4章:覚醒

第26話 刹那の行方

 風浪が華二の告白を断って、一時間が過ぎた後の事だった。

 刹那はモヤモヤを抱えたまま家に帰れないでいたのだ。


「なななな、なんであんな人が来そうな所で……き、キスなんかしようとしてたの。ハレンチだしあり得ない……ホント幼馴染として許せないんだから!」


 二人がキスをする手前まで見てしまったのだ。

 刹那にとってインパクトが強く、心を脅かすワンシーンで……


「な、なんなのよあれええぇ……っ!」


 ゆえに、一部始終まで見届けることは出来なかった。

 それがキッカケで、時間のある限り気晴らしをしようと考えていたのだ。

 商店街のゲームセンターや、本屋などに寄ってはみるものの……


「あぁでもないこうでもない……どうしよう、どこにいこう……!」


 ……優等生は遊び方を知らないのだ。

 道を行ったり来たりを繰り返し、それが出来ないでいた。


「あれってどうなったの、キスしちゃったの? 風浪が道端であんな事するかな、でも目立つ事が嫌なアイツなら断る……ハズなんだけど……」


 頭をガシガシしながら悩める乙女を演じている。

 まさに恋する乙女、恋敵に邪魔されている真っ最中だ。


「っていうか私、風浪にあんな酷い事言われたんだから、あいつの事なんか放っておけばいいのよ。テストだって散々なはずだし。良い気味よ、今回を機に反省するといいわ……!」


 刹那は愚痴を吐き散らすと、息切れをし始める。

 しかし、すぐに怒りは冷め、切なげな表情をし、ポツリと漏らした。


「やっぱり、私なんかよりあの子の方が好きなのかな……」


 刹那は、小柄で、男子が守りたくなるような容姿、自分にはない表情をたくさん作れる器用さ……そして、自分にはない懐の大きさを兼ね備えている女の子を思い出す。

 ——劣等感を感じ始めているようだ。


「幼馴染ってだけでアイツにつきまとうばかりだし、迷惑だったのかな。風浪にも怒られちゃったし、反省しないといけないんだけれど……」


 気持ちが沈みそうになる所、寸前の所で刹那は踏み止まった。


「って、なんであんなに怒られなきゃいけなかったのよ。風浪には私がいないとダメだし、華二さんがアイツの何が分かってるっていうの、あいつは甘やかしちゃいけない男なの!」


 相手が誰であろうと、自然と歯向かう意思が芽生えていたのだ。

 刹那には、刹那なりの文句があるらしい。


「しかも、あの子は分かってない。目立つ事を嫌う風浪に普通あんな事させるかな⁉ 嫌がるに決まってるじゃない。風浪の好みなんか知らないけど、ああいう事する子は私が絶対に認めないんだから!」


