第24話 推測
「なんだ、君も私と話したかったというのか」
風浪は悩みに悩んだ結果、上級生のクラス階へと鈴音を探していた。丁度、鈴音の方から風浪を見つけてくれたので、話し合いに興じてもらえる事になり屋上に訪れる事に。
風浪は手すりに背中を預けると同時に、大事な事を思い出した。
「あ、そういえば……昨日は悪かった」
昨日の押し倒してしまった件である。
バタバタしていて結局謝れずにいたので、改めて伝えたのだ。
「いいんだ、あれは事故だったのだ。私も少し興奮してすまない」
確かに興奮していたなと思う風浪だが、あまり深く追求しないことにした。
「まぁ、怪我が無くて本当に良かった」
命のやり取りをした後なのだから、ピリピリしていてもおかしくはない。鈴音の懐の大きさに感謝していた。そして、彼女は話を切り出す。
「ところで、昨日見かけた女子は一体……?」
鈴音の言い方がヤケに深刻そうである。気を遣われているのだろうか、そう思った風浪はため息混じりに言った。
「あれは俺の幼馴染の刹那だ。アンタを押し倒してしまった事で要らない誤解を受けていて……今ちょっとめんどくさい事になっている」
「……ほう、幼馴染か」
どこか含みのある返事だった。
昨日、風浪は刹那を見送ったものの、今日は一言も口を利いて貰えていない。
避けられている、という発言は心配をかけないように言わないでおいた。
「変なモノを見てしまったばかりに不機嫌……といった所か」
「いや、そこまで自虐的にならなくても」
冗談か分からず困ったように言うと、鈴音は毅然とした態度で告げた。
「しかし、彼女が君の知り合いとはな……あれは一体どういった偶然で……」
「……?」
そう言うと鈴音はコホンと咳払いをして、話題を変えた。
「じゃあ早速だが……昨日の敵について少し話したい事がある、いいか?」
表情を切り替え、真剣な眼差しでこちらを向く。
風浪は、コクリと顎を下げて頷いた。
「まず妙な点があるのだが……どうして君は刺客に狙われているのだ?」
「どうしても何も、俺が異能蟲毒に参加しないからだろ?」
「それは私も一緒だ」
鈴音も風浪と同じくこの殺し合いのゲームを拒否した一人である。他の異能力者とは争わず、これを止めたいと思っている、いわばゲーム内の異端者なのだ。
それを言われた風浪は少しだけ頷いた。
「そうかもしれないな……」
まだ納得していない風浪に対し、鈴音はまた告げる。
「それから二つ目に、一般人を巻き込みすぎだ」
十三血流はこの世を裏から支配しようとする連中故、存在が明るみになることを嫌う。
だからこそ、ゲームのルールに明記されていたのだ、一般人に危害を加えないことと。
いくら彼らが後処理に手慣れているとはいえ、このゲーム自体、秘密裏に行いたい事柄である。
「改めて考えてみればそうだ、どうしてあんなことに……」
「それで最後にだが……」
鈴音は何かを含んだのち、言った。
「……あそこに来ていた君の幼馴染、何をしに来ていたんだ?」
「あいつは俺を探しに来たらしい」
「君がいるから? それだけの理由で?」
「そうだ、面倒な幼馴染を持ったもんだ。俺が夜中に出掛けている理由をよく探ってくるんだ」
水無瀬のことは言えない、何故なら水無瀬が風浪に情報提供をする代わりに、自身の事を黙っていろと、そういう決め事を二人の間でしているからだ。
そして少しの間の後、鈴音は言った。
「そうか……これは私の仮説だが、個人的な理由があって君が狙われていると考えるのが自然だと思ってな」
つまり、鈴音が狙われない理由。
ゲーム内での括りで見れば風浪と同じく狙われるべき存在。そして、一般人に危害を加えるという禁忌を犯してまで風浪を狙っている理由。
「おい、まさか……」
「そうだ——君の幼馴染のあの子、疑わしくないか」
その瞬間、風浪の気持ちは爆発した。
「馬鹿な事を言うな! あいつはただの一般人だぞ!」
「確証はないが、疑うべき一人だ」
「だ、だけどあいつは……」
刹那は風浪が守るべき相手なのだ。刺客に狙われまいと、夜遅くに警戒して回っている理由。それを鈴音が疑うのだから、激昂してしまう。
「ふざけるな! どうしてあいつが俺を!」
「じゃあ他に解決のアテはあるのか?」
もちろん確証はない。だが、風浪はその言葉の可能性を僅かにでも感じてしまい、愕然とし、膝から崩れ落ちそうになった。彼の胸はチクチクと痛み、腹が重くなる。心が拒絶しているのだ。
「すまない、私だけの了見ではこれ以外に考えられない」
——なぜ、どうして疑われる?
