装備と受けているダメージから、のレベルを大雑把に暗算する。
「15くらいかな」
レベル15ならばHPが700だ。二回攻撃を受けたら回復すれば問題はないだろう。事実、彼も二回攻撃を受けて慌てることなく【ヒーリングLv2】を使用している。キチンと作戦を立ててきたのだろう。
武器が弱いせいか、倒すのに時間はかかっていたが、【MPポーション】でMPを回復することなく大針ネズミを倒していた。戦い終えたその男は、こちらを見て少しだけ目を丸くしたのだった。
「随分慎重なんですね。楽勝でしょうが気を付けてください」
「い、いや……慎重ってほどでもないんですが、ご忠告ありがとうございます」
いい人なのだろう。丁寧な言葉で気遣ってくれた彼は、さわやかな笑顔を残して南の方へ去っていった。おそらく、彼はこの装備を見てレベル30前後だと勘違いしたに違いない。だからあんなことを言ってきたのだろう。わざわざ呪いのことを教える必要も無かった。だからあやふやに返答をした次第だ。
彼が見えなくなるまでその場にとどまり、次の挑戦者がいないことを確認してバトルエリアに足を踏み入れた。そして、あまり待つことなく大針ネズミがポップしてくる。
大イタチ戦では使用しなかった【超速】を発動した。MPを使い切ってしまうので帰りは走りになるのだが、それもしかたがない。五万円もする【MPポーション】は温存しておきたいのだ。なぜ【超速】を使ったのかといえば、それは大針ネズミの”武器攻撃力”が大鷲と同じ40と高く、かつ、避けるのがほとんど不可能なエリア攻撃【針】を放ってくるからである。
今のバブリー装備、ミスリル三点セットでも最大21ダメージを喰らってしまうのだ。できるだけ早く倒して【ポーション】を節約したいし、避けられる攻撃は確実に避けたい。【突進】は喰らえば終わりだ。
HPは80しか無いから、回復なしに四回か五回の【針】を喰らえば負けることになる。したがって三回【針】を喰らったら【ポーション】で回復する必要があった。
【超速】発動直後に来た【突進】をかろうじて躱して攻撃を叩き込む。浮き出たダメージは16。計算上の最大値は17だったからいい感じだ。その後は【針】を喰らいつつも【ポーション】で回復し、たまに【突進】を避けながら大針ネズミに攻撃を叩き込んでいった。
そして、【ポーション】をちょうど十個使い終わった直後の攻撃で大針ネズミは砕け散り、【神速ピアス】を手に入れることができた。
「これでも大ハリネズミ戦は楽な戦いなんだよな……」
楽な戦いはここまでである。これからの戦いは、いや、戦いに限らないが、とにかく明日からは傍目に見て無謀としか言いようのない領域へと踏み込んでいくことになる。
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