第22話:勝率三十パーセント――下
雷狼との初戦に負けた今日はもうやることがない。だから定宿に籠って戦術を練り直すことにした。いつもなら結衣と食事に行ったり、ブラブラと街を散策したり楽しんでいるところだが、彼女は今日から自分の店の開店準備に取り掛かっている。
手伝おうか? とも提案してみたが。
「わたしひとりでなんとかなるわ。それよりも真治は自分のことに集中しなきゃ」
と言われてしまえば結衣を誘うこともできない。もしかして他に男でもできたか? と不安にもなるが、彼女を信じることしかできない。余計な詮索をして、それが理由で関係にヒビでも入るほうが怖かった。
「ええい、ネガティブなことはもう考えない。そう誓ったじゃないか」
そう思いなおして、彼女が言ってくれたように自分のことに集中することにした。
レベル1のMPは40しかなく、雷狼出現ポイントに【転移】するのにMPが10必要なことから、戦闘で使えるMPは30しかない。【幻影】の使用MPは10なので三回しか使えないのが前提になる。
もちろん超高価な【MPポーション】を使えばMPの回復は出来るが、できれば使いたくない。稼げばいいじゃないか? という人もいるだろうが、あんな面倒な単調作業は出来るだけやりたくないのだ。
「お金は大事だしな」
そんなこんなで、雷狼戦で使用できるMPは30。つまり、【幻影】を三回使用できることになる。できれば二回で倒したいところだが贅沢は言わない方がいいだろう。というか、実のところ、雷狼を倒しきるまでに来るであろう【電撃】の回数は平均四回強、三回で済む確率は三十パーセント強になる。
「それすなわち期待勝率」
【幻影】三回で倒しきれる可能性は低い。可能性は低いがレベル1の俺には戦闘不能があまり怖くない。つまり、何度でも挑戦できるのだ。必勝を期する必要は無い。三、四回挑戦すれば勝てるだろう。そのレベルの攻略法だった。
ということで翌朝。いざ、出現した雷狼と戦いはじめたわけであるが、結論を言うと、ダメージを全く与えることなく三回連続【電撃】という凶悪なコンボを喰らって、あっけなく最初の挑戦が終わってしまった。
「ふざけんな!」
残りMPが20だった時点で、勝てる可能性がほとんどないことは理解していたつもりだった。一回も攻撃できずに復活の神殿送りにされたことは、とことん運がないなと自嘲するよりも、むしろ天の采配に怒りしか沸いてこない。
そして翌日、雷狼戦三戦目である。運が良ければ今日。悪ければ何時になるかは分からないが、確率分母の二倍の七日つまり、一週間を覚悟しておけば雷狼に勝っているだろう。などと、ほくそ笑んでいた俺は、戦いはじめて三回目の【幻影】を使用した時に、雷狼の残りHPを二百弱まで削ることに成功していた。
「もう貰っただろ」
あと二回攻撃を当てれば雷狼に勝てる。すなわち、雷狼の攻撃が、二回続けて【電撃】でないかぎりは勝てるという状況だ。勝てる確率は九分の八。
しかし、お約束というかなんと言うか、最後の一撃を放つ直前に、雷狼が放った【電撃】によって、あっけなく復活の神殿に飛ばされていた。
「ふざけんなよ。なんか悪いことでもしたか?」
神、つまりはこの世界を支配するシステムは試練を与えたいのだろうか? ここまで不運が重なると、そう愚痴ったとしてもバチは当たらないと思う。
そして今、なにもすることがなくて退屈を持て余していた。MPはすでにゼロであり、明日にならないと雷狼に挑戦することはできない。朝一番で雷狼と戦ったから、時間はまだ午前十時前。朝が遅い人ならば、まだ活動をはじめていないような時間帯だ。
自分に関する変な記事を見たくないので、NETをさまよって時間を潰そうとは思わない。かといって、お金を節約したい今、スライムを狩って日銭を稼ぐことくらいしか思いつかない。
