第36話 その後のこと
「やぁ、夜獣センパイ」
その一言が風浪のため息を生産させる。
水無瀬が待ち伏せをしており、彼を見かけるなり飄々とした言動でこちらにやってきた。野良猫が構って欲しいと言わんばかりに。
そしてその第一声に反応した鈴音は、怪訝そうな顔を見せる。
「なぁ風浪、彼を無視していいのか?」
水無瀬を無視して行こうとした風浪だが、鈴音にそう言われてしまえば黙ってもいられない。
「いいんだよ、俺は用がないからな」
だが、足を止めざるを得ない一言が飛んできた。
「前の件だけどさ」
水無瀬は抽象的な話題を振るも、風浪の頭にはあれしか浮かばない。
「良かった。ホームルームまではちょっと早いしさ、屋上にでもどうかな? 柊木先輩も良かったら来てくださいよ」
水無瀬からは敵意は感じなかった。
何らかの意図を感じ取り、鈴音とともに彼の後をついていくのだった。
◆◆◆◆
教師の目が届かぬ、非行に適した絶好の場所——屋上。
授業をサボってちょい悪系の男子に恋する者や、屋上で告白をするワンシーンに遭遇する確率の高き空間だが、今は誰一人としていない。
それよりも、風浪は水無瀬に聞きたい事があったのだ。
「華二はどうなったんだ?」
一番の疑問だった。
また自分を狙いに来る恐れもあるが、それよりも彼女はどこに行ったのか。華二自身は命令違反をしたと告げたので、何らかの処罰が下されているのだろう。
自分を欲していた彼女のことだと、風浪は自分のせいでこうなったと考えると罪悪感を覚える。
もしかしたら、今頃殺されているのではないだろうか……そんな一抹の不安がよぎる。
「心配要らないよ、命に別状はない」
心配事を汲み取ったように水無瀬は返事を返してきたので、風浪は安堵し、胸を撫で下ろした。
「そうか、まぁ良かった……か」
命のやり取りをしたとはいえ、こうして生きているのだから問題はない。
風浪が心配してしまう理由は、仮にも恋心を抱かれていた相手だった上に、自分と似たような境遇を持ち合わせた相手でもある。だから、若干の同情心を芽生えてしまっていたのだ。
「まぁ、残念だけどもう二度と会う事はないんじゃないかな?」
「……それはどういう意味だ」
その言葉にあらぬ想像をしてしまう風浪だが、気付いた水無瀬は言葉を訂正した。
「いやいや、そんな警戒しないでよ。彼女には身を隠してもらったのさ」
「そういう事かよ」
余程、華二の事が気掛かりだったのだろう。
そして、水無瀬は続けた。
「大旦那様は硬いお方だからね、殺されてもおかしくないからどこかに身を潜めて貰っているのさ。大丈夫、あの子は元々一人でも生きていけるような強い子だから」
「そうか……」
どこか腑に落ちない気持ちを抱えたまま、水無瀬は次の話題へと話を移した。
「というかゴメンね、助けに行かなくって」
軽い調子で掌を合わせて風浪に向けてくる。命のやり取りだった事を分かってくれているのだろうか……そんな態度に怒りを通り越して呆れてしまう。
「まるで助ける事は出来たと主張したい言い草だな」
「お察しの通り、僕は監視役だからね……悪いね」
本当に申し訳なさそうな素振りを見せるが、彼には気になる点が一つだけある。
「確かにそうだが……お前、華二を止める事は出来なかったのか?」
その質問に面食らった表情を見せた後、水無瀬はクスリと一笑する。
「無理だよ、あれは完全に恋心抱いた乙女だもの。あぁいうのは一度決めたら真っ直ぐに突っ走っちゃう女の子だから」
「……ヤケに女に詳しいって口だな」
——そうか、こいつは女を手玉に取って遊んでいる女たらしで、女に困った事のない人生を歩んできたのだろう。『浮気は文化』と内心思っているに違いない。
