第32話:攻略法
夕陽を背にしているせいでよく見えないが、そのシルエットだけで結衣がどんな顔をしているか分かった。ダメだ。こんなことでどうする。彼女には笑顔でいてもらわないと。
「結衣」
「探したんだよ」
「ゴメン、心配させちゃったね。カッコ悪いとこ見せちゃったな。でも、今回ばかりはさすがに堪えたよ」
「ううん。カッコ悪くなんてない。真治は頑張ったよ。わたしにはそれしか言えないけど」
精一杯の強がりだった。結衣の顔を見ていると、言うまいと思っていた弱音が思わず口をついてしまう。慰めの言葉が心に染み入り、彼女の存在が、どれほど大きなものになっているのか再認識させられた。
「となり、座ってもいいかな」
そう言って隣に座った結衣は、沈みゆく夕日を眺めながら体を寄せてきた。彼女の頭が肩に触れ、ふわふわの髪からシャンプーのほのかな残り香が漂い、心地よく鼻をくすぐる。
「これからどうするの?」
彼女にそう言われるまで、考えてもいなかった。どれだけ追い込まれてんだ。たしかに負けた。それも絶対に負けられない大一番で。
しかしだ、よく考えろ。
絶対に負けられないと誰が決めた?
自分でそう思いこんでいただけじゃないのか?
そんなことを結衣は思いださせてくれた。
「ありがとう結衣」
「えっ? いきなりどうしたの?」
「俺は決めたよ。もう一度アイツと戦う」
圧倒的に不利な状況。絶望的なシチュエーション。だからなんだ。そんなものは今まで幾らでも覆してきたじゃないか。【身代わりの腕輪】がもうない? 上等だ。
たとえ誰もが無理と思う状況だろうとかまうもんか。意地でも勝利の糸口を見つけてやる。もう一度アイツと戦うといってしまったが、実際にはなんどもなんども戦うことになるだろう。
「そっか、やっぱり真治は真治だね。止めるのが普通なんだろうけど、本当は止めたいけど、わたしは応援するよ。それしかできないから」
無茶は止めてと、止められると思った。しかし彼女は俺の性格を分かってくれていた。それが嬉しかった。
心配して止められても嬉しかっただろう。けれども、性格を分かってもらえたことのほうが、より嬉しかった。
「無理はしないでほしいけど、無理しなくちゃ勝てないもんね」
「うん、無理はすると思う。でも、絶対にあきらめない」
かつて経験したゲームでも、これくらいの状況にはなんども陥り、克服してきた。この世界はゲーム世界だ。同じじゃないか。それを思いださせてくれた結衣に、想いを告げておくべきだと思ったんだ。
「言っておきたいことがあるんだ。聞いてくれるか?」
「うん」
なにを言おうとしているのか、雰囲気で結衣は察してくれたようだ。それもそうだろう、自分で見ることはできないが、顔が燃え上がるように熱い。結衣に見つめられている。
「ムシュフシュに勝ったら、お、俺と付き合ってくれ」
戦争に行くわけでもないのだ。フラグがどうこうなんて心配する必要もなかった。そんな無粋な考えはこの場に似合わない。けれども、そんなことを考えてしまうくらいの間があった。
心臓の鼓動が感じ取れるくらいドキドキしているのが自分でも分かる。
「うん」
そう言ってくれた結衣の顔も真っ赤だった。嬉しいだとか幸せだとかそんな感情よりも、ホッと胸をなでおろした感が強いのはなぜだろうか。
もちろん飛び上がるほど嬉しいし、想像を絶する困難に立ち向かう気力も湧いてきた。しかしそんなことよりも、フラれる不安の方が遥に大きかったということだろうか。
ただ一つ言えることは、それほどまでに結衣の存在が大きくなっているということだ。
結衣に大きな力と勇気を貰い、翌日から死に物狂いでムシュフシュの研究に取り組んだ。この世界に来たばかりのころに、ムシュフシュ博士なんて己惚れていたことが恥ずかしくなるくらい研究に没頭した。
もちろんグローリーのメンバーにも会いに行ったし、戦闘の様子を撮影した動画のコピーもさせてもらった。しかし、結衣とデートする時間は取れていない。彼女にも大切な仕事があるし、こっちも研究をさぼるわけにはいかないからだ。
しかしそれでも、顔を合わせないということはなかった。動画のコピーを貰うついでにグローリーのクランハウスで研究させてもらっている。
居座っているのは、もちろん彼女の顔を見たかったからだ。
「真治、ちゃんと寝てる? 目の下にクマができてるよ」
いくらゲーム世界だといっても、こういうところは現実世界とほとんど変わらない。
それはさておき、目論見どおり仕事を終えてクランハウスに戻った結衣に会うことができた。
「寝てないことはないよ。でも、今は頑張らないと」