「やりたくねぇ~」
剣以外のミスリルセットは売り払っていて、今の装備は最初にスライム狩りをしたときにまで防御力が落ち込んでいる。荒稼ぎした時のような効率は望めないのだ。それでも、暇つぶしになって日銭を稼げるとなれば、スライム狩りは良い選択肢なのだろうが、心が拒否反応を示しやがる。
かといって、なにもせずにボーっとしてただ時間が過ぎるのを待つほどの忍耐力は持ち合わせていない。どうしようか。などと途方に暮れていたとき、結衣から救いのメールが届いた。
『サンシティで買いたいものがあるの。付き合ってくれると嬉しいかな』
女神だ。彼女こそが女神である。信心深いわけではないが、神――システム――に見捨てられた哀れな子羊に救いの手を差し伸べてくれる彼女こそが真の女神に思えてならなかった。
「よっ、店のほうは順調に進んでるか?」
「うん、でも急遽必要なものがでてきたんだ」
「そっか」
定宿に迎えに来た結衣の様子を注意深く見た感じ、どうやら心配事は杞憂だったようだ。それが彼女に対する信頼を大いに引き上げた。同時に少しでも彼女を疑ってしまったことが恥ずかしくなった。
結衣とはいまだ恋人関係にない。振られるのが怖くて告る勇気がないのも情けない気がするが、恋人でもない彼女が誰を好きになろうと本来は関係ないはずだ。それなのに、彼女にほかの男が近づくことをこれほど心配してしまうのは身勝手なのだろうか。
「真治こそ調子はどうなの? ねぇ、真治」
「今は雷狼ってボスモンスターと戦ってるんだ」
「今は戦ってる? ねえ、それってどういう意味?」
問いただすように顔を近づけてきた結衣を直視できなかった。少しでも彼女を疑ってしまった負い目と、また心配させるかもしれないという負い目が合わさって下を向いてしまう。
「心配かけてごめん。雷狼とは一日一回しか戦えないんだ。勝率は三分の一。それで今日は負けちゃったってこと」
「そっか、今日も戦闘不能になったんだね」
結衣はそう言って表情を曇らせた。それでもお互いの近況を報告しあううちに会話の雰囲気は穏やかなものになっていく。
そんなこんなで彼女につき合って買い物に出かけ、女の子の買い物は時間がかかるものだということを再認識させられた。けれども、良い暇つぶしだったのは間違いない。だから結衣には、素直に感謝の意を伝えた。
結衣の買い物の方は、彼女が気に入った現物が店になく、入荷は二日後ということで取り置きを頼んで店を出た。
陽がどっぷりと暮れた別れ際。
「ねぇ真治、もし明日も負けちゃったら、わたしも時間が空くから一緒に狩りに行こうよ」
「今の俺の装備だとスライムしか狩れないぞ」
「いいの。何もしないよりはマシでしょ?」
正直、この時は泣きたくなるほど嬉しかった。明らかに結衣は気づかってくれている。あまり儲けにならないスライム狩りにつき合ってくれるというのだから。あれほどやりたくなかったスライム狩りだったというのに、彼女と一緒というだけで嬉しくなってしまうのだから俺の性格も大概なのだろう。
「ありがとう結衣。もし明日負けちゃったら付き合ってくれるか?」
「うん、よろこんで」
翌日は、朝一番で雷狼と戦い、負けて復活の神殿に強制送還されて結衣に連絡を入れ、そのままスライム狩りに出かけて、稼ぎを銀行に預ける羽目になった。
その後も負けに負け続け、実に九連敗を喫した運の無さにつくづく嫌気がさす。
しかし、ついにやっと報われる時が訪れた。つまり、雷狼に十連敗することは無かったのである。十回目の挑戦――既に、抽選と言い換えた方がいいのかもしれない――で当たりクジ、すなわち、勝利と雷無効装備【雷神の冠】を入手したのだった。
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