第20話:ふたつの世界記録――下

 死に戻りの苦行を繰り返した結果、グランドタートルの出現ポイントにどうにかこうにか到達できたのだが、初の戦闘不能から数えて、一週間の時が経過していた。障害がなければ一時間ほどの距離なのに、それだけの時間がかかった。考えるまでも無く、戦闘不能になりまくったからである。


 今振り返ってみても苦痛の時間だった。いや、苦痛と言っても体が痛いとかそう言う意味の苦痛ではない。もちろん、戦闘不能になるほどのダメージを受ければ激痛が走るし、体力も奪われる。しかし、それは一時的なことだ。


 それよりも、雑魚に殺られて戦闘不能になる。神殿で復活し、体調を治してから【転移】で戦闘不能地点に戻り、走れるだけ走って、再度雑魚に殺られて戦闘不能になる。これを一日に何度も繰り返し、しまいにはレミーアにかなりの悪印象を持たれる結果になった。


 最初の数回は彼女も労わる言葉をかけてくれたが、回数を重ねるにつれ呆れられ、しまいには哀れみの視線を向けられるまでになってしまった。そしてついには。


「もう我慢できません。神に頂いた命を粗末にするとは何事ですか!」


 初日。何度も戦闘不能になること、二アリーイコール、命を粗末にすること。と、神職のレミーアに誤解され、五回目の復活の後にこっぴどい説教を喰らう羽目になった。


 何とかレミーアの誤解を解こうと【アウクソーの戒め】という呪いに侵されていること。その呪いを解呪するために足掻いていることを、懇切丁寧に説明していった。


 かなり怪しいが、なんとか彼女の誤解を解くことはできたように思う。二日目以降は「あまり無理をなさらないでくださいね。頑張ってください」と応援してくれるようになったまでは良かったのであるが……。


『世界新記録!! 一日に五回も復活の神殿送りになったアホな奴がいる』と題したニュースがNETに上げられてしまっていたのだ。そして、二日目三日目と順調に復活の神殿行きの世界記録を更新し続け、一躍時の人となってしまった。


「勘弁してくれ」


 終いには、低レベルのまま無謀な挑戦をして復活の神殿行きになることを表す、『シンジる』というNETスラングまで流行する羽目になり、一時期精神崩壊寸前に陥ったほどだった。


 エゴサーチは止めといたほうがいいとよく言われるが、どうしても気になって調べてしまう性分を何とかしたい。NET界隈では散々な言われようだが、それでもめげなかった。鋼の精神力で苦境を乗り越え、ついにグランドタートルの出現エリアまでたどり着いた。


 その間に復活の神殿にお世話になった回数はなんと三十四回だ。僅か七日間でこれだけ戦闘不能になった。一日に五回復活の神殿行きになるというのも勿論世界記録であり、戦闘不能回数三十四回というのも世界記録だ。


「ちっとも嬉しくはないがな」

「ねぇ真治。ホントはこんなこと、もう止めてほしいんだけど。どうせ言っても聞かないでしょ。だから言わせて。嫌になったらわたしがいるから。わたしが慰めてあげるから」


 そう言って涙ぐんでいた結衣は、最後に精いっぱいの笑顔を見せてくれた。


「結衣……」


 もう結衣は無くてはならない存在になっている。彼女がいたからこそここまで頑張れたと自信を持って言えるほどに。だからこそ誓った。絶対にあきらめない。石にかじりついても目的を成し遂げて見せると。


 そんなことがあって、いよいよグランドタートルとの初戦を迎えたわけだが、結論から言うとあっさりと地属性魔法攻撃【地震】を喰らって復活の神殿行きになってしまった。


 しかし、これは【地震】のタイミングを見切るために最初から分かっていた事であり、想定の範囲内である。勘違いされると悔しいのでもう一度言うが、想定の範囲内だ。


「それにしてもシビアだ」


 そもそも、【地震】はエリア攻撃なので避けることは不可能。そんな回避不能の攻撃を仕掛けてくるグランドタートルに勝てる可能性があるのか? と思われる諸氏も多いと思うが、裏技的な軽減方法が存在しているのである。


 これは、NET上の情報をあさっていた時に偶然見つけた裏技なのだが、【地震】発動直前にグランドタートルの甲羅に飛び乗れれば、当たり判定が最大0.1になる。というものだった。


「タイミングをつかむには練習あるのみ」


 要するに、【地震】は地面に接触をしていなければダメージを喰らうことはないのだが、グランドタートルの甲羅に乗っていれば、直接地面に触れているわけではないので、ダメージが軽減されて十分の一になるということらしい。但しタイミングは非常にシビアなのが問題だった。


