第25話 自分の想いは
「バカな、そんなことあるものか……!」
確かに鈴音の言う通り、個人的な恨みを持つ者が自分を狙っているのではと、風浪は考え始めていた。筋は通っている。だからといって、挙がった相手が刹那だなんて、と。
だが、彼は彼女の事で頭が一杯で、それ以外に考えられないのかもしれない。
風浪は、鈴音に見つかる前に刹那を探そう……そんな時に校門をくぐると、カバンをぶら下げて佇む、刹那の姿があった。
「あ、風浪……やっと来たんだね」
「……せ、刹那!?」
風浪は待っていた刹那を直視出来ないでいた。
鈴音の言葉が引っ掛かり、嫌でも疑い始めてしまうのだ。
もしや、自分が一人になるのを狙っていたのか。それともまだその悪戯を続けて遊び興じるのか……と、風浪が疑心暗鬼になる中、刹那言うのだ。
「ま、また風浪が来ると思って、さっき先輩と一緒だったから、声を掛けづらくて……」
何か後ろめたさを隠すようにしどろもどろに話す刹那を見て、もしかすると鈴音を警戒しているのかと考え始める風浪。
「……あいつとは何もない、たまたま出会っただけで。それよりも……」
風浪は刹那に聞こうと思った。昨日のことと、これまでのことを。だが——
「あ、ううん、大丈夫。私何も見てないし平気だから……って、どうしたのその顔!」
訳知り顔をするも表情は一変、風浪の表情に気付くなり心配し始める。
暗い顔をしていたのだろう、風浪は刹那を一旦宥めようとした。
「大丈夫だ、少し良くない事を聞いただけだ」
「良くない事って何、風浪をそこまで追い込んじゃう事なの?」
「違う……今日は調子が悪いからそう映るだけだ」
刹那は風浪の言葉を受け入れようとしなかった。
しかも、さもあろう事か、こんな事まで聞いてくるのだ。
「……ねぇ、さっき何の話をしてたの?」
何かを勘繰られている気がする。そう思い、話を逸らした。
「それは……すまない、また今度にしてくれないか」
風浪は刹那に話をする気分にはなれなかった。
タイミングが悪いのだ。頭が整理できず、また気持ちもコントロール出来ていない。だからあえて話を逸らそうとするのだが
「もしかして、昨日の事? 踏み込んじゃいけない話なの?」
「いや、そうじゃない……違うんだ。今度話すから……」
しかし、刹那は彼の腕を離そうとしなかった。さっき断ったばかりなのに、どうしてこんなにも必死なのだろう、と風浪は疑問に思う。
ただ、その真剣な眼差しを受けて、彼は無視するわけにもいかなかった。
しっかりと向き合ってあげれば、刹那も素直になれるのかもしれないが——
「おい、今日だけは勘弁してくれよ」
必死に言葉を振り絞った結果がこれだった。
風浪の心は泣きそうで、締め付けられる想いだった。
しかし、何か信念を抱いた刹那は、納得してはくれない。
「無理よ」
その言葉とともに、風浪の帰り道を立ち塞がった。
さらに、追い打ちをかけるかの如く、こんな事を言うのだ。
「だって水無瀬くんが、風浪は辛そうだって言ってたもん」
「え……?」
その言葉に風浪はピクリと眉をひそめてしまった。
「水無瀬がどうしたって……?」
声を潜めて刹那に問う。しかし、彼女の言葉は止まらなかった。
「どうして放っておけっていうの? 普段から遅刻して、成績だってそう……水無瀬くんは私が風浪を見てないとダメだって言うんだもの」
水無瀬がなんだって? どうしてそいつの話が出てくるんだ?
