第22話 共闘②
鈴音が右手を上げる。それを合図と受け取り、風浪は構えた。
指先に夜力を集め、狙いを定めて放つ——
「
初手に闇の拡散弾。一発分の力を分散させ、逃げ場を奪うように敵を狙っていく。
当たらなくてもいいという鈴音との作戦だ。風浪は攪乱をし、その隙に彼女が刀で攻撃をする。
すると思惑通り、キマイラは自身の利のある空へと翼を羽ばたかせた。
瞬時に鈴音は、木を蹴りつけ上空を目指し、キマイラの後部に一撃を放つ。
「柊木式剣術——閃空華ッ!」
宙を舞い、弧を描きながらの斬撃は見事な連携だったといえる。
しかし、上空での戦いは相手に分がある。巨体にも関わらず華麗な身のこなし。傷は浅く、致命傷を避けてしまった。
キマイラの切り返しの早さは、余程に危機察知能力が長けている故かもしれない。
「ガアアアアアアアァァッ——!」
空を旋回して勢いづいた敵は、奇声を上げながらこちらへと向かってきた。
「
風浪は巨大な爪に負けぬ武具を生成し、構えて敵の攻撃を防いだ。
体格差もあり、すぐに力で押し切られそうになるので本来なら避けるべき一撃だったのだが——
「おおおぉ——っ‼」
風浪は、タンクの役割を取った。英語で『戦車』を意味するこれは囮役だ。
己が壁となり、その隙に味方に攻撃をしてもらう、両者の信頼がないと成り立たない戦術……そう、風浪は鈴音の力を信じたのだ。
これを好機と取った彼女は、刃を振りかぶり駆け向かってくる。
その刀身はやがて火花を散らし、炎を宿らせていた。
「
刃に宿る熱量が次第に増していき、キマイラの元に近付いて行く。
だが、その殺気に気付いたヤツは、すぐに風浪から飛びのき技をかわしたのだ。
「くっ、これでもまだダメだったか!」
残念そうに声を漏らす風浪だが、鈴音は笑っていた。
「いいや、届いているよ——炎は消えていない」
見れば、鈴音の刀が更に紅く長身になっていた。敵へのリーチを短くしていたのだ。
当然、避けたハズの個所からは傷口が見えてきて……。
「ギャオオオオオオオ——ッッ」
痛みで咆哮を上げ、もがき苦しむ。
不規則な動きで、あちこちの木を乱暴に薙ぎ倒し始めたのだ。
「苦しいだろう、傷口に受けた炎は絶えずは消えずして己が身を焦がす。貴様はこれでもう終わりだ」
すると悪あがきを見せたのか、倒れた木を足で鈴音の方へ蹴飛ばしてきた。それを彼女は避けると、上空から奇襲されるも剣で受け止める。
「風浪、今だっ!」
役割交代。鈴音が食い止めている間に一撃を入れる指示が下った。
その言葉に後押しされて、風浪は駆けていく。
「
目標まで残り数メートル、狙うはキマイラの傷口である。
今度は避ける事を考慮し、敵の下がるであろう着地点を予想し、屠るべく闇の刃を振り下ろす。
「これで最後——がぁッ!?」
——が、掠るだけで、致命傷を与える事が出来なかった。
キマイラは風浪に勘付いて、風浪の攻撃を避けたのではない。
誰かが風浪に攻撃を加えてきたのだ。
「だ、誰だ……ッ」
石のような鈍いモノで殴られたのか、風浪は横腹を押さえていた。
「グアアアアアアアッ!」
キマイラは腹から血をボタボタと垂らし、空へと逃げようとする。
風浪はチャンスをみすみす逃した自責で、即座にヤツを追いかけようとした時だった。
「危ない風浪!」
——風浪の横から小柄な生き物……いや、人が突進してきたのだ。
鈴音の声に気付くも、風浪はヤツを追う体勢になっており、自由が利かなかった。
しかし、間一髪の所で風が風浪の身体を浮かせる。
「大丈夫ですかご主人!」
風が渦を巻き、質量を持ったそれが風浪の身体を吹き飛ばした。
戻ってきたライラの異能力によって助けられたのだ。
「ライラか、助かった!」
風で飛ばされる最中、風浪は近付いてきた相手を見る。
敵の手中からはギラリと鋭利なモノが見える、アレで風浪に攻撃しようとしたのか。