 自問自答を繰り返し、ようやく答えが定まってきたようである。


「もうこうなった以上、私から素直に謝っていくしかない……かな」


 気の強さは一人前、そんな彼女が拳を握りしめてようやく決意する。

 テストが終わった今、何のしがらみもない余裕のある状況だからこそ、行動に移さなくてはいけないのだと考え一歩を踏み出し、風浪の元へ謝りに行こうとした時だった。


「え、あれ? なんでこんな所に——」


 刹那の前に、一人の少女が現れる。

 それは間違いなく面識のある者、ニタリと笑って姿を変えた。


「————ぁ——!」


 突然の事だった。悲鳴も出す暇もなく、身体は飲まれてしまう。

 人気の少ない路地の中で、刹那の姿は闇へと消えていったのである。


 ◆◆◆◆


 夜の八時を回った頃だった。


「善は急げだ、まだこの時間なら謝りに行っても問題はないだろ」


 明日話しかけるつもりだった風浪だったが、気持ちを整理ができたので、刹那の元へ謝ろうと玄関に出た時の事だった。


「ん、ポストに何か入ってる……?」


 うちに手紙が入っている事は珍しい。いや、何かのチラシだろうか。

 しかし、そういったポップさが無く、取り出すとただ無機質な封筒が一通あるのみ。

 不審に思った俺は、開封し中身を取り出すと、二枚の紙が入ってあった。


『今宵はゲーム不参加を決める異分子に告げる。飾利刹那は預かった。

 無事に返して欲しくばこちらへ来い——十三血流より』


「な、なんだこの手紙、十三血流……だと⁉」


 赤い筆跡で短く簡潔にまとめてあった。

 まさか、自身の追う敵である十三血流が仕掛けてきたという衝撃に、風浪は手紙を握りしめる。

 そこへ不審に思ったライラがこちらにやってきた。


「如何されましたかご主人……そ、それは……⁉」


 手紙を見るなり、異変に気付いたようだ。













「十三血流……ご丁寧にも向こうから仕掛けてきやがった、だったらこちらから出向くしかないだろ……」


 風浪はライラに状況を説明するなり、もう一枚の紙、地図を頼りに黒幕の居場所へと向かおうとした。そんな時に、玄関先に制服姿の鈴音が立っていた。


「近くまで来ていたから寄ったのだが、随分と慌ただしい様子じゃないか」


 鈴音は札をこちらに掲げ、やってくる。その色が『赤』、どうやら風浪が気付かない内に信号を送っていたようだと察した。

 隠す事も出来ないので、風浪は状況を説明する。


「どうもこうもあるか、奴らに刹那が攫われたんだ」


 風浪のせいで……という言葉を使うのをギリギリの所で止めた。

 歯を食いしばり、情けない表情を隠すと、鈴音が尋ねてくる。


「それで、君は行くと言うのか。だが、感情が先走って行動するのは良くない」


 あの時と、同じことをまたも言われる。しかし——


「こんなの放っておけるかよ」


 鈴音の助言に、風浪は歯向かう。

 そんな態度に、彼女は口調を強め始めた。


「落ち着けと言っているのだ。居場所を伝えてくるくらいだ、余程腕に自信がある奴といっても過言ではないハズだ、負けに来いと言っているようなモノじゃないのか」


 それは一理ある。けれど、風浪が行かないという答えにはならなかった。

 どんな言葉を用いても、彼の意志は変わらないのだ。

 そんな様子に、鈴音は誰か別の者にバトンタッチをするよう会話を仕向けた。


「まぁいい、他に君の覚悟を問うに相応しい人物がいるからな」


 そう言うと、鈴音は風浪の背後に視線を向ける。

 風浪は振り返ると、そこには制服姿の水無瀬が立っていた。


「水無瀬、お前……」

「ふふ、鈴音さんにもボクの事話しちゃった、ごめんね」


 何の冗談だと思った。

 仮にも主催者である一人が、鈴音に自身の身分を明かしてしまったというではないか。

 にも拘わらず、水無瀬は苦笑していた。


「今回の件はこちらも予想外でさ、ボクが出向くべきかと思って来たんだ」


 水無瀬の調子にどこか勢いがないが、風浪は言葉を選ばなかった。


「予想外だと……じゃあ、お前らは今回の件に一枚噛んでいるって認めるんだな」

「まぁ、知っている以上そうなりますよねぇ……大旦那様もびっくりしていました。それで、行くんですか?」


 どこか冷めた目をし、ぼかしつつも尋ねてくるが、答えは決まっている。


「当たり前だ、行かない理由がどこにある」


 そこで、鈴音が言わなかったであろう言葉を、水無瀬が代弁してきた。


「理由ですか……センパイは〝あの人〟には勝てないから、ですよ?」


 胸を突く一言に、ドキリとした。他にもこんな事を言ってくる。


「これって絶対に罠ですよねぇ、センパイはそれに対抗できるだけのすべを持っているんです。向こうはセンパイの力を把握しちゃっている。……だから、危ない以外の言葉が見つからないですよね」


 風浪は自覚していた、自分はまだまだ未熟だと。勝てる見込みがないのに、やられに行くようなモノだ。浅はかな考えだっていうのは分かっている。

 けれど、彼の主張は変わらなかった。


「——だから何なんだ。誰かを巻き込む奴だけは絶対に放っては置けない」


 水無瀬は悲しそうな顔をしたので、風浪は悟った。

 ——悔しいが、負ける事は事実なのだろう。

 しかし、行かない理由にはならないのだ。


「何があっても俺は……必ず刹那を助けに行く」


 何の飾りもない言葉で、決意を水無瀬にぶつけた。

 すると、鈴音が頭を抱えながら会話に横槍を入れてくる。


「待て、どうして一人で抱え込もうとする」


 若干呆れ気味で、鈴音が続けた。


「全く大馬鹿者め、あれだけ言ったのに懲りていない奴だ……。君の沸騰した頭はどうにかならないのか。普段喋らないクセにこういう時だけちゃんと主張して」


 どこか恥ずかしくなるような指摘をされる。だが、風浪は考えを曲げる気はなかった。何度も止められるであろうと構えていたのだが、鈴音は溜息を吐くなり言うのだ。


「だから、お前のその覚悟……私にも背負わせろ」

「いや、だがこれは……」


 自分の問題だと言いかけたが、その言葉を鈴音は手で制止させてきた。


「もういい、聞き飽きた。君が今言おうとした事、今後口にするな、そして一人で抱え込むな、約束したじゃないか、一緒に戦うと」


 歯の浮くような台詞だが、状況ゆえに感極まってしまう。

 鈴音の言葉に丸め込まれた風浪は、素直にお願いをした。


「分かった、悪かった……また一緒に戦ってくれるか?」

「当たり前だ」


 その言葉に力強く返す鈴音。

 そして、この空気感を断ち切るように軽い笑いが飛んでくる。


「あはは、二人とも暑いなー初夏先取りですか?」


 そんなやり取りに、居心地の悪さを感じた水無瀬はこう言った。


「ま、行っちゃうんですよね。そっかー……じゃあ、マズいと思ったら逃げるのも手ですからね、死なないように気を付けてくださいね」


 どこか寂しそうな口調で、そう告げるなり踵を返していく。


 そして、風浪と鈴音、ライラで手紙の主の元へ向かうのだった。

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