「……そいつが言うからなんだっていうんだ?」
「だから、水無瀬くんが心配しているから、私が——」
何だか分からない怒りが込み上げてきた。考えを整理出来ない。
そんな刹那の言葉を遮って、考えるよりも先に不満をぶつけてしまった。
「じゃあ、全然関係ねえだろ」
「え……」
そんな言葉に、刹那の顔が曇る。
しかし、言葉に出した以上引き下がれず、風浪は続けた。
「水無瀬が言うだけで、お前はすぐ行動するのか。犬かよ……はっ、笑わせるな」
「い、犬……なんでそんな事を言うのよ!」
確かに、なんでこんな事を言っているのだ。しかし、募った想いは止まらない。
言動は次第にエスカレートしていく。
「ていうか、さっきから黙って聞いていれば良い気なモンだな。人を見下して愉悦に浸っちゃうタイプか、ダメな人間を介護してる私ヤサシーってか、そういうのウザイんだよ」
「アンタね……人が心配してやってるっていうのに!」
——そうなんだ、分かってる、お前は本当に優しい人間だって。けれど、どうしてお前はいつもそうなんだ? どうして素直に言葉にしてくれないんだ。
その想いを、風浪は不誠実な言葉に変えて吐き出してしまう。
「心配してやってる? ほら見ろ、お前はいつも仕方なく俺に構ってやってるんだろ。俺だってお前とは幼馴染だから仕方なく付き合ってやってるんだよ」
「はぁ、ちょっともう一回言ってみなさいよ⁉」
風浪は火のついたヤカンのように、どうにも感情を抑える事が出来なかった。
そして最後に、風浪は刹那に言ってはいけない事を口にしてしまったのだ。
「だから、お前とは幼馴染でも、長い付き合いでもなけりゃ……風浪はお前なんかと絶対に関わりなんかしねえんだよ……ッ!」
風浪が今まで見せた事のない言葉の猛襲。表情一つ変えずに淡々と語るその表情は、冷酷か。
いや、これは誰が見ても『嫌悪』と受け取られても間違いはないだろう。
「くっ……」
きっと、刹那のプライドをズタズタにしてしまった。
今にも何か言いたそうな表情。もちろん、気の強い幼馴染は黙っているはずもなく……。
「あーそうですか、そこまで言うのならアンタとは絶交よ! もう二度と口なんか利いてやらないんだからっ!」
風浪は、刹那に捨て台詞を吐かせてしまった。
ダッと走って行ってしまい、後ろ姿が見えなくなる。
幸い見ている者はだれ一人おらず、風浪一人だけが取り残された気持ちになる。
突如、身体のダルさを感じ、疲れが一気にのしかかるような気分になった。
「くそっ、なんて口の悪い奴だよ、マジでシャレにならねえ」
シャレにならないのは風浪の方だ。
本当は分かっているのだ、隠し事により不信感を募らせていた事。
刹那と水無瀬の関係に嫉妬してしまった事。何よりも、風浪がしたかったのは——
「ははっ、全部俺が原因なんじゃねえのかよ」
そう思うと、彼の口元から緩やかに笑いがこみ上げてきた。
「……何がお前を守ってやるだ。ホント、笑わせやがる」
本来の目的とは関係のない事を口走り、刹那の真意を確かめることが出来なかった風浪は、ただ後悔することしか出来ないでいた。
◆◆◆◆
三日後。
あれからまるっきり刺客が送られてくることがなく、束の間の平穏を過ごしていた風浪はだったが、試練が訪れていた。
それは中間テスト——見事に全滅。
赤点でない教科は数えるほどしかないだろう。
テストの結果を張り出されるような校風ではないので、成績は自分の中で隠しておけば良いのだが、やはり悪いモノを見るとなると気が滅入ってしまうようだ。
そしてあれ以来、風浪は刹那とは口を利かなくなってしまった。
後ろの席という絶好の居場所にも関わらず、それが出来ないでいる。
なんだか昔の自分に戻ってしまったような、そんな気持ちを彼は抱えていた。
「刹那―、今日一緒にかえろ?」
「美緒か……うん、一緒に帰ろう」
彼女は自分以外にも話す友達がいる。その光景を見ると少しだけ安心したような気持ちになった。やっぱり、風浪は他人に迷惑かけるばかりで必要ない存在なんだ。
「(こんな力を持って生まれてきてしまったせいだ)」
変えようのない事実。
けれど、それを言い訳にしてしまう心の弱い自分がイヤで嫌で仕方がない。
