第21話 共闘

 ——突如、風浪の仕草がおかしくなった。

 ポケットに手を当て、何かを探っている、スマホだろうか。

 すると風浪は顔を上げるなり、華二にこう言った。


「悪いカニ公、風浪急ぎでいかなきゃいけない所があるんだ!」

「え、えっ、ちょっとなんでそう突然に——」


 だが、風浪は振り返る事なく店内から去って行く。

 華二が一人寂しく取り残される中、とある女子二人が彼女の席にやってきた。


「あーっカニちゃんじゃーん。え、嘘、一人?」

「ちょーウケんだけど、どしたん。あ、さっきの男に振られちゃったとか?」


 一人は茶髪、もう一人は数多くの装飾を纏った、いわゆるギャル二人だった。

 そんな彼女たちは、華二のクラスメートである。


「あはは、そんなトコかな……?」


 華二は苦笑気味に相槌を打ち、二人の会話を聞いている。

 しかし、彼女たちの会話は非常に長く、華二はうんざりし始めていた。


「もーオトコに色目使ってないでさ、ウチらと楽しくやろーよって」

「そーそー女が一人でいたら何かとイタいじゃん?」


 そんな願ってもない言葉を投げかけられたせいか、華二は立ち上がる。


「え、どしたんどしたん」

「どーせ、ウチらの事がめんどくなったんでしょ、この子変わってるからさーあはは」


 華二が踵を返そうとも、二人は喋ることをやめない。

 先ほどの楽し気な華二の表情は、もうそこにはなかった。


 ◆◆◆◆


 天蓋を黒一色に染め上げた空の下、風浪は今日も非日常たたかいへと踏み込んだ。


「早かったじゃないか」


 先ほどの連絡は鈴音からのモノで、札の色は『赤』、事態のレベルが高いという証。

 それを踏まえて、風浪は彼女に尋ねた。


「当然だ。それで今回は何を見つけた?」


 すると、鈴音は簡潔に告げた。


「——人の死体だ、これはもう放っておくことは出来ない」

「……ッ!?」


 唐突な出来事に、風浪は強く胸を締め付けられる思いになった。まさか自分のせいでこのような被害が出てしまったのでないか、そんな自責の念に駆られている。

 そして怒りと悲しみを胸にしまい込み、尋ねた。


「……それで奴らの居場所はどこなんだ」

「ついてこい、ここからそう遠くはない」


 そして、鈴音に案内されるがままに、風浪はついていった。

 木々を掻き分け、道中で彼女は言う。


「感じるか、この悍ましさを……」


 視線の先から感じる禍々しい空気。そして、それを裏付けるように辺りに広がる動植物の死骸、噎せ返るような饐えた匂いがそこら中を充満している。

 まるで隠そうともしない大胆さに、風浪は狂気を覚えた。


「あぁ……まるで理性を無くした獣が暴れたみたいだ、見境がない」


 どこか争った形跡もあり、木の皮は捲れ、地面には抉られた痕跡が残っている。

 一番無残なのは熊の死骸であった。腸を引きずり出され、中が空洞になっている上に、血は吸い取られたせいか地面を湿らせていない。

 嫌悪感を示した風浪に、鈴音は告げた。


「念のために伝えておくが、まだ相手の姿形を見たわけではないから用心するんだ」

「つまり、相手は人間じゃないかもしれないという事だな」


 コクリと鈴音は頷くなり、こうも伝えてきた。


「私一人で手に負えるかどうか不安だった、だから君がいて少しは安心だ」

「確かに、俺もこんなのを見ると気が引ける」


 けれど、ここに必ず黒幕がいる。そう確信を抱き、風浪は拳を握りしめた。

 必ず奴らを倒すと心に覚悟を決めたのだ。そんな時、鈴音が尋ねる。


「ところで、ライラさんは一緒じゃないのか?」

「ライラは木の上で隠れて見守ってくれている。基本何かあった時の為に援助をしてくれるのがあいつなんだ」

「そうか、彼女は補助役サポーターってことか。危険が迫った時は頼むよ」


 ガサリとどこかの木の葉が揺れた、それはライラなりの『了解』の返事だろう。

 言葉を交わさない返事に鈴音は慣れていないようだが、ライラの身を隠す事が緊急時の保険になるのだから、まぁ仕方ない。

 そして、風浪は意を決したよう呟いた。


「ここには俺を狙う黒幕、十三血流の一人がいる。必ず倒して平穏を……」

「ん、十三血流……?」


 それを聞いた鈴音が訝しげに繰り返した。


「まさか、これは奴らの仕業じゃ……いや、今はそんな事はどうでもいい、行くぞ」


 そして、風浪たちは意を決して奥へと進む——と、そこに一人の男が現れた。


「なっ……お前はっ!?」

「はぁ、はぁ……よ、夜ノ森……?」


 傷だらけで頭から血を流した会田、風浪を目の敵にしていた男である。どうしてそんな男が目の前にいるのか分からないが、それよりも尋ねた。


「おい、この先で何があったんだ」

「あ、あいつらが危ない……死ぬ……ば、バケモノが……う“ッ……」


 ——キャアアァァァッ!!


