第28話 絶体絶命
「ふふふ、誰でしょう風浪くーん?」
そいつはコンテナの上に腰掛け、愉快そうに風浪を見下しながら問いかける。また、隣には刹那が横たわっていた。
「華二……みのり」
臓物を震わす低い声で彼女の名前を呼ぶと、破顔一笑。
「そうだよ、正解―! ご褒美にその子を止めてあげるね☆」
ポケットの中から取り出したのはチョコレート。
それを口へ放り込むなり、巨体の獣に命令した。
「はーいよく出来ました~私たちの話が終わるまで休憩してようねー☆」
「グルルル……」
すると、その生物は目を閉じ、身体を丸くして大人しくなった。
一を知って十を理解したというべきか。
風浪は、これまでの獣は華二が使役していたモノだと悟った。
「……お前が
風浪はその化け物を警戒しながら、華二に尋ねる。
けれど、悪戯少女のようなリアクション、腕をクロスさせてきた。
「ぶっぶー残念! 私は十三血流なんかじゃないよ~」
「なんだと、俺にあんな手紙を寄越しておいて!」
追っていた黒幕が目の前にいる。それだけで、風浪は興奮して仕方なかった。
だが、華二は風浪への誤解を正してくる。
「んー嘘だよ? だってそう書けば風浪くんも来てくれるかなーって☆ 私嬉しいよ、だってこんなキレイな夜に出会えるなんて、一緒にデートしてみたかったんだぁ~」
天井の隙間から零れた月明かりに照らされた華二の佇まいは美しくも、不気味であった。
彼女のたわ言に怒りを覚えるも、同時に寒気もしてしまう。
既に血が流れているのだ。なのに、それさえも忘れそうになる仕草で語りかけてくる異常さに、風浪は黙っていられなかった。
「……お前も
「ご名答! 私は幻獣使い。この能力によってたくさんの
「それで俺を散々付け回してくれたってか、執念深いストーカーがよ」
気持ちでは負けまいと精一杯の悪態をつく風浪だが、こればかりは理解せざるを得なかった。
——この場で優位に立っているのは彼女だと。
「私はただ風浪くんにゲームに参加して欲しかっただけ、それなのに抵抗するから私がこうやって姿を現してあげたんだよ?」
「だからって、一般人に危害を加えるのがお前のやり方なのか」
「やめてよ~仕方ないじゃん。私は風浪くんが好きなだけ、好きだからバカな真似する風浪くんを止めてあげたかったの」
彼女には物事の善悪が付いていない、はっきり言って異常だ。
まともに相手にしていては埒が明かない、話が長引くと思った風浪は構えた。
「……なに、私とやるの? このフェルたんに勝てるワケないじゃん」
フェルたんという愛称は、恐らく飼い慣らしている巨体の魔物の事だろう。
その毛並みを撫でて愛でる少女の仕草は慈愛があった。
「それでも、俺はお前を倒しに来た」
「そう、そっか……」
彼の中に勝算はあまりなかったが、ゼロではなかった。
風浪が逃げ道や打開策を探っている時に、華二はパクリとマカロンを口に放り込んで咀嚼する。そして——
「
彼女の身に禍々しい|気迫《オーラ》がうねりを上げ、風浪の肌をヒリつかせた。
何かを唱えると同時に、狂獣の足元に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
ショッキングピンクで描かれた不気味な文字列より、眩い光が放たれた。
「
フェンリル——それは北欧神話の生き物で、狼の形をした猛獣。
世界の終末日、ラグナロクにてオーディンを飲み込んだとされる伝説の顕現。
大仰な口を開けて、今にもこの夜をも飲み込まんとしている。
「グオォォォ——ッ‼」
咆哮が大気を震わせ、ビリビリと全身の肌で闘気を出迎える。
狂獣のたてがみが震え針山のように聳え立つ。深紅の瞳は輝きを増し、発光し始めた。
「あまねく夜よ……ッ!」
風浪も夜力を練り対抗する術を身に纏うと、華二と狂獣が交戦の合図と捉えたのだ。
「ふふふ、遊んであげる。フェルたん、