そんな鬱々とした気分の帰り道、とてとてと子どもの走るような音が聞こえてきた。
「風浪くーん!」
それは華二だった、嬉しそうにこちらを覗き込んでいる。
「テストどうだったー? 私ねー英語が——」
テストが一段落して上機嫌なのだろう、その話題ばかりに触れてくる。
話す事に必死で風浪の表情など一切気にしない様子。多分、風浪そんな良い顔出来ていない気がするので助かる。
「そうか、それなりに出来たんだな」
「うんっ、でも私頭悪いから教えて欲しかったんだよー」
「俺も成績良くないから道連れだな」
「私君とならどこへでも行けるよ。でもでも、風浪くんと一緒に勉強したかったなー」
「それは残念だったな、俺は家で勉強する派だ」
——家で勉強か、刹那が来て教えて貰ったものだな。
頭悪い者同士が一緒に勉強なんて……いや、こういうのは一緒に時間を過ごす事に意味があるのかもしれないな。
「んんー風浪くん、今何かやましい事考えてたの?」
「え、いや……そんなことは」
考え事をしていて顔に出ていたようで、華二は風浪の顔をジッと覗き込んでいる。何か物言いたげに。
「そういえばさ、あの返事まだ貰ってないよね?」
「あの返事って……あっ、ごめんそうだった」
テストも挟んで先週の事になるだろうか、デザートパラダイスに行った時の事。
風浪は華二に好きだと告白され、答えを曖昧にしたままでいたのだ。
「あの、風浪は……えっ?」
返事を出す前に華二が風浪の言葉を制止した。
「別にね、形なんてどうだっていいの。無理だって断られても、嫌いだって言われてても、君と一緒にいられるならそれでいいやって思うの。彼氏彼女が最終的な形であるべきなんて事はないしさ、それに——」
一旦、華二は口を紡ぎ、苦笑しながら何か言いづらそうにしている。
が、深呼吸をした後、はっきりと気持ちを口にした。
「私が今の君が好きでいる事に変わりはないの」
その言葉に心は揺らいだ、間違いなく。
けれど、今の自分は自暴自棄で、誰かに悪態をつきかねない。しかも、大事な人を傷付けるような愚かさがある。こんな俺は、人に好かれる資格はあるのだろうかとも考えている。
そして、思考の末に辿り着いたのは『このままでいいのだろうか』という疑問。
「ねぇ、風浪くん……名前で呼んで」
不意に、頬を暖かいもので包み込まれた。
甘い吐息を感じ、彼女がより近くにいるのを感じた。
「華二……俺は……」
風浪は思わず見惚れてしまっていた。
それほど彼女の今からする行いに真剣さを感じてしまったからだ。
身体は痺れたように硬直し始めるも、お互いの距離はどんどん近付いていく。
そんな中、風浪は難しい事を考えるのを止めようと思った。
「(今の自分を受け入れてくれる人がいる。こんなに嬉しい事はないのではないか)」
そう思い身を任せると、徐々に距離は縮まっていく。
そして、視界が彼女一色になる所だった——
「えっ、風浪くん……?」
が、華二の肩を押さえ、引き剥がしてしまった。
「……ごめん、まだこういうのは慣れていないっていうか」
頭をブンブンと振り、やましい気持ちを振り払う。
とても悲しそうな顔をする刹那の表情が見えた、そんな気がした。
もしかすると、大きな後悔するかもしれない。そう思ったのだ。
「ふーーーーーーーーん」
華二は、ジト目でこちらを睨みつけている。
それはそうだろう、彼女なりの真剣な告白を拒否したのだから。
しかも、理由をしっかり告げぬまま。それを見かねた華二は告げる。
「そっか、まだ風浪くんが踏み切れない何かがあるって事だよね。だからそれが終わるまで私……待ってるね!」
あっさりとした口調で、駆け足で去って行く華二。どこかうっすら涙が浮かんでいたけれど、風浪は何も言えないでいた。誰かに好きになって欲しいのはこんな自分じゃないからだ。
もう今更、優柔不断になってもしょうがない。それに、もう迷う訳にはいかない。
——明日、しっかり刹那と話そう。
そう決意する。だが、もう猶予がない事に風浪はまだ気付いていなかったのだ。
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