 人の金切り声と大きな物音が聞こえ、会田はビクリと身体を震わせた。

 膝を付き、苦しむ様相を見れば風浪は黙っていない。

 すぐさま彼に近付き、こう優しく声を掛けた。


「よく逃げ切った、後は休んでろ……夜の小夜会セレナーデ——」

「なっ、なんだこれは……っ」


 薄い霧が会田を覆いこむ。

 夜の小夜会セレナーデ……それは人に夢や幻を見せる技である。今回彼が見たモノ全てを風浪は消し去ったのだ。一般人はこの苛烈極まる戦いを見るべきではない。そんな風浪の優しさであった。

 そして彼の意識がなくなると共に、風浪は言う。


「ライラ……コイツを頼む」

「分かりましたわご主人。私がいない間、気を付けてくださいね」


 ライラはそう言い残し、会田を運んで行った。

 

「……早くいくぞ!」


 そして、二人は悲鳴のした方へと向かっていくと、視界が開く場所に出た。

 そこには一人の女子生徒の死体が——


「ウチの生徒だな……」


 鈴音が淡々と言うのだが、風浪は——


「まさか、あいつは……うっ、おえ……ッ」

「大丈夫か風浪」


 心配を掛けまいと彼は言えなかった。その死体は、口を交わした事はなかったが、自分のクラスメイトであったことを。

 一体どうしてこんなことにと、悲しみに打ちひしがれている。

 だが、鈴音は言った。


「……もう悲しみに浸っている時間はないようだ」


 そんな時、風浪たちは空気の揺れを感じ取った。

 鈴音のけん制とも呼べる声を合図に、全神経を研ぎ澄ませた。

 二人は臨戦態勢に入り、周囲の音に気を配る。しかし——


「……何も来ないな」


 気配は先ほどよりも薄れ、徐々に揺れるような感覚もなくなっている。

 痺れを切らした風浪は、鈴音に尋ねた。


「……今のは何だったんだ?」

「分からない……だが、気を抜くな。必ず敵は来る」


 その言葉を頼りに気を引き締める——そんな時だった。


「……なんだ?」


 突如、月明かりを遮るように足元の光が薄くなった。

 ブォウ、ブォウ……と大鷲の幅広い羽が舞う音が次第に大きくなる。

 只事ではないの気配に、二人は後ろに飛びのいた。


「まさか——上かっ⁉」


 すると、巨大な丸太が落ちてきたかのような衝撃、吹き荒れる砂埃。

 異邦者の来訪にしては豪快、目の前に巨体が降りてきたのだ。


「な、なにが降りてきた!」


 鈴音が叫ぶと、砂埃は晴れ、その姿を現した。

 奇妙な生き物だった。この四足歩行で翼の生やし、種別を判別できぬ姿。お伽噺に出てくる、もしくは生体実験の成れの果て、その呼称にふさわしいまでの異形を為していた。


「……キマイラッ!?」


 鈴音が呟いた。

 頭部はライオンのように立派なたてがみを携えているが、胴体にはグリフォンの思い起こさせるような立派な翼。しかも、赤と緑の線が入り混じった尻尾からは、毒を彷彿させる蛇の顔。

 そいつは、四列に並んだ立派な獣爪を地面で研ぎ、こちらへ叫んだ。


「グガアアアアアアアアアァァァ——ッ!」


 風浪はやや臆しているにも関わらず、不敵に笑ってさえ見せた。敵の力がはっきりとしない今、気持ちで負けるワケにはいかない。

 一方で、鈴音は戦闘準備に入っていた。


「頂きに住する大いなる自在の主よ——」


 制服の襟に付いたリボンを解き、胸のボタンを外し始めた。

 そこで露になる白い肌、何やら入れ墨のような刻印がある。


「其の鳴く様は故山の如く、荒ぶる神は万の災い——誉るるに値する」


 鎖骨下部より魔法陣が浮かび上がり、その中から一本の刀が召喚された。


「我が胸中の門よ——開け。いでよ、天叢雲剣ッ!」


 彼女が手にした刀は伝承で聞いた事がある。別名——草薙の剣。

 日本神話において、スサノオがヤマタノオロチを退治じた際に体内から得た神器の一つ。怨恨と血で染め上げたかのように、刀身を真っ赤に染め上げた一振りの刃。その名刀が今、目の前に顕現する。


「——風浪、準備はいいかな?」


 鈴音が柄を握りしめるなり尋ねる。

 風浪にとってそんな事は答えるまでもない。


「……当然だ。向こうの準備は万全のようだ、いくぞ鈴音!」


 そして、黒幕打倒に向けて、闘いを仕掛けるのだった。

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