第30話:羞恥心との戦い――下
待ち合わせの場所は指定させてもらった。それは、できるだけ人がいないところが良かったからだ。その場所は人気の少ないフィールドであり、かつて結衣と稼ぎを行っていたときに行ったことがあるところだ。リーンゲイルには座標だけを伝え、迎えに来てもらうことになっている。
「よう、待たせたな」
指定した場所に、寸分たがわずいきなり【転移】で現れたリーンゲイル。近場に転移して歩いてくるものだと思っていたが、彼によればこの一帯はかつてレベルが低かった頃にほぼ走破したそうである。
それはさておき、迎えに来たのはリーンゲイル一人であり、いきなり噴き出しやがった。
「ぷふっ! ははは、何だいその恰好は?」
「うっ、こ、これは……」
「わざわざこんな場所を指定するなんて、おかしいとおもったんだ。それを着て何をしたんだい?」
「稼ぎをすこし。見てもらう価値も無いと思ったんで、ひとりでシコシコと」
「まあ、もうすぐ見れるんだから文句は言わないけど、一言くらいは欲しかったかな」
「意地が悪いですね。リーンゲイルさん」
「よく言われるよ」
にやけ顔が止まらないリーンゲイルに連れられ【転移】で跳んだその先。そこはエリアの境界。そして、当然のことながらエリアボス死竜が守る場所であった。エリアボスはポップするタイプではなく、隣のエリアに繋がる場所に出現フラグがすべて回収された時点で出現する。よって、【転移】で跳んだすぐ先には死竜の姿が遠目に確認できた。
死竜は翼をもつ西洋タイプのドラゴンだった。ただし、名前に”死”とつくだけあって、アンデッドであることが判明している。その姿は漆黒の鱗に覆われていて、遠目にはアンデッドかどうか分からない。
「アンデッドなら回復薬の大量投擲で倒せないんですか?」
「エリアボスだけあって、回復薬とか回復魔法はガードされるんだ。全く効かない」
「そうなんですか。でも、それが分かっているということは、何人か犠牲になったんですか?」
「ああ、既に二パーティーが全滅しているよ。だから君に調査を頼むんだ」
そんなことを話していたところに、高島竜二たち他のメンバーが集まってきた。高島竜二ともう一人が撮影用のカメラを手に持っている。そして、こっちにカメラを向けてさっそく録画しはじめた。
「まだ調査ははじまってないじゃないですか! 撮らないで下さいよ」
無駄だとは分かっていたが、一応の抵抗は試みてみた。しかし、予想通り高島竜二が撮影を止めてくれることはなかった。
そんな中で、死竜と戦うための準備を整え、じくじたる思いでコートや帽子を脱ぎ去り、死竜の前に立ったのである。外野からは吹き出す息遣いとヒューヒューと喝さい? が上がるが、その声をできるだけ聞かないようにして平静を心掛けた。それは、高島竜二に聞いていた死竜の攻撃が、半端なく早いということによる。死竜の初撃は過去二度ともブレスだったことも聞いていた。
戦闘開始とともに死竜が大きく仰け反る。ブレスの予備動作だ。その動作を見ながら、構えるわけでもなく立ち尽くしていた。それは、調査に向けた打ち合わせの中で、高島竜二に頼まれていたことによる。
『真治君、初撃はブレスが来ると思うから避けずに喰らってみてくれないか』
高島竜二曰く、ブレスは割合攻撃らしいから確かめたいということだった。死竜に挑んだ最初のパーティーも、その次のパーティーも、ブレスで大ダメージを受けたのち、回復をしようと防戦一方になって全滅したらしい。もしブレスが割合攻撃なら、それで全滅することはあり得ないから、いくらでも対策を立てられるということだった。
割合攻撃というのが本当なら、避ける必要は無い。お望みどおり喰らってやろうじゃないか。もし違ったら覚えておけよ。
そう考え、ブレスの発動より前に【超速】を唱えていた。薄紫色の禍々しいブレスが俺を襲う。スキル【ハイジャンプ】を使用すれば躱せるな。なんてことを考えつつも、ブレスのダメージはたったの40だった。割合攻撃であることは間違いない。
最大HPの50%ダメージか、もしくは……。40に減ったHP。しかし、当然回復などはしない。【スプリンタースーツ】と【超速】、その他もろもろのアクセサリを装備して、極限まで底上げされた”素早さ”を存分に発揮するだけである。
