第21話:勝率三十パーセント――上
グランドタートルをなんとか倒したが、その足で次の標的である雷狼の出現ポイントへは向かわず、温存したMPを使ってサンシティへと転移した。理由はグランドタートルを倒して得た三十三万円が惜しかったからだ。
三十三万円あれば使った【ポーション】を余裕で補てん填できるし、懐事情もいくぶん楽になる。戦闘不能になって三万三千円に減らされてはたまったモノじゃないのだ。お金は節約するべきだろう。
「うん、お金は大事だ」
サンシティの道具屋で【ポーション】を補てんしたあとに、結衣にメールで連絡を入れた。あまり待つことなくその返信が届く。
『おめでとう真治。わたしは今、ベルファストで買い物を楽しんでいます。夕方にはそっちに帰るから宿で待っててね』
まだ午前中だったのでサンシティの街中をぶらついて時間を潰し、昼飯を済ませて宿屋へと戻った。結衣が訪ねてくるまでまだ時間がある。やることもないのでNET眺めていたら。
「マジか……」
いや、別に災難に見舞われたわけではないのだが、ついさっき倒したグランドタートルのニュースがすでにUPされていた。
誰も観客はいなかったはずなのに、自慢して回ったわけでもないのに、何故そんなことがこれほど早く知れ渡るのか? とは考えたが、その理由は記事の中に貼られていたリンクを辿ることですぐに判明した。
「コレはバレるわ」
リンクの先にあったのは、この世界の記録を公表しているサイトであり、この世界を構築しているシステム自体が更新しているのだ。たとえ誰も見ていなくとも、このサイトを訪れれば、様々な記録が誰にでも閲覧可能だった。
「こんなサイトがあるなんてな。知らなかったよ」
レベル1でありながら、レベル33のグランドタートルをソロで倒した。要するに、ボスモンスターグランドタートルの、絶対に抜かれない最低レベル単独撃破記録を達成したことになる訳だが、煩わしいことにならなければいいな、と、このときは考えていた。幸い、顔はまだ知れ渡ってはいないことだし。
その後もなんとなくNETの徘徊を続けて時間を潰していると、夕方にはまだ少し早い時間に結衣が訪ねてきた。そのまま宿屋の食堂で茶を飲みがてら話し込む。
「友達から聞いたんだけどね。真治の噂、かなり広まってるみたいだよ」
「ど、どんな噂」
「面と向かって言いにくいんだけど……その、無謀なチャレンジャーだとか、レベル1の勇者だとか、肯定的な人も多いけど、否定的な人とかもいて。真治のことを調べ回っている人もいるみたいだから気を付けた方がいいかも」
肯定的な噂が多いのは、レベル1だというのが今回の件で露呈したからだろうか? 叩かれたり笑い者にされるだけよりは遥にマシだが、コレも運命と思ってあきらめるしかないのかもしれない。
「げっ、そんなことになってるんだ。でも、しょうがないのかな。戦いを続けないと俺の呪いは解呪できないんだし」
「そうなんだけどね」
「まぁ、俺の顔はほとんど知られてないから大丈夫だとは思うけど」
結衣にはそんなことを言ったが、煩わしいことになる前に、出来るだけ早くムシュフシュを倒して【成長の扉】を手に入れようと、このとき密かに誓いを立てた。結局この日は、彼女と久しぶりに半日を共にして心の安らぎを得ることができたのは大きい。
そして翌朝から、走っては戦闘不能になって復活の神殿で復活という地獄のループを、MPが続く限り繰り返すことになった。相変わらず、レミーアの反応は良くはならないが、彼女の機嫌を伺ってばかりいては前に進むことができない。
結衣がメールで『がんばってね』と応援してくれるのが唯一の救い、というか心のよりどころになっている。再びはじまった連続死に戻り記録絶賛更新中の不名誉な記事を見たくないので、ここ最近はNETからは遠ざかっていた。
「どうせろくなことしか書かれてないだろうからな」
強行軍に関して言えば、山の中腹だったグランドタートルの出現地点から山頂近くまで登る必要があるので、雷狼の出現地点までの道程は、かなり厳しいものがあった。
ただでさえ登りがキツクなる上に、狭い道には小岩がゴロゴロと転がっていて足元がおぼつかないし、スピードが出せないので一回のループで稼げる距離が少なく、強行軍を開始して既に十日が経つというのに、いまだに雷狼の出現地点までたどり着けてはいない。
「見えた!」
そして結果からいえば、雷狼の出現地点にたどり着いたのは、強行軍を開始して十八日目の事だった。
「間に合えぇぇぇ!」
根性で山登りを成し遂げ、目の前にある目的地。そこは、山の頂上近くに切り取られたような平らな場所だった。広さでいえば二十メートル四方はあるだろうか。先客はいない。
滑り込めればいつでも戦いをはじめられる。というか、追ってきたヒョウ型のモンスターの牙が届く寸前、雷狼のバトルエリアに足を踏み入れることに成功したのだった。復活の神殿に死に戻ることなんと七十一回。執念の踏破である。
「ハァハァハァ……んくっ、ギリギリだったな」
息を整える暇もなくモンスターが浮き出してくる。バチバチと青白く発光する雷光をまとった巨狼、雷狼だ。乱れた呼吸を無理やり飲み込んで整えた。恐ろしく険しい道のりを七転八倒して踏破した感慨にふける暇もない。
