第29話:羞恥心との戦い――上
ムシュフシュと戦うために必要な最期のアイテム。それは【デビルリング】と呼ばれる指輪型のアクセサリである。名前からも想像できると思うが、呪われたアクセサリであり、欲しがるハンターはほとんどいない。
しかし【デビルリング】には、デスや死の宣告のような即死効果のある闇魔法を無効化する特性がある。呪いの効果は、装備した者が常に毒状態になるという嫌らしいものであるが、比較的簡単に手に入り、ムシュフシュ撃破には欠かせないアクセサリなのだ。
普通のハンターならば、即死効果のある闇魔法を無効化したい場合は、【聖なる指輪】を装備するのであるが、入手には非常に手間と時間を要することが分かっている。それでも必要なら入手するのが縛りプレイの鉄則だが、あいにくレベル1でムシュフシュに勝つためには、理由は後で話すが【聖なる指輪】を装備しても意味がないのだ。
そんなこんなで、今日はとある洞窟タイプのダンジョンへと赴いていた。もちろん【デビルリング】を手に入れるためだ。【デビルリング】はこのダンジョンのほぼ最奥にあり、このダンジョンは途轍もなく深い、というか、長い。
「ついにこのときが来てしまったか」
【スプリンタースーツ】。これがこのダンジョンを攻略するカギである。コレ無しでは【デビルリング】が手に入らない。しかし。
「着るしかないよな」
今日は、リーンゲイルたちに内緒でこのダンジョンに来ている。それは、もちろん【スプリンタースーツ】を着用した姿を見られたくなかったからだ。こんな恥ずかしいカッコウを見られるわけにはいかない。
いや、いずれはというか数日後には見られるハメになるのだが、わざわざ呼んでまで恥ずかしい思いをすることはない。じくじたる思いで【スプリンタースーツ】を着用し、その場から逃げるようにダンジョンへと突入した。
わらわらと湧き出てくる雑魚モンスターには脇目も振らずに最奥へと向けてひた走る。このダンジョンにはアンデッド系の雑魚しか出現しない。いわゆるゾンビだとかスケルトンだとかリッチである。
一様に動作がノロいという特徴をもつが、湧き出てくる数が問題だった。帰りのことを考えると【超速】は唱えられない。代わりに【スプリンタースーツ】を選んだわけだが、それがなければ湧き出てくる雑魚モンスターの数が多すぎて躱しきれないのである。
【MPポーション】の五万円と【スプリンタースーツ】を着る恥ずかしさ。それを天秤にかけた結果、五万円をケチって恥ずかしい方を選んでしまった。
金欠気味&貧乏性なものだから、五万円が惜しかったのだ。しかし、恥ずかしい姿で雑魚モンスターを躱しながら疾走していたときに、可哀想な人を見るような目で同業者に見られた時から、後悔の念にさいなまれることになるのだった。
「やっぱり着るんじゃなかった」
けれども、後悔ばかりしていても仕方がない。【スプリンタースーツ】のことは頭の隅に追いやり、雑魚モンスターを避けることだけに集中して疾走を続けた。そして、ついにその折り返し地点が見えてきた。
ダンジョンの最奥手前には扉が八つ並んでいる。この八つの扉の先には宝箱が有ったり、モンスターがいたり、罠が有ったり、なにも無かったりするが、本来の大当たりは一番手前の扉であり、高級アイテムである【万能ポーション】の宝箱があることが既に分かっている。
ただし、一つでも扉を開けてしまえば、他の扉は一生開けることができなくなる。再びこのダンジョンに入っても、入れる扉は一度開けた扉であり、そこに宝箱は出現しない。つまり、チャンスは一度きりということだ。
何も制約がなければ一番手前の扉を開けて【万能ポーション】を手に入れたい。しかしそれはできない相談だ。一番奥の扉に出現する、本来ならば大ハズレの呪われたアクセサリ、【デビルリング】が必要なのである。【デビルリング】を手に入れてしまえば、【万能ポーション】をこのダンジョンで入手することができなくなるが、諦めるしかない。
恥辱に耐え、無数のアンデッドを振り切ってここまで疾走してきた。断腸の思いで最初の扉を通り過ぎ、最奥の扉に駆け込んで【デビルリング】を手に入れたのだった。
跡は帰るだけだ。来た道を再び全力で走り抜け、ダンジョンを出るとすぐさま用意していたマントを羽織り、【転移】を唱えてサンシティの宿屋へと駆け込んだ。マントを羽織ったのは、もちろんこの恥ずかしい姿を衆目の視線から遮るためだ。
「ふぅ、なんとかたどり着けた」
無事に定宿の部屋にたどり着き、【スプリンタースーツ】の上からズボンを穿いて綿の長袖のシャツを着て長めのカツラを装着した。その上で、帽子とサングラスをかけ、ブーツを履いて買い出しに行く。妖しさ満点だが、贅沢は言っていられないのだ。
その道すがら、猛烈に後悔していた。どうしてあらかじめ買い出しに行っておかなかったのか。忘れていた過去の自分を殴ってやりたい気持ちだったが仕方がない。
買い出しが必要だったのは、リーンゲイルと約束している期日。つまり死竜と戦うまでの五日間を、宿の部屋から出ずに乗り切るためである。
この世界に排泄という概念がなくて本当に助かった。いさぎよいほどのゲーム世界に感謝しなければなるまい。
もし排泄が必要だったら。【スプリンタースーツ】の中に汚物をため込むわけにはいかないだろう。しかも戦闘不能になって自動的に脱ぐしか方法は残されていない。高い金を払ってレミーアに素っ裸を見られるわけにはいかないからだ。
さっさと戦闘不能になって楽になろうか? とも考えはしたが、楽になりたいだけのために、レミーアに咎められるほうが辛いのである。五日間部屋から出なければいいだけなのだから。
結果からいえば、無事に買い出しも終わり、五日間は何事も無く過ぎ去っていった。-”シンジ”OR”真治”でフィルターを掛け、ひたすらNETに潜って時間を潰したのである。もちろんムシュフシュと戦う時のことを考えてイメージトレーニングをすることも忘れなかった。
そして訪れた死竜との調査バトル当日、買い出しに出た時と同じ格好でリーンゲイルとの待ち合わせ場所に赴いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます