第16話:資金調達――下

「今日も楽しかったね」

「そうだな。もうそろそろ拠点の費用、たまったんじゃないか」

「うん……もうちょっとかな」


 残念でたまらないが、拠点は結衣との愛の巣ということではない。彼女との関係は、悲しいかな未だ友達以上恋人未満だ。すこしは進展したと思いたいが。


 それはさておき、拠点とは結衣が開く工房のことである。彼女の夢はアイテム合成師として店をもつこと。もともとゲームでは生産職メインでやっていたらしく、スキル【アイテム合成】の進化系スキル【アイテム合成レベル2】をしっかり取得していた。


「最終系はレベル5だっけ?」

「今のところアイテム合成レベル5が最高位ってだけだよ。もしかしたらその上があるかもしれないって噂はあるかな――」


 この【アイテム合成】系のスキルは使用にMPを消費する。その代わりに成功すればスキルポイントを獲得できるが、個人が持つMPには限りがあるから一日の上昇量は僅かだ。高い金を払ってMPポーションを使うより、モンスターを倒しまくったほうが手っ取り早い。


 しかし、生産系でかつ長期間のバトル生活を苦にしない人は、稀にしかいないんだとか。スキルの派生形は上位に行けば行くほど、必要スキルポイントが多くなる。


「――だからまだまだだよ。当分は今の生活を続けるしかないかな」

「でも、練習ははじめてるんだろ?」

「うん。それに宿代も節約したいし、住み込める拠点は確保するつもりだよ。まだ賃貸しか無理だけどね」



 それから数週間が過ぎ、スキルポイント二万ちょっとと二百六十万円を稼いだ。結衣もレベルが6に上がり、スキルポイント二万ちょっとと百五十万円強を貯蓄していた。稼ぎは折半してたのに結衣との貯蓄額が違うのは、途中で彼女の装備を充実させたこともあるが。


「女の子には必要なものが多いの」


 だそうである。


 俺はスキル【転移】【ミラージュ】【ヘイスト】を、結衣は【俊足】【使用MP80%】【フィジカルプロテクト】【マジカルプロテクト】を習得した。


 魔法攻撃スキルをとらないのは、MPの少ない低レベルの間は、【ファイアボール】のような魔法攻撃スキルを獲得してもボス戦程度でしか使い道がなく、しかもこれから倒そうとしているボスには威力が小さ過ぎて使えないからだ。しかも数回使ったらMPが枯渇して終わりでは話にならない。


 魔法攻撃スキルは、【MPポーション】をガンガン使っても気にならないほどの稼ぎが出る、高レベル雑魚モンスターを狩れるレベルになるまでは無用の長物なのだ。


「結衣はてっきりアイテム合成レベル3を取ると思ったけど、取らないんだな」

「うん、使用MP減少系も取りたいし、まだまだ全然お金が足りないから、当分は狩猟生活ね」


 スキル習得後は、街に戻って、道具屋でアイテム【金の針】を九十九個、結衣にもお金を渡して同じものを九十九個買ってもらい、翌日、つぎの狩場へと向かった。【金の針】は一個二千円だ。


「今日はなにを狩るの?」

「ふふふ、それはだな――」


 今日の目的はアイテム【匂い袋】を入手するために『子泣き地蔵』を狩る。【匂い袋】はモンスターのポップ間隔を十分の一にするという”稼ぎ”専用アイテムであり、使い場所を誤ればとんでもないことになってしまうが、短時間でお金を稼ぐにはもってこいのリスキーなアイテムだ。


 なぜそこまでして稼ぐ必要があるのか? それは、高性能の装備がバカ高いから。花形職業であるハンターは稼ぎも桁違いに多い代わりに、必要な装備やアイテムをそろえることにも湯水のようにお金を使う必要が出てくる。


 欲しいものを買うためには、せっせと溜め込んだ二百六十万円では全然足りないのだ。取得したスキルもまだまだ足りない。それは、ムシュフシュがレベル50という高レベルのボスモンスターであり、使用する防具やアクセサリ、アイテムがバカ高いからだった。


 普通の攻略ペースで進めていれば、ムシュフシュを倒すまでに二十年では足りない。その時間を短縮するために、【匂い袋】は必須のアイテムとなるのだ。


 長々と語ってしまったが、アイテム【匂い袋】をドロップするモンスターは、子泣き地蔵という人を小ばかにしたようなモンスターで、その名の通り、動く爺さんの石像である。【金の針】は石化解除アイテムだが岩石系モンスターに使用すれば、一撃で倒せるという”お約束”の効果がある優れものだ。


 ”お約束”の効果は、高レベルモンスターには通用しないが、子泣き地蔵はレベル20のモンスターであり、【金の針】で倒せる岩石系モンスターの中では最もレベルが高い。しかし、倒しても一匹あたり二千円であり、ようするに【金の針】の代金と変わらないため、【金の針】で岩石系モンスターを倒しまくってウハウハとはいかないのだ。


