第27話 刹那の行方②

 そこは、壊れたコンテナや大型重機が取り残された工場の跡地。

 広大な敷地で、街の土地開発の際に拠点として使われていた場所なのだが、もう人の住みつくような場所ではなくなっている。

 なので、野良猫が巣を作ったり、不良たちの溜まり場として使われる事があるので、近隣住民には問題視されつつある所であるのだ。


「手紙にはこの辺だって書かれていたよな……?」


 見渡すと、あちこちに建物や通り道があり、この場所は初見である風浪たちは足を止めてしまう。


「なんと……薄暗くて不気味な場所ですわ」

「無闇に動き回るのは危険だ。敵が影に潜んでいないとは限らない」


 ライラや鈴音が注意喚起し合う中、風浪は目的地を指差そうとした。


「あそこだ、あのデカい建……」

「あちらですわ!」


 ライラに道案内の役目を奪われ、そっと指を下ろした。

 彼女の指差す方向には、空き倉庫のような建物。

 外側から見ると窓ガラスは割れ、壁には蔓のようなモノが張り付いており、人の手が入っていない様子を物語っていた。


「あぁ、あそこから……」

「あそこから異様な気配がするのです!」


 風浪は喋れない。だが、過度な自己主張も良くないと割り切った。

 ライラが先陣を切ると、風浪は固唾を飲み、呟く。


「……行こう」


 風浪はライラの後に続き、その中へと向かっていった。


 ◆◆◆◆


「くそっ、重いな……」

「静かにした方がいい、敵に気付かれる」


 錆び付いた扉を開けると、一本の通路があった。そこはどこも埃を被っていて、天井端には蜘蛛の巣がわんさか張られている。

 そんな気味の悪い道を、足音を忍ばせながらのそりのそりと歩いていった。

 道の先には光が差している。そこを出る前に、鈴音が中を覗き込んだ。

 合図が得られたので、鈴音をしんがりとして風浪とライラは中へと入って行った。


「……刹那はどこだ」


 そこは、広々とした空間であった。視界は空けているが、中では多数のコンテナが隙間なく積まれていてやや圧倒される。

 そして、奥に縄で縛られている少女——刹那を見つけた。


「刹那っ!」


 しかし、気絶しているようで、呼びかけに対してピクリとも動かない。

 そんな刹那のぐったりした格好が気掛かりで、風浪は思わず向かって行ってしまった。


「危ない風浪!」


 大きな地響きを鳴らし、目の前に何かが降りてきた。

 それは以前、風浪たちが倒し損ねた怪物——キマイラだった。


「グオオォォォーーッ‼」


 空気を震わす咆哮に身体が痺れ、腰が砕けそうだった。

 そんな風浪を目掛けて獣の爪を振り上げ、攻撃を仕掛けてきたのだ。


「ご主人!」


 ライラが叫ぶと前方から包み込むような風が吹き、一撃は免れた。

 しかし、すぐに追撃が迫る。


「色欲の頂きに住する大いなる自在の主よ——」


 後ろから、鈴音の詠唱と駆けてくる足音。

 刀を抜き、キマイラが飛び掛かるよりも先に鈴音が攻撃を仕掛けていた。


「——駆けよ不死鳥、疾炎華しつえんかッ!」


 五行の構えで、急接近する。

 下段から首を討ち取るように、炎を纏わせた刀を振り上げた。

 しかし、読んでいたとばかりに刀を爪で押さえつけていた。


「だが、長くはもつかな。この刀は何でも焼き切るのだ」


 刀の熱により、爪は徐々に溶かされていく。それを見かねたキマイラは、爪を失う前に後ろへ飛びのいた。そして、次に襲い掛かるのは複数の狼たちだ。


「くっ、お前の手下どもか、小賢しい……!」


 鈴音は、即座に対処する。雑魚ばかりなので容易に倒せるが、額には珠のような汗をかいている。先ほどの技で体力を消費したのだろうか。

 そう思うが矢先に、風浪の元にも獣たちはやってきた。


「そっちにも行ったぞ、風浪!」

「黙ってそっちを片付けろ!」

「減らず口が叩けるなら問題無しだ!」


 気が立っているのか、お互いの声が無駄に荒くなる。

 しかし、そんな事をしていても敵の猛攻は怯まないわけで。


我は拒むファルシオン——ッ!」

「グォッ、グオッ、ギャアアアアアアッ!」


 鈴音がキマイラと対峙し、風浪は残りの奴らを仕留めていた。

 キマイラ以外は雑魚ばかりなので、容易に倒せる。しかし、数が多くて体力ばかり削られていく。そんな時に、鈴音が愚痴を漏らしていた。


「くそっ、一発デカい技でも出せれば形成は逆転できるのに……!」


 離れた所に刹那が眠っており、危ないのだ。

 風浪も弾の撃ち放題といきたいのだが、流れ弾が刹那に当たる恐れがあり出来ないでいた。

 そんな時に、救いの声が聞こえてきた。


「お二人とも、刹那サマは無事保護しましたわ。遠慮なくぶっ飛ばしてくださいまし!」


 人の姿で刹那を抱えたライラ。そして、風浪は撃ちまくった。