と、風浪はしらけた顔で水無瀬を見ていた。
「センパイ、なんだか妙な思想を抱かれている気がするのですが……」
「いや、別にお前のビジュアルに嫉妬しているワケじゃないからな?」
「僕には見えるよ、センパイの悪意が」
水無瀬はカッターシャツの襟を直しながら話を戻した。
「実はあの夜は、ヤバかったら止めに入れと指示はされていたんだ」
「じゃあなんで途中で助けに来なかったんだ」
「はは、ごめんごめん。実際何とかなったからいいじゃないか」
実際死にかけた風浪にとっては笑えない。
だが、水無瀬は呆れかえるくらいヘラヘラと笑い減らず口ばかり叩く。
「まぁ、今回は何とかなったけど、次は助けに行けるよう努力するよ」
「次があったら困るんだよ、まったく」
悪態を付く風浪だったが、水無瀬のふとした仕草に気になってしまうs
「……で、笑ってるクセにどうして悲しそうな表情を見せるんだ?」
「風浪、どういうことだ?」
突然の疑問に、鈴音が横から尋ねてきた。
「いや、なんだかな……」
鈴音には感じないだけかもしれないが、風浪の目は何かが映るのだ。
——だが、根拠はない。
もしかするとただの深読みかもしれないし、水無瀬がそう仕向けているだけかもしれない。さぁどう来る水無瀬……?
「そんな風に見てたんだね……」
すると、水無瀬は人の一線を越えてしまったジュブナイル的表情を見せる。やがて、表情は柔らかくなり、微笑した。
「やっぱり優しいんだね、センパイ……」
目に軽く雫を浮かばせて、感慨深げに告げた。
そんな態度を見かねた鈴音が申し訳なさそうに尋ねる。
「他意はないのだが、君たちはそういう関係なのか……?」
俺は露骨に嫌そうな顔を向けながら、否定を示す。
それを見るなり、鈴音は安心そうな顔を見せた。
「そ、そうだよな。はは……うん、君たちは面白いな」
「隠さなくってもいいのに♡」
「お前は少し黙ってろ」
風浪は間髪入れずに水無瀬へ言った。
けれど、彼の奥底に眠る真実は何なのだろうか。
悪意に敏感な方ではない風浪だが、やはり敵意が感じられない。むしろ、どこか信用に足る何かを水無瀬から感じ取ってしまう。そういった意味で風浪は気掛かりである。
それを裏付けるように、彼の口からこんな言葉が出てきた。
「ま、そうですね……最後に僕から言える事は、嫌味でも脅しでもないんだけど……センパイはこれからもっと狙われる立場になってくるよ」
そう、最初の時もそうだった。
こうやって俺に助言を与えてくれる奴なのだ。
「前も言った通り、十三血流は力の在りかに敏感……仮にも未だ彼らはセンパイを狙っている連中が多いんだ。だから……」
「……大丈夫だ」
水無瀬の歯切れの悪い言葉を遮り、風浪は言った。
「誰が俺を狙ってこようと、必ず皆を守ってみせる。その中にはもちろん、お前も入ってる……だから、心配するな」
「せ、センパイ……」
水無瀬は感極まったように両手を口元に当てて、潤んだ瞳で風浪を見据えていた。
彼のまるで女子のような、か弱き者の仕草にまた勘違いをした鈴音が顔を赤らめ、申し訳ない事を聞くように、躊躇しながら尋ねた。
「なぁ、やっぱりお前たちは……」
我慢の限界だとばかりに風浪は呆れかえり、大きく息を吸い込むと、デカい溜め息を吐き出しながらキレた。
「あぁ、だから俺はそういうのじゃねええええぇぇっ!」
怒りが虚しく校舎に響き渡る。
結局風浪は、鈴音から一抹のホモ疑惑も晴らせないのであった。
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