「ねぇ真治。コイツの顔、直視できないんだけど……」


 結衣はポップした子泣き地蔵から目をそらし気味に、嫌悪の色を浮かべた。しかし完全に目を離さないところは賞賛すべきだろう。


「確かにな。足元だけ見てればいいよ。【金の針】を投げつけるだけだから速攻で消えるし」

「でも、ポップした瞬間どうしても見ちゃうんだよね……」


 ゲンナリしている結衣にせめてもの慰めの言葉をかける。


「五日間の辛抱だから……」

「…………」


 あまりにもスケベ爺そのままな子泣き地蔵は、ポップした瞬間にニタリと厭らしい笑いを浮かべる。結衣にとってはたまらなく嫌な相手だったらしい。


 しかしなんとか、結衣には五日間我慢してもらった。そして、子泣き地蔵狩りが終わった翌日、罪滅ぼしのために、あの高級ケーキ屋で彼女にケーキをおごって機嫌を直してもらったのである。


 苦労して手に入れた【匂い袋】は二人合わせて百六個。五日間で【金の針】を二人合わせて延べ九百九十個、九十九万円使用していた。


 もちろん購入金額は全て支払い、手に入れた【匂い袋】も持てるだけ買い取った。持てない分七個は後で買い取る予定だ。したがって結衣は四十九万五千円の利益を上げたことになる。


 後は、【匂い袋】を使って、使ったお金を何倍にも増やすだけだ。五日間溜まりに溜まったうっ憤を晴らしてくれよう。


「これを使って何を狩るつもり?」


 そう聞いてきた結衣に、どう答えようかと迷った。狩るモンスターはすでに決めている。好んでそのモンスターを狩りたいわけではない。しかし、効率と安全性を考えると……。


「――イム」

「え、なになに。聞こえないよ」

「スライム!」

「…………」


 お金稼ぎに選んだモンスターはスライムだった。ちまちまと細かい計算をした結果、最も安全でかつ効率的に狩れるのはスライムなのだ。それが明らかになったときは愕然とした。だけど圧倒的効率には勝てない。


 一匹あたり高々二十円だが、【ポーション】と【ミドルポーション】を合わせるとバカにできない。【匂い袋】を使ってスライムを倒しまくれば、一日に期待できる稼ぎは七万五千円だ。生活費に一日五千円使っても毎日七万円が手に入る。レベル1の身分でこれがどれだけ高効率か分かるだろう。


「でも結衣聞いてくれ――」


 さらに計算では、一日あたり千五百匹のスライムを倒すことになるから、一日に稼げるスキルポイントが千五百。予定している百日強で十六万弱のスキルポイントを稼ぐことができる。


 これだけ稼げればムシュフシュと戦うまで、もうスキルポイントを稼ぐ必要がないのだ。今、スライムを狩りまくっておけば、今後の展開がすごく楽になる。


 ゲンナリ顔で少々お冠の結衣に、スライム大量虐殺がどれほど高効率かを懇切丁寧に説いた。


 しかし、結衣とパーティーを組んでスライムを大量に狩ると稼ぎが半分になるし、彼女にスキルポイントと経験値が入らない。だからソロでスライム狩りを行う必要があった。それをなかなか言い出せなかったが、勘のいい彼女は気づいていたようだ。


「ねぇ真治。それってソロで狩るってことだよね。その間はわたしどうすればいいの!」

「も、もちろん結衣のことは考えてあるさ、なっ、俺を信じてくれ」

「むー」


 唇を尖らして抗議の色を浮かべた結衣に、「このとおりっ!」と拝むように頭を下げる。


 えらくご立腹の結衣に、とっておきの秘策を示した。それは、スライムの丘と呼ばれるエリアと、隣接するエリアとの境界。その境界をスライムの丘側から慎重に探して目印を置く、そして、スライムの丘側をなぞるように稼ぎ、結衣が隣接エリアで稼ぐという案だった。


 もちろんその隣接エリアは、結衣がスキルポイントと経験値を稼げてかつ、モンスターが単独でポップし、安全にソロで稼げるエリアでなければならない。


 ネット上の情報を必死に調べ、候補エリアを二か所ほど選んでおいた。二か所にした理由は、彼女をできるだけ飽きさせないためである。この案を聞かされたとき、最初は渋っていた結衣だったが、何度も拝み倒してなんとか納得してもらった。


「真治がそこまで言うんじゃしょうがないかな」


 こうして【匂い袋】を使ったスライム大量虐殺を四か月弱強行し、貯蓄残高は密かに目標にしていた一千万円を超えたのだった。この稼ぎを終えた時点で、ムシュフシュ攻略のためにしなければならない面倒な稼ぎは、八割以上を終了したことになる。


 二回目のスライムの丘で貯めたお金と、その前の稼ぎを合わせた金額は一千万円強。この大金を今日一日でほとんど使い切る予定だ。


 なお、十六万近くも貯めたスキルポイントは、レベル1の今では不必要なものも含めて新たなスキルを獲得することで、そのほとんどを既に使い切っている。戦闘不能になったら全てが無に帰してしまうからだ。


 次に予定しているボスモンスター三連戦は、大枚をはたいて購入した防具やアクセサリの防御力に頼った戦い方をする。お金の力は偉大なのだ。


 ようするに、本来これらのボスと戦う推奨レベルというモノが存在しているが、その推奨レベルのハンターが装備する防具よりも数ランク上のハンターが、数ランク上のモンスターとバトルするときに使う装備を俺は入手したのだ。よってこの連戦で戦うレベルのボスモンスターたちのレベルはさほど高くない。

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