それはさておき、ヤツの攻撃は調査によると【ひっかき】や【噛みつき】といった物理攻撃と、単体攻撃の【電撃】の三種類だ。もちろんどの攻撃を喰らっても確実に一撃で復活の神殿行きになる。
「絶対勝てないだろうけど、あがいてみるか。一応な」
【ひっかき】や【噛みつき】に関して言えば、スキル【超速】を使用しなくても、底上げされた今の俺ならばギリギリ避けることができるが、【電撃】に関して言えば、早すぎて避けることが不可能だ。
【電撃】は単体魔法攻撃スキルだが、ほぼ光速で飛来する軌跡を目で追うことなどできない。ターゲットが避雷針になったかのように自動追尾するので、タイミングを見切って感で飛んでも避けられない。
雷狼が【電撃】を使ってくる確率は三分の一。今の攻撃力では、一回の攻撃で140弱しかダメージを与えることができない。雷狼のHPは2600もありやがる。
このHPを削りきるまでに十三回前後の雷狼の攻撃が予想できる、というか確実に来るので、なにも対策を講じなければほぼ確実に【電撃】を喰らって復活の神殿行きだ。
雷属性を無効化できる装備などもちろん持っていない。というか、雷狼がドロップする雷無効装備【雷神の冠】を手に入れるために、わざわざこんな所まで出向いた。雷無効装備なしで、確実に何回か来る【電撃】を何とかし、一撃も喰らうことなく雷狼のHPを削りきらなければならない。
この世界のことをよく知っている人でも、それは不可能だと考えるかもしれない。
「しかし方法はある」
その方法とは、スキル【幻影】を使うことだ。このスキルは魔法物理に関わらず、単体攻撃を一回だけ身代わりで受けてくれるという性質を持つ。攻撃が当たればもちろん消失してしまう。エリア攻撃が来た場合には全く意味を成さないスキルだが、単体攻撃しか使用してこない雷狼に【幻影】はうってつけのスキルなのだ。
モンスターが攻撃を放つ前には必ず予備動作がある。その予備動作で次にどんな攻撃が来るか判断できるが、敵の予備動作がはじまってしまえば、それがどれだけ長くとも、こちらのスキルが発動するのは敵の攻撃の後になる。
通常攻撃を当てて発動中の魔法をキャンセルできるアクション型のゲームも多いが、この世界でその技は通用しない。ここらへんが戦闘ルールに縛られるゲーム世界らしいというか、まんまゲームだ。
「潔いじゃないか」
すでに予備動作をはじめている雷狼を見ながら思わず独り言ちた。まだMPは10残っているので【幻影】は一回だけ使える。使ってしまえばたとえ勝ったところで【転移】が使えなくなるからといって躊躇することはない。迷わず【幻影】を心の中で唱えて待機状態にした。
雷狼の予備動作は、深く沈み込んでからのうなり声だった。これは【噛みつき】の前兆だ。
「ふんっ!」
敵の【噛みつき】避けると同時に唱えておいた【幻影】が発動する。避けながら通常攻撃を繰り出していた効果で、【幻影】発動から間を置くことなくほとんど同時に剣撃がヒットし、128のダメージが雷狼の頭上に浮かび上がった。
「なんとか合わせられたか」
一見自由度が高そうな通常攻撃だが、戦闘ルールに縛られていることに変わりはないのだ。例たとえば高速の連撃を叩き込んだとしよう。その場合、最初の一発目はダメージ判定されるが、二発目以降はノーダメージになってしまう。
ここで言う通常攻撃とはアクション型のゲームならAボタン。コマンド型のRPGなら、たとえば【たたかう】のことだ。
だから通常攻撃といえど、タイミングを合わせる技術が必要になってくる。攻撃は敵のダメージ判定が終わった瞬間から有効になる。今の攻撃を説明すると、【噛みつき】の当たり判定が終了し、その直後に【幻影】が発動。そしてその直後に通常攻撃がヒットしてダメージを与えたということになる。
これは”素早さ”が雷狼のそれより僅かに大きいからこそ、可能になる二回行動だ。この後は敵の行動を挟まない限り連撃を当てても、攻撃がダメージ判定されることはない。
「さて、お次はなんだ」
無駄な攻撃をしてもしかたがない。だから次の雷狼の攻撃までのタイムラグを使って、態勢を整える。
「チッ、もう使って来やがった」
それは【電撃】の予備動作だった。体にまとった雷光が雷狼の頭部へと集中していく。選択確率が三分の一の【電撃】は雷属性の単体攻撃なので、【幻影】を使用すればダメージを貰うことは無い。
しかし、次の【電撃】が来れば戦闘終了になる。HPが消し飛んで復活の神殿行きになるからだ。できればその他の攻撃を凌ぎながら、攻撃を当てる練習をしておきたいところだが、多くは望めまい。
「最悪だ」
ネガティブなことを考えたのがダメだったのだろうか、連続の【電撃】を喰らってあえなく復活の神殿送りになった。そそくさと神殿を出て定宿へと向かうことにした。最近はレミーアと会っても会釈するだけの関係になってしまったのが悲しい。
「完全に嫌われたな……」
まぁ、彼女の教義上それも仕方がないことだろう。レミーアのことはスッパリとあきらめて結衣との関係を大切にしていこう。
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