第23話 何のつもりだ

 次の日を迎え、風浪は校内にいる水無瀬の元へ訪ねた。


「やぁセンパイ、今日はなかなかご機嫌麗しい事で」


 待っていたとばかりに佇む彼の姿勢はまさに精悍、怖い者知らずと言うべきか。

 だが、風浪の顔は険しい。センスの悪いジョークを受けたような気持ちになりながら、率直に尋ねた。


「——なんで刹那をあんな所へ寄越したんだ」


 水無瀬は答え合わせでもしているつもりなのか「あぁ、なるほどね」という表情。風浪が何をしに来たのか、大方予想は付いていた様子だ。


「へぇ、聞いちゃったんだ」

「当たり前だろ。どうして……刹那を、あそこに来させたんだ!」


 風浪はずいっと顔を近付け、水無瀬に感情をぶつけた

 当然だ、彼女を危険に晒した張本人なのだから。


「そうだねーたまたま刹那ちゃんと出会ったら、センパイの行き先を聞きたがって……いやぁ夜中なのにね、まさか本当に行くとは思わなかった、あはは、びっくりしたよ」


 驚き混じりで話すも、風浪はその言葉を信用出来ない。


「それで、アイツに何かあったらお前はどうする気だったんだ」

「怒らないでよ。後ろから付いていって、彼女の身の安全は保証していたんだ。それに君の闘いぶりは良かったよ、もう異能蠱毒ゲームに参加する気になったのかな?」


 ——笑顔で宥めてさえいれば、そのうち落ち着くと思っているのか?

 こんな薄っぺらい言葉に騙されるか、聞いていて無性に腹が立つ。


「万が一、あいつに何かがあったらどうするんだよ」

「はは、大袈裟な」

「大袈裟じゃない、ただの一般人が巻き込まれていたんだぞ!」


 風浪はあの現場を思い出した。

 身近な誰かの死に遭遇し、またそれを悼む暇もなく戦いに巻き込まれた彼の心は疲弊していたのだ。だから冗談のつもりだろうが、程度があった。

 だが、水無瀬は一向に物怖じせず、反省もしない。

 そんな彼の非情さに苛立ってしまった。


「刺客といい、刹那のことといい……お前の目的はなんだ、答えろ!」


 すると、何かに反応したかのように、水無瀬は呟いた。


「……知ってるかい? 僕たちは異能力者というのは惹かれ合うんだ」


 どこか遠くを見つめるように横顔を向け、語り出す。


「まぁ占いや迷信なんかに近い話さ、同じ星の元で暮らしている限り、僕たちは力に引き寄せられて集まり合う……」

「だからそれが何だって言うんだ」


 すると、こんな事を言いだしたのだ。


「——大旦那様はね、刹那ちゃんを危険に遭わせたがっているんだよ」

「……ッ!?」


 風浪は水無瀬の胸倉を掴み、粗野で礼儀に欠ける行動に出た。

 頭に血が昇り、水無瀬の背中を壁に叩きつけ、掌で壁に張り手をかましたのだ


「おっと、積極的だねー。どうしたの?」


 なお、涼しい顔を貫く水無瀬に対し、風浪は声まで荒くなった。


「どうしたのじゃない……一体どういう事だ!」

「こういうの、刹那ちゃんにやってあげたら? 好きだと思うよ」


 水無瀬は不敵に笑っているだけだった。

 言葉が通じていないのか、その態度に風浪はやるせなさを感じ、掴んだ手を離した。

 そして、最後の忠告を告げるつもりだった。


「次にあんな事をしてみろ。その時は絶対にお前を……」


 ……と一瞬、水無瀬の瞳の奥に潜む、昏く淀んだモノを垣間見た気がした。

 それは、感情を表現するよりも、心の中に己を築くような有り様で……風浪はふと冷静になり、最後まで言い切る事が出来なくなっていた。


「……どうするって? 僕を懲らしめる気でいるの?」


 先刻からの口調は一切変わらない。けれど、この妙な胸騒ぎに風浪は何も出来ないでいた。


「いや、なんだか殴る気が失せた……クソッ」


 風浪は悪態をついて、水無瀬の胸から手を離す。

 解放された彼は薄い笑みを見せ、手を差し伸べた。


「先輩もなかなか可愛い事を言うんだね。分かるよ、彼女の事が大事なんだよね」


 だが、風浪は手を取る事なくスタスタと歩いてどこかへ行こうとする。ニヤリと微笑む水無瀬は彼にこう告げた。


「でも、今の君は賢明だったよ。何をしでかすか分からない相手に宣戦布告をするほど君はバカじゃない。だから、一時の感情に任せて身を滅ぼさなかった」

「何が言いたい……」


 ピタリと足を止め水無瀬に尋ねるも、問いには答えず、言いたい言葉だけを残していく。


「次からこうならないように注意して欲しいな。以上、僕からの忠告でした」


 まるで、子どもをあやすかのような仕草で告げる。

 風浪はやりどころのない怒りで身を震わせ、無言で睨み返す事しかしなかった。

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