「だ、誰だお前は……っ!」
その生物は黒装束を身に纏っており、姿形が見えない。恐らく新手の刺客だろう。
出て来たからには必ず仕留める……そう思っていた時だった。
「あ、危ない——っ!」
吹き飛ばされる方向に鈴音が立っていた。避ける事の出来ない風浪は、そのまま彼女の元へと覆いかぶさってしまった。
「うわぁぁっ!?」
「く……悪いっ!」
しかし、風浪の意識は奴らの方だった。
ヤツはキマイラの背中に跨り、空へと逃げていく。もう奴らの姿は小さくなっていき、次第に見えなくなっていってしまう。
風浪が向こうに気を取られていると、鈴音は言った。
「て……手を離さないかバカ者……!」
羞恥交じりのか弱い声が、鈴音から聞こえてくる。
不本意ながら、風浪は彼女をクッション代わりのように下敷きにしていた事が分かった。
「え……はっ!? わ、わざとじゃないんだ!」
しかも、あろうことか風浪はドサクサに紛れて、鈴音の豊満の胸の中に手を鎮めてしまっていたので、瞬時に手を引っ込めた。
「悪かった、どこか身体をぶつけていないか、痛くないか」
「いや、痛くもないし大丈夫なのだが……」
周囲が暗い分よく見えないのだが、鈴音の様子がどこかおかしい。
「あの、恥ずかしがらないで聞いて欲しいのだが、殿方に身体を押し付けられ、こんな一方的に身体を触られたのは初めてで、無性に恥ずかしいのだ……」
「そうだな、本当に悪かった」
「しかも君は蹂躙する獣の如く乙女の純情に触れてきた、それだけで本来は万死に値する」
そんなオブラート二枚重ねな言い方で言わなくても分かっている。
そして、鈴音が観念したように続けた。
「けれど……緊急事態だった、仕方ない。だから、もう好きにするがいい……」
今、鈴音が珍妙な事を口走った気がした。
「私は決めていたのだ。私は一度も戦いに敗れた事がない。だから、パートナーにするなら自分より強いモノにしようと……何故なら私は強いのだ。だから私を押し倒す者は強い者、子孫を残すのであればより強き者の方が理に適っていると」
「おい、今そんな事を話している状況か」
若干引き気味に風浪は話すのだが、鈴音は顔を真っ赤にしながら止まらない。
「くっ、悪びれもせずにのうのうと……この身がどんな汚らわしい手段で犯されようとも、恥辱の限りで弄ばれようとも……私は、友と明日の為に、決して心だけは折れる事はない! さぁ、来い。どんなに下品で昂ぶった貴様の屹立を掲げられようが、下卑たお前の心は桃源郷に辿り着く事はないと知れ……!」
「おい、一回黙れ」
風浪は今、敵が逃げて行ってくれて本当に助かったと思うばかり。
逆に鈴音が暴走しているから、敵は逃げたのかは知る由もない。
そんな健全な男子ならワクワクなシチュエーションであるにも関わらず、風浪があれこれと困っていると、不意に木陰から鳴る物音を耳にした。
「だ、誰だっ⁉」
鈴音の上から飛び退き、構える。
「(また新手か……くそっ、どうして今日に限ってこうも……!)」
しかし、そんな考えとは裏腹に、現れたのは予想外な人物——刹那だった。
「せ、刹那っ⁉」
幻でも見ているのか、風浪がその姿に驚きの声を上げる。
また、刹那は怪訝そうな尋ねた。
「風浪、その人を押し倒して一体何をしてたの……?」
「へ、いやちょっとした事故で……」
何故刹那がこんな所にいるかも疑問だが、誤解を解かなければならないと風浪は思った。何を勘違いしたのか、顔を引きつらせている刹那がいたからだ。
見てしまってはいけないものを見たと言わんばかり。
「ごめん、私邪魔しちゃったよね。帰るね」
「ま、待ってくれ刹那。これは違うんだ!」
そして、風浪は鈴音を放置し、刹那を無理矢理、無事に家まで送り届けるのであった。
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