次の攻撃はひっかきだった。横っ飛びで難なく躱す。確かに死竜の動きは恐ろしく早いが、この程度なら普通に躱せて体勢を崩すことも無い。今のところこちらから攻撃する予定はないから、避けることだけに集中すればいい。避け続けて死竜の攻撃をできるだけ引き出すのみである。
その後は尾を振り回してきたり、火球を放って来たり、噛みつき攻撃をしてきたりしたのだが、そのことごとくを”素早さ”を活かして避けまくった。外野からは「ありえねぇ」とか「なんだあの変態挙動は」とか賞賛? する声と、爆笑が伝わってくるが、そんなことで動揺している余裕は無かった。
そして、死竜が今までにないモーションを見せる。仰け反りながら大きく翼を広げたのだ。ブレスではない。一瞬でそう判断し、翼の動きから風属性の攻撃だとあたりをつけて翼が動いた瞬間に【ハイジャンプ】で空へと逃げた。ブレスであっても同じ避け方を選択していたが、思惑は当たっていたようだ。今までいた場所。すなわちジャンプした真下を強烈な風が襲ったのである。
無事にハバタキ攻撃を避け、その後も全ての攻撃を完璧に避けきって見せた。爆笑していた外野の声は次第に小さくなり、しまいには溜息とか「信じられない」とかいった、一種呆れとも感嘆とも取れる反応が出ていた。しかし。
「真治君、次のブレスは避けないで喰らってみてくれ。HPは回復しないで」
死に戻りしても、レミーアに白い目で見られることくらいしか障害はない。というか、勝てるわけないので最終的には復活の神殿にお世話になることが確定している。
それは置いておくとして、初撃のブレスは一撃でHPを半分持っていった。何故今更? と疑問に思ったが、考えてみればそれほど難しいことではない。ブレスが最大HPの50%を持っていく攻撃なのか、現HPの50%を持っていく攻撃なのか調べるには、この方法しかないのである。【ポーション】を使ってしまえば全快してしまうのだから使ってはならない。
死竜と戦いはじめてすでに三十分以上経過している。いや、戦うというよりはただ攻撃を避け続けているだけあり、こちらから攻撃する余裕も、攻撃手段自体も持ち合わせてはいない。ともかく、三十分以上も動き回り、避け続けていれば当然疲れてくる。いつ躱しそこねて攻撃を喰らってもおかしくない。ならば、そうなるまえにブレスをもう一度喰らって事の真偽を確かめるのは、理に適った指示だと思った。
そして、その後数回の攻撃を躱したのちブレスを喰らった結果は……。
「シンジさん。お久しぶりですね」
と、赤面して、機嫌の悪そうなレミーアと対面を果たしていたのである。リーンゲイルがすぐさま【転移】で駆けつけて、仕事内容を彼女に説明してくれたのが幸いしたのだが、それでも彼女の機嫌が直ることはなかった。彼女が赤面していた理由は、戦闘不能になって呪いが解呪されことで、【スプリンタースーツ】が自動的にアイテム欄に戻っていたためである。
すなわち、レミーアと素っ裸で対面していたのだ。【スプリンタースーツ】を着用すると、自動的に下着無しになってしまうのだから避けようがない。両手で局部を隠していると、リーンゲイルが笑いながらコートを貸してくれたことで、なんとか難を逃れることができた。
しかしこれで仕事が終わったわけではない。【スプリンタースーツ】を再度着用し、死竜の前に戻った。調査はまだ終わっていないからだ。
次の仕事は、こちらから攻撃してその反応を見るという、至難の調査になった。攻撃を放った後には体勢が崩れていることが多く、死竜の攻撃を避けることが難しくなる。特に、剣などで接近して攻撃する場合は回避が間に合わない場合が多い。そのせいもあって、その後何度もレミーアの心証を悪くすることになったのであるが、その甲斐あって、カウンターの存在や死竜の攻撃パターンの変化など、価値ある情報を得ることに成功したのだった。
こうして、三日間で都合十二回にわたる、恥辱にまみれた死竜調査が終了した。
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