「なっ——!?」
可愛らしい名前とは裏腹に、凶悪とも呼べる動きに風浪は翻弄される。
狂獣の前足は天を衝き、地を砕く。手に大団扇でも仕込んでいるのかと思えるほどの風圧。そして、地面にはクレーターが出来上がっていた。
「ぶ、
抵抗すべく、夜力で全身に負荷をかけながら闇の銃弾を撃つ。
それを防ぐは、恐ろしく年季の入った爪。いくつもの敵を抉り屠ってきたであろう禍々しさを放ち、まともに近付く事さえ出来ない。
「グオオオオオオオオオ——ン!」
その上、とにかく早かった。
風浪が身体能力を限界まで引き上げているというのに素早さは同等。
……いや、僅かに彼が引けを取っていた
「くっ……我は穿つ、穿つ——ッ!」
しかも、銃弾はいとも容易く弾かれ、周囲の壁にぶつかり重い音を鳴らす。
彼の攻撃は軽くいなされ、まるで遊ばれているようだった。
「あははっ、逃げてばっかり、フェルたん最近運動不足だから良かったね~♪」
しかも、飼い主は余裕そうにこちらを観戦している。
その一連の流れに戦意喪失し兼ねなかった。
「私は高みの見物☆ 風浪くんの良いトコ、見ってみたい~♪」
合掌で風浪にエールを送ってくる。それを挑発と取った風浪は華二を睨んだ。
「だったらお前にも良いモン見せてやるよ……!」
風浪は華二に狙いを定め、弾を放つ。すると、意外な光景を目にした。
「……っ!」
危険を察した華二の口元が強張る。
すると、狂獣が踵を返し主人の元に駆け寄り、すぐさま風浪の弾を弾きに来たのだが、咄嗟の反応だったので顔面でモロに風浪の攻撃を受けたのだ。
「……そういう事か、自分に力がないから狂獣に力を注いでいる。だから、自分は守って貰わなければならないか……だが、これは好機だな」
狂獣が怯んだ隙に、風浪は最終手段に出た。
指先から手甲までを闇でコーティングする。こうしないと、反動で手がイカれてしまうのだ。ここぞとばかりに取っていた切り札を取り出した。
「悪いな、お前には消えて貰うよ。
今ある全ての夜力を込めて、風浪は巨大な銃弾を作り出した。
それは二倍、三倍……と膨張し、闇が凝縮された今一番の必殺技。
月をも吹き飛ばさんとする一撃を、渾身の力を込めて放った。
「——
重い撃鉄を鳴らしたそれは闇夜を貫き、一直線に狂獣の元に奔って行く。
華二を守るならば、絶対に避ける事は出来ない大きな一撃を放った。
だが、あろうことか、ヤツはそれに立ち向かっていったのだ。
「やっちゃって、フェルたんっ!」
華二が指示したのだろう、力で圧してきた。
狂獣が避けたら飼い主は跡形がなくなってしまうのだろう。
「グオオオオオオオオオ——ン!」
そして、闇と獣が拮抗する……すると狂獣の身体が揺れ、後ずさり始めた。
これはいける。その流れに勝利を確信したのだが——
「んな……っ!」
銃弾は風船が弾けたように大きな音を立てる。
凝縮された闇がバラけて周囲に飛び散り、霧散していった。
「あはは、それが最後の大技? 残念だったね~フェルたんはそんなヤワじゃないの」
風浪は反動で軽く身体が痺れて膝を折った。
もうダメだ、敵わない。
——とでも思ったかバカがと、風浪は口角を吊り上げた。
「そんな事くらい分かってるさ……
間髪入れずに口ずさむと、四方八方に散らばった闇の弾が浮かび上がる。今の一発に加えて、先程から撃った闇の弾を周囲に溜めていたのだ。
そして、風浪は右手を前に突き出し、握りしめた。
「——
すると、それらが狂獣目掛けて一気に集まり合う。所謂一斉射撃だ。
これなら防ぐ事も出来まい。
「グォオオオオオオオオオ——ッ!」
頭、背中、腰、脚にいくつもの闇が襲い掛かる。それをじっと食らい続ける狂獣。それが数十秒続くと轟音が止み始めた。
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