第29話 絶体絶命②

「はぁはぁ、やったか……!」


 風浪の夜力はもう残っておらず、枯れた声を漏らしてしまう。

 紙一重の戦いだった。

 あのまま弱点を理解しないまま戦えば、勝ち目はなかっただろう。


「ふっ……油断したな、これでお前は……」


 そして勝利を確信——と思うも束の間、土煙の中から血塗れの狂獣が姿を現した。


「ウォオオオオオオオオオ——ン!」

「——なッ!?」


 ——圧倒的だった。

 頑強と剛力は十二分に予想されたものではあっただろう。けれど、ここまで桁違いな化け物などとは、誰が予想し得るものか。


「ふふ、甘かったね。フェルたん、渇涎爪なぐっちゃえ―!」


 華二が愉快に指示を下すと、狂獣が目の前に迫ってきた。


「ッ⁉ うああああああああ——っ!」


 風浪は吹き飛ばされ、壁に激突してしまう。

 そして残った夜力は全て無くなり、彼の身を纏う力は解除されてしまった。意識が朦朧とするのだが、歯向かう意思だけは崩さない。


「くっ、もう力が……くそっ、俺をどうするつもりだ……」

「別に殺す気はないよ? 私は風浪くんと一緒になりたいだけなの」

「そんな戯言信じるか! これまで散々命を狙ってきたくせに!」

「そうだよね……じゃあ私の話だけでも聞いてくれるかな?」


 すると華二の表情は柔らかくなり、こう言った。


「私の願いはね……嫌いな人たちを全て消すことなの」

「消す……だと」


 唐突に言われた一言にどう反応すれば分からない風浪だが、華二は何か懐かしむように話し続けた。


「このゲームは勝てば何でも願いを叶えてくれる、私はその為に戦っているの」


 そう……十三血流が主催する『異能蟲毒』には賞品があった。

 それは『何でも一つだけ願いが叶う』というもの。

 しかし、それには最後まで勝ち残る必要があるのだ。


「どうせそんな所だろうって思ってたさ」

「それなのになんで風浪くんは戦わないの? 魅力的じゃないの?」

「俺は人を傷付けてまで叶える願いなんざ持ってないんだよ」

「ふーん、まぁいっか」


 つまらなさそうな態度を出しながらも、華二は語り出した。


「私も誰かさんと同じで勝手にゲームに参加させられたクチなの。最初は、私も大した異能力なんか持ってないしどうやって勝てばいいんだろうって思ってたらさ、力をくれる人がいたの。その条件に君をいたぶるのが仕事で……いや、それはどうでもいいや」


 後ろへ身を翻し、手を背中で結んでトコトコと歩き出す。

 そして、思い出話をするかのように話し始めた。


「私はね、私の家族を奪ったバカな人間たちが腹立つの。風浪くんを嫌うバカどもをすごく毛嫌いしてる。あぁなんて愚かな人種なんだろうって、だから君の気持ちが分かったんだよ」


 力を持てば人は変わると言うのだろうか。彼女の言葉には憎しみのようなモノがあり、風浪は黙ってはいられなかった。


「な、なにも俺はそこまでしてくれと頼んではない……それにお前は——」

「下等な人間にっ……私の一族は滅ぼされたのっ!」

「っ!?」


 説得しようと試みた風浪は、華二の激昂に飲まれてしまう。

 そのまま彼女はコンテナに腰を下ろし、続けて話す。


「昔の話だよ、通り名が『食人俗エリミネーター』……別に私たち一族が勝手に名乗ってるワケじゃないんだけど、変な異名だよね。まぁ、私たちって元々カニバリズム文化があって……品がないからって、本当に酷い目に合ってたんだよ……」


 視線を上に向けながら、足をブラブラさせている。


「まるで魔女裁判。異文化持ちと思わしき人間を見つけては十字架に張り付け、拷問、火あぶり……なにそれ、いつの時代だよってね」

「それは……っ!」


 敵であるはずの華二に、同情の感情が芽生えてしまう。


「だから、力を得る代わりにその仕事を引き受けたの。そうすれば戦いに生き残れるし……嫌いな奴らを殺してやれるってずっと思ってたの。もうね、これだけの力も手に入ったから正直復讐なんてすぐだなって。だからさっさと仕事を済ませて終わらせたかったの」

「……その言い方は、何か計画が狂ったのか?」


 コクリと頷き、頬を紅く染め始める。

 それはまるで恋する少女のように可憐な表情だった。


「そう……私、君の事が好きになっちゃったの」


 風浪は無言で華二の言葉を受け止めた。

 真実だろうが、今直面している現実を見て素直に喜べない。

 すると、彼女はまたもやこんな事を話し始めるのだ。


「風浪くんは、学校ってどう? 社会ってどう? 生きづらいよね、何もかも思い通りにいかなくってイライラするよね?」

「だからどうした、俺は命乞いする為に同調する気はない」


 風浪は試されているのか、華二は答えを誘導しようとしてくる。


「私たちの世界は狭いんだよ、バカばっかりでさ……だから、風浪くんがいないと私ダメなの。少なくとも、君も考えの合う人っていないでしょ?」


 ——華二の言葉は大方間違いではない。言われてみればそうだった。周りが自分より能力が劣って、愚かで、矮小な存在だと一度は考えた事はある。

 だから、人と関わろうとしないし、気が合うような人がいない。

 誰かに傷つけられる前に、自分を守る為に人から避けている。だけど……


「そっか、君には大事な人……いるんだったね?」


 華二が指を鳴らすと鈴音やライラ、刹那の方から狼が現れる。

 すると、冷酷な笑みを浮かべたのだ。

 これは脅しだ、風浪が要求を飲まなければ彼女たちの命はないと言っている。


「やめろ、そいつらは関係ないだろ!」


 その言葉も虚しく、華二は無視して自分の話をし始めた。


「君には何一つ悪い話なんかじゃないよ。だって私は君の味方だもの」

「こんな事をしておいて何が味方だ、ふざけるな」


 風浪の怒鳴る姿は最後の抵抗だったのだろう。

 しかし、それは思わぬ方向に転んでしまうのだった。


「わ、私だって怖いよ!」

「——!?」


 突如、華二が泣きそうな顔で叫ぶのだ。

 風浪は理解が及ばなかった。コイツは一体何のつもりで自分を誘っているのかと、困惑していた。


「……風浪くんに嫌われるのは怖いよ、悲しいよ。でも君の事を分かってあげられるのは私だけだよ。こんな形でしか出来ない私を許して欲しいよ」


 ——嘘だ、方法なら他にあった筈だ。

 現に命を狙おうとした相手の事など聞けるものか。

 しかし、次の言葉が風浪の胸に突き刺さった。


「……私は寂しいの、誰にも理解されずに、一人で生きるのがもう辛いの。だからさ、私と一緒に来てよ。一緒に平穏な世界を創ろうよっ!」

「……っ⁉」


 どくん……と風浪の心は揺れた。

 理由は分からないが、何か悪い心が芽生える前兆かもしれない。誘惑に負けているような感覚を受けながらも、華二の方を見た。

 紛れもなく、嘘偽りのない表情でこちらに訴えているのだ。

 彼女はずっと自分の味方でいてくれそうだと思わせられてしまう。


「そうだな、お前の方へ行った方が、案外楽しいのかもな……」


 ——割り切って考える方が楽かもしれない。

 そうだ、いつだって俺はこんな争いが嫌で、平穏を望んでいるのだ。

 だったら話は早いと思い、彼女に手を伸ばそうとした——その時だった。


「や、やめなさいよ——っ!」

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