第23話:罠――上

「さて、帰るとするか……」


 そう口にしたところで重要なことを思いだし、思わず地面に両膝をつき、そして両手もついて項垂れる。俗にいうorzの格好だ。


 今、MPはゼロだ。ステータス画面なんか見ないでも分かる。このままでは【転移】が使えないじゃないか。


「なにやってたんだろ、俺」


 雑魚と戦って死に戻りをすれば、雷狼を倒した報酬三十三万円が三万三千円になってしまう。貴重な【MPポーション】を使うしかない状況に眩暈がする。


「なんてこった……バカすぎるだろ、俺!」


 【MPポーション】を節約したいがために九回も死に戻りをして、やっとのことで三十パーセントの勝率を克服したんだ。よくよく考えれば、いや、考えなくても【幻影】を三回使えばMPはゼロになり、帰る方法は死に戻りか【MPポーション】を使って【転移】するしかないじゃないか。


 こんな苦労しなくても戦闘中に【MPポーション】を一個だけ使って、いや、二個使ってでも確実に雷狼に勝った方が得だった。


 一個五万円もする【MPポーション】を節約することだけを考えていた。雷狼を倒した後のことがスッポリ頭から抜け落ちてしまっていたのだ。


「うん、結衣には黙っておこう」


 そう独り言ちてそそくさと【MPポーション】でMPを補てんし、サンシティへと【転移】した。そして結衣に連絡を入れる。ひときわ明るい文体で。


『おっしゃぁー! ついに、ついに勝ったぞ結衣!』


 メールで送った文体とは裏腹に空しい思いで一杯だったが、彼女に落ち込んだ顔は見せられない。心機一転するために、両手で顔をシバイて気合を入れなおす。


『おめでとう、真治。今から会いに行くね』


 その返信を見て、少しの違和感を覚えた。いつもの明るい彼女の文体と少し違う気がする。声を聴いていないので勘違いかもしれないが、なんとなく分かる。なにかあったんだろうか? そんなことを考えながら悶々としていたら部屋のドアがノックされた。


「結衣?」

「うん」

「入って」


 ドア越しに聞こえてきた声は、やはりというか、か細く精気がないものだった。ガチャリとドアが開き、顔を覗かせた結衣は、瞳に生気がなく顔色も悪い。


「結衣、何かあったのか?」

「…………」

「結衣?」


 彼女はしばらくうつむいていた。そしてボソリとつぶやく。


「どうしよう……」

「なにがあった? 話してくれないか」

「お金が足りなかったの――」


 話を聞いてみると、予約しておいた仕事道具の値段を勘違いしていたそうだ。詐欺まがいの悪徳商法に引っ掛かったのではなく、単純に計算間違いしていたらしい。足りない額は百二十万円ほど。


 自業自得だと突き放すこともできた。だけど結衣との関係は、そんな薄いものではない。というか、精神的にかなり助けてもらっている。だから力になりたかった。


 頼んだ品はオーダーメイドらしいからキャンセルはできない。支払い期限は五日後。立て替えてあげたいが、今の残高では五十万円ほど足りない。


「俺の預金でも足りないな。アルベルトにでも頼ってみるか?」

「ううん、そんなことできないよ。それに、真治だってお金がいるんでしょ。できれば自分でなんとかしたいし」


 結衣の力になってやりたい。金さえあれば立て替えるんじゃなくて、プレゼントしても惜しくない気分だ。だけどそれじゃ彼女は納得しないだろう。なにかいい方法はないか。


「幸い、俺のほうは山場を過ぎた。だからしばらくは結衣の手伝いができる。力にならせてもらえないか?」


 彼女はうつむいているが、なにか必死に考えているようだ。最悪は【ミスリルソード】を売ればギリギリだが金は工面できる。


 しかしその案を彼女は絶対に受け入れないだろう。だからこの案は最後の保険だと思っておく。そうすれば心に余裕ができる。そう思ってしばし考えてみるも、それ以外に案は思い浮かばなかった。ならば……。


「結衣、やっぱりアルベルトを頼ろう」

「でもそれは」


 結衣の顔色は優れない。それどことか、よけいに表情がこわばっていった。彼女はきっと誤解している。だからその思い違いを払しょくする必要があった。


「よく聞いてくれ結衣。彼にお金を無心するわけじゃないんだ。アルベルトはこう言っていたよな。顔が広いと」

「うん」

「だから彼に聞いてみようと思うんだ。俺たちが短期間で稼げる方法を」

「でも、真治にはお金が必要で」


 言いたいことは痛いほど分かる。だけど自分の想いには正直でありたい。


「結衣の力になりたいんだ。俺が稼いだ分は借りということにしとけばいいじゃないか」

「でも」

「ほかにいい方法、思いつかないだろ? それと、もう「でも」は無しだ」

「うん。わかったよ真治」


 まだぎこちないが、ようやく結衣は笑顔を見せてくれた。そうとなれば善は急げだ。アルベルトから教えてもらっていたアドレスに、彼女が陥った状況を添えてメールを送った。すぐに返事は来ないだろうと思っていたが、予想外に返事は速かった。


「今から会ってくれるって。それに、金策のあてもあるらしい」

「ほんと?」


 結衣を連れてアルベルトが指定してきた場所に出向いた。そこはアンティークの小物が似合いそうなお洒落な喫茶店だった。中に入ってみると、店内は少し薄暗い感じだが落ち着きがあって気取らない雰囲気が居心地よさそうだ。


「やあ真治君、結衣ちゃん。待たせてしまって済まない」


 アルベルトは指定の時間から少し遅れて顔を見せた。いつも見かけるハンタースタイルではなく、カジュアルな見た目の白いスーツを着崩している。


「いえ、それほど待ってませんよ。今日はありがとうございます」

「いきなりのお願いなのに、こうして会ってくださってありがとうございます」


 結衣はそう言って立ち上がり、深く腰を曲げて頭を下げた。


「いやいや、気にしなくていいよ。こういうのはボクの領分だからね」

「それでいきなりなんですが、いいあてがあるって本当ですか」

「ああ、その件なら任せてくれ。ボクの友人にちょうど君みたいな子を探してくれって頼まれていたんだ」

「君みたいな子?」


 どうやら仕事を引き受けることになりそうだ。結衣と一緒にできる仕事なら万々歳だが、贅沢は言えないだろう。


「これから来るヤツに会って直接聞いてみるといいよ。ああ、そこの――」


 彼は手慣れた感じでウェイトレスを呼び、紅茶を注文していた。結衣と同じく今まで飲んでいたこの店で一番安いお茶のおかわりを注文する。


 そんなことをしているうちに、一人のハンターらしき男が近づいてきたのだった。

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