 もちろん、【飛翔】などのスキルが使えれば【地震】によるダメージは喰らわないで済むのであるが、【飛翔】はMPを80も消費するので、MPが40しかないレベル1では使えないスキルなのだ。


「できないことを考えても仕方がない」


 その後も確実なタイミングをつかむために、戦闘不能になるまで【地震】発動の瞬間を探りながら、グランドタートルの甲羅に飛び乗ってはダメージを受け続けた。失敗しては戦闘不能になって復活の神殿で復活し、復活の神殿行きの世界記録をさらに更新したのである。


 グランドタートルに立て続けに敗れたとはいえ、【転移】を使えば何度でも挑戦することが可能になったことと、【地震】の発動タイミングを掴む十分な練習ができたことは、非常に価値ある成果だった。


「既に五回目ですね。今日はこれで終わりですか?」

「うん、今日はこれで終わり。でも、大きな成果があったんだ」


 少しではあるが不機嫌そうに出迎えてくれたレミーアに、得意げに答えていた。戦闘不能になっても得意そうな顔をしていたことで、彼女の機嫌をまた損ねてしまったようだ。


「真治さん、私は言いましたよ。あまり気軽に戦闘不能にならないでくださいと。どうしてそんなにお気楽なんですか?」

「心配してくれるのは嬉しいんだけど……レミーアさん、前にも説明した通り、レベル1の俺にはこれしか取り柄が無いんだよ。でも、今日は本当に大きな成果があったんだ。明日はきっと大丈夫だから」

「……真治さんの呪いのことは十分わかっていますが、あまり無茶をしないでくださいね――」


 このあとも、レミーアに何度も説明を重ね、渋々ではあるが呪いを解くためにはこうしなければならないことを理解してもらった。しかし、戦闘不能になることを理解はしてくれても、やはりそれには抵抗感が大きいらしく、良い顔をしてくれることはなかった。


「レミーアとは仲良くはなれないかな。俺のことをあまりよく思ってくれていないようだし」


 レミーアの反応を経験したことで、しばらく結衣には会わないようにしようと決心した。せっかくいい感じになってきた結衣の関係が、連続戦闘不能によって壊れてしまうのが怖かったというのがその理由だ。


 そんな決心をして迎えた翌日、早朝からグランドタートルが出現するポイントの直前に【転移】で移動していた。昨晩は結衣には会わなかった。そして、早朝だけあって、当然だが先客はいない。


「昨日のこともあるし、一発で決めてやる」


 そう一人ごちてバトルエリアに入ると、光と共に敵が出現する。昨日も見て実感したが、グランドタートルは大きかった。畳三枚はあろうかという巨大な盛り上がった甲羅の下から象と見間違うような手足が伸び、そして巨大な頭部と長い首が伸びてきた。


 グランドタートルの”素早さ”は12。それほど速い方ではない。というかレベル33にしては異常に遅い。亀だから仕方がないが。だから【超速】の使用を控えて、装備品による補正のみで敵の”素早さ”を上回り、攻撃を加えていくことができる。


「来る!」


 そんなこんなで、補正で底上げされた”素早さ”と、雑魚を狩りまくって上達した体捌きを拠り所に、グランドタートルの通常攻撃を避けまくりながら攻撃を叩き込んでいった。そしてついに【地震】が来る。練習してこれまでさんざんタイミングは掴んだつもりだ。


 グランドタートルが首と手足をちぢこませはじめる。これが予備動作だ。正面斜め下から見上げてヤツの鼻の先と甲羅が重なった瞬間。それが苦労して掴んだタイミングだった。


「今だ!」


 正面から思い切りジャンプして甲羅に飛び乗る。そして甲羅の頂点に着地した瞬間【地震】が発動した。死ぬ思いで何度も練習したタイミングは完璧だった。思惑どおりダメージを軽減させ、危なくなると【ポーション】で回復していく。


 その間にも細心の注意を払いながら剣戟を重ねていった。そして【ポーション】を三十一個使用し、百三十回を超える攻撃を叩き込んだところでグランドタートルは光の粒となって消えていったのである。


「っしゃぁ!」


 たしかにグランドタートルは強敵だった。時間にして一時間強の戦いだったが、それでも、ここまでたどり着く時間と戦闘不能回数を考えれば、ボスを倒すことよりココにたどり着くほうが難しいと言わざるを得ない。


 こうしてようやく手に入れたドロップアイテムが【大地の靴】と呼ばれる地属性攻撃を無効化するアクセサリだ。この【大地の靴】はムシュフシュ戦で装備必須のアクセサリであり、残る必須装備はあと五個である。


 地属性を無効化できる装備が使えれば、グランドタートルは楽に倒すことができただろうにと皮肉を言いたくもなるが、地属性無効化装備をドロップしてくれる敵は、グランドタートルだけだから仕方がないことだ。

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