我は数多を穿つアルーシエ——」


 鈴音のいない方向に闇の弾を連射し、獣たちの数を減らした。そして、彼女はキリの良い所でこちらに下がってこう言った。


「風浪、何かデカい技を持っていないか!」

「持ってるが、少しだけ時間がかかる!」

「だったら簡単だ、私が時間を作ればいいだけの事だ!」


 すると、鈴音が風浪の前に炎の壁を作り、一人でキマイラと狼たちと対峙した。

 攻撃をかわし、刀で受け流すなどで時間を稼いでくれている。

 その間に、風浪は体内の夜力をありったけ搔き集めた。


「おおおおぉぉ——ッ!」


 風浪の様子を遠くから観察し、獣の群れから鈴音が離れる。

 機は熟したとばかりに彼女が叫んだ。


「今だ風浪、私ごとやれっ!」


 そして、風浪は敵へ向けて掌底を突き出す。

 腕から溢れんばかりの闇を、相手の退路さえも吹き飛ばすつもりで放った。


我は咆哮すラルヴァ——ッ‼」


 轟音が屋内に響き渡る。

 ——闇の津波。怒涛に押し寄せる荒波に、獣たちは翻弄されていた。

 四足歩行の狼たちは、もちろん逃げ道はなく大声で呻き声を出すばかり。

 けれど、翼を持つキマイラは例外で、空へと逃げていた。


「くっ、一匹逃したか……!」


 しかし、それを待っていたかのように、空で待ち望む鈴音。コンテナを蹴り上げて、ヤツと同じ土俵に立ったのだ。そして、背中で刀身を滑らせ、大きく振り降ろした。


「油断を見せたな……爆昂華ばっこうかッ!」


 刀が振り下ろされると同時に、爆音が響く。それは熱を帯び、視界を紅一色に染め上げるほどの炎が、キマイラを貫き、全身を覆っているのだ。


「グ、グオォォォ……」


 そうしてやられたキマイラは黒焦げになり、地面に身体を預ける。一方、着地した鈴音の制服はところどころ焼け焦げてしまっていた。


「す、鈴音……大丈夫か、制服が!」

「君はどこを心配しているのだ」

「悪い、また見たら怒られると思って」


 反射的にツッコミを入れる鈴音。

 こんな緊張感ある場で何を言っているのだと半ば呆れ気味な鈴音だが、やがて風浪の言葉の意味を理解した。


「あぁ、制服が焼け焦げてしまったんだな……これはまた買い替えだ、学生には結構痛い出費だが、やむを得まい」


 涼しい顔で言うのだが、鈴音の腕には火傷のような痣が出来ており、苦悶の顔色が伺えた。

 焼け焦げたキマイラがいつもの魔物と同じく白い塵と化す。その瞬間を見るなり、安心した鈴音は長居は無用だと悟った。


「もう大丈夫だ。敵はもう倒せたし刹那も助かった、早く帰ろう」


 疲れた、早く刹那を連れて帰らなくては……と風浪は思った。

 だが、何か忘れている。何か胸騒ぎがする。


「いや、これで終わりなのか……?」


 突然の疑問、顎を指で支え考え込む。粟立つような寒気、何かを見落としているような気がする。そんな時、急に刹那の安否を知りたくなった。

 そこでライラの方を振り向くと……


「ら、ライラ……?」


 一瞬、目を疑った。ライラが壁にもたれて頭から血を流しているのだ。

 何が起きているのか分からず、風浪は頭の中は真っ白になった。


「ご主人……すみ、ません……」


 意識は朦朧としており、声を振り絞るのでいっぱいのようだ。

 その姿に、風浪は叫ばざるを得なかった。


「ら、ライラ——ッ!?」


 ——何があったんだ、誰にやられたんだ。

 それよりもすぐに駆け寄って手当てをしなければ……!

 そう思い、駆け寄った時だった。


「風浪、危ないッ!」


 突如、重たい金属が弾けたような爆音がした。

 風浪の右手側のコンテナ内部から、巨大な獣が飛び出してきたのだ。


「グオオオオオオアアアアアアッ!」


 風浪の元へ駆け付けた鈴音が、迫りくる巨大な影から風浪の身を護ろうとする。

 それを刀で受け止めたハズだが、その爪が焼き切れるよりも先に、鈴音の身体は毬のように吹き飛び、壁へと激突した。


「……がはっ!」


 頭を打ち、膝から崩れ落ちる鈴音、そのまま彼女の意識は闇の中へと落ちていく。

 その一連の流れを、風浪は唖然としながら見る事しか出来なかった。


「グォォォ……」


 そこで現れた巨大なモノの身体を見る。

 上質な銀を溶かしたかのように煌めく毛並み、月明かりに照らされ一層不気味に輝いて見えた。それでいて風浪の何倍もありそうな巨体。岩をも打ち砕かんとする大仰な爪。

 一言で言って、『恐ろしい化け物』が風浪の前に立ち塞がった。


「あははっ、すごいでしょー!」


 すると、どこかから聞こえてくる幼気な声。

 それは忘れようもない、何度も聞き覚えのある奴のモノで——。


「お、お前は……」

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