「ちゃんと寝て、たまには息抜きしたほうが捗るっていうよ」
たしかに焦っているのかもしれない。ムシュフシュのことには詳しくなった。研究の成果は十分に出ている。しかしたった一つだけ、それも最も重要なことに行き詰っていた。
だから彼女の顔を見たかった。
「そうしたいのは山々なんだけどな。見つからないんだ」
「見つからないって?」
「隙だよ。今のままじゃ最初の攻撃をしのぎ切れない」
ムシュフシュが必ず放つ初撃。ブレスを潜り抜けて立っているビジョンが見えない。ブレスを凌ぎ切らない限り、そこで戦闘は終わり。いくらムシュフシュに詳しくなっても無意味だ。
「たしかに、この攻撃を避けるなんて無理よね。なにか無効化する手段はないの?」
「無い。いや、見つかってない」
ブレスを無効化する手段。それが分かれば苦労はしないし、たとえ有ったとしても簡単に見つかるようなことはないだろう。
無効化するのが無理ならばと軽減手段を検討してみたが、どんな手段を講じても掠っただけで戦闘不能になることが計算できただけだった。
「じゃぁ避けるしかないんだね」
普通はそう考える。言い方は悪いが、縛りプレイをしたことがないプレイヤーの考え方だ。しかしどっぷりと縛りプレイにハマりこんだ、いわばマニアの考えは違う。
耐えるとか避けるとか属性による無効化だけが攻撃をしのぐ手段ではないのだ。出させないという手段があることを忘れてはならない。
とあるゲームでは、睡眠状態にすることで初撃をキャンセルできた。自分が先制で瀕死になることで、敵のモードが変わる場合もあった。
そんなことを考えているとは、彼女も予想できないだろう。
「真治ならきっとできるよ」
簡単に言ってくれるとは思わない。結衣は覚悟を知ったうえで応援してくれている。そんな彼女の期待に応えたかった。そして思い至る。彼女は何と言った? 彼女は「避けるしかない」と言った。その一言が頭から離れない。
今までブレスを出させない方法を考えてきた。もちろんその他の手段も考えた。しかしだ、避けるということを考えたことはなかった。
ブレスはエリア攻撃だ。エリア攻撃は避けられない。そう言われているし、それが当たり前だと思っていた。だが、そんなことを誰が決めた?
今、目の前ではディスプレイに映った戦闘シーンが、繰り返し流されている。結衣が帰ってくる前からずっとだ。ダメージを喰らって体が砕け散り、映像が止まる。再び戦闘が始まると、ブレスが来て【身代わりの腕輪】が砕け散る。見えた。
「お前が見せたそのわずかな隙、俺は見逃さない」
「なにか分かったの?」
今まで何気なく見過ごしてきたムシュフシュの動き。大きくのけ反り、首を振るようにしてブレスを放つ。ブレスはガスか霧が、火炎放射器の炎を振り回したかのように広がっていき、エリア全域にいきわたる。
そこに隙があった。【身代わりの腕輪】はブレスが触れた瞬間に砕け散った。事実、ブレスが吐き出されてからダメージを喰らうまでに時間差があったのだ。タイムラグなどではない。
それはつまり、ブレスが放たれても、触れなければダメージは喰らわないということではないか?
ブレスは一定時間で消える。エリアに行き渡ってから同時に消えるのではなく、最初に吐かれたものから順番に消えていった。
ならば、振り回されるように放たれるブレスから逃げ、ムシュフシュの周囲を一周回って元の位置に戻れば避けきれるのではなかろうか?
「結衣、結衣のおかげだ!」
「攻略法が見つかったのね」
「うん、まだ仮説でしかないけど、やってみる価値は大いにある」
あまりの嬉しさに、結衣の手を取って踊りだしていた。彼女は嬉しそうに微笑んでくれている。
「お、なにか良いことがあったみたいだな。攻略法でも見つかったのか?」
ひょっこり顔をだしたのはリーンゲイルだった。彼は面白そうなものでも見つけたようにニヤニヤしている。危機感を覚え、言葉を濁すことにした。
「まだヒントだけっす」
本当はもう見つけていた。いや、見つけたというよりは初撃をしのぐ道筋が見えただけだ。けれども、今はそれで十分だ。
問題は使ってしまった【破魔のトゲ】の補填と、攻略法の詰めをどうするかだった。攻略法といっても、初撃をしのぎ切るにはどう動けばいいかというだけのものだが。
「用事が出来たんで帰ります。しばらくここには来れませんけど、結衣のことよろしくお願いします」
「おう、楽しみにしてるぞ」
「わたしも頑張るから、真治も頑張って。無理をしないようにとは言わないよ」
「うん、期待して待ってて」
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