それは確かに疑いの余地はあるかもしれないが、刹那だぞ? あの真面目で優しい……俺が唯一話せる相手で。いや、そういうのじゃない。俺はあいつがやるなんて、やるなんて……
「悪いが、疑わしきは調べようと——」
「——やめろッ!」
鈴音がそう言った瞬間だった。風浪は彼女の前に立ち塞がり険しい顔をしてみせたのだ。
だが、肝の座った鈴音は表情一つ変えない。
「どくんだ」
「何をふざけた事を……あいつは一般人だぞ!」
風浪は自分が何を考えているか分からなかった。客観的に見れば彼女を大事に思うがあまりか。また、これまでの自分の行動を全て否定されたような気持ちにもなっているのだろう。だが……
「これ以上、罪のない一般人に被害が出るのは見過ごせない」
鈴音は迷わず言い切るのだ。だからこそ、風浪は困惑する。
「俺は、俺は……ッ!」
それだけでは解決しようのない何かが、風浪の中には眠っている。
……彼が戦いに巻き込まれてからずっと命を狙われ続けた。しかも、風浪の大事な幼馴染まで危険に晒してしまった、そういう罪悪感に苛まれていたのだ。
なのに、もし彼女が黒幕だったとしたら、今まで自分のやってきた事はなんだったのだと。風浪の中の決意が無駄になってしまう、やるせなさを感じているのだろう。
「認めない、絶対に……」
風浪は疑心暗鬼になってしまう。
十三血流はここまで見越して彼を追い詰めていたのか。
そんな状況に不安を駆り立てられ、頭を抑え出す。
平穏な学生生活さえも自分は望んじゃいけないのかと、今更そんな苛立ちが彼の心身を蝕む。
「そうだ、俺が全部……全部解決すれば……」
——これは自分が蒔いた種ではないか。であれば鈴音は関係ない。全て自分の手で終わらせればいい話だ。こうなれば、今すぐ水無瀬を力づくで問い詰めて……。
と、血走った風浪を鈴音は止めに入った。
「待て、答えを急ぎ過ぎるな」
「やめろ、離せ!」
「君は今、物騒な事を考えているのではないか⁉」
「当たり前だ。そもそもこれは俺の闘いだ、俺がいるせいで周りが——ッ!」
「なっ……!」
ガッ——!
風浪は鈴音を突き飛ばし、屋上から去ってしまう。
「ふ、風浪……っ!」
取り残された鈴音は彼の背に語り掛けるしかなかった。
「くっ、私がいながら説得できないなんて……あれはやり方が違う、違うんだ。私が支えてやらないと彼は……」
悔しそうに拳を握りしめる鈴音。だが、彼女の元に来訪者がやってきた。
「鈴音サマ、大丈夫ですか?」
彼女の元に現れたのは一匹の黒猫、ライラだった。
ライラの優しい問いに、鈴音は答えた。
「あぁ、すまない。情けない所を見られてしまったな」
「いいんです。ご主人ったら気難しい所がありますもの、心配してしまいますわよね」
そう、赦しを得た鈴音は、右手で胸元を握りしめる。
何かの自責と後悔の念に駆られながら、その言葉を漏らした。
「後悔してからじゃダメなんだ、彼にはまだ先がある。焦って闇雲に行動され、一人残された身にもなって欲しいのだ……」
それに対し、ライラは諭した。
「大丈夫ですわ、ご主人は強い方です。必ず一人で立ち直ってしまいますから、気長に待ち構えている方がいいですわ」
「君は優しいんだな……分かった、君の言葉を信じさせてもらうよ」
そう言って、彼らは風浪の行く末を見守ることにしたのであった。
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