第30話 刹那の訴え
「——うぁっ!?」
ドスン。突如、刹那が風浪の横脇腹からタックルをかましてきたのだ。
華二が驚いた顔をしながら視線を移す。
そして、華二の前に立ちはだかった刹那は言い放った。
「ふざけないで、たった数ヶ月しか関わりのなかったアンタに、コイツの何が分かるって言うのよ!」
風浪はその言葉に申し訳なさを感じると同時に、彼女を制止しようとした。
「や……やめてくれ、これが本当の俺なんだ。救いようのない俺の問題で——」
「うるさい、アンタは黙ってなさい!」
耳を劈くような声で、刹那はピシャリと風浪の言葉を妨げた。
会話の邪魔をされた華二は黙っていない。
「あー風浪くんの女気取り? ……めんどくさ、重たいしつまんない、気持ち悪いよ」
「騙されないで風浪、アンタは悪い奴じゃない。良いところはちゃんと分かってるの!」
「それがかわいそうなんだよ。下手に持ち上げて、過度な期待をさせられた人の気持ちを少しは考えてあげたら?」
女同士の痴話喧嘩が始まるも、風浪の話ばかりだ。話題の中心たる風浪は、黙って見ている事しか出来ないでいた。
口喧嘩の流れは華二に分があった。華二は慣れているのだろうか、刹那が何かを言うたびにその欠点を指摘し、言い負かしている。
わなわなと震えながら華二を凝視している刹那がそこにいるのだ。
「せ、刹那……もう……」
可哀想に思えた風浪は、刹那に声を掛ける。
しかし、意地でも勝つまでやめないらしい。
「あんたには分からないでしょうね、いつも風浪がしている事が……」
敗北濃厚の刹那は、最終手段とばかりに何かを切り出そうとしていた。
「え、なになに聞きたーい。アンタの妄想劇でも始めちゃうの?」
煽る華二。それが刹那に油を注ぎ、足を一歩踏み出させる。
そして、とうとう言い出した。
「風浪はね……いつも横柄で贔屓ばかりする先生からの嫌われ役を買って、クラスの皆から守ってるの……!」
「……え」
——何を言っているんだよ。
確かにそうかもしれない。けれど元々、嫌な教師だなって思ってたのに加えて、俺の口が悪いから自然とそうなったんだ。結果的にそうなっただけで、何も引き受けては……。
風浪はそう思うも、止まる事無く刹那は口火を切るのだ。
「ダメな所だって知ってる。寝不足を言い訳に、調理実習みたいな行事にはとことん参加しないの。自分がいたら邪魔だろ……とか言って、バカじゃないの」
——嘘だろ、俺がいつも学校をサボる理由を知っていたっていうのか? 確かに、俺がいると皆が委縮する……あの空気がすごい嫌なんだ。でもやめろよ、そんな、俺のやっている事を肯定するような……。
「それでね、悪い子たちに掃除を押し付けられた子の為に、一緒に掃除当番をやっちゃう……そんな馬鹿で、不器用で、どうしようもないオタンコナスなの、だからね——」
——そうだ、可哀想な女を見つけてしまったとばかりに動いてしまった。一人で掃除して笑われてる華二を放置できなかった。そして、刹那の約束もほったらかしにしたんだ。
でももういいだろ、こんな事、気付かれなくたって……
「言うな、これ以上は……っ」
刹那はなりふり構わず言っているわけではない。彼女には今、何かやりどころのない怒りや罪悪感が込み上がっているのだ。
だからこそ、風浪は止めて欲しかった。隠していた想いを晒されると、いたたまれない気持ちになってしまう。
だが、刹那は風浪の確信を突いてくる一言を叫んでしまった。
「風浪は、皆の平穏を願っちゃう、根暗で不器用な私の、私の……大事な幼馴染なのっ!」
彼女の叫びが虚しく木霊する。
一方、風浪の心は激しく揺さぶられた。
「……アンタみたいな可哀想な子、風浪が放っておくわけないじゃない。でもだからって、風浪の優しさを利用しないで! 自己中心的で、周りを俯瞰しているだけのアンタには、風浪の気持ちは絶対に分からない……!」
「知ってるよ……だから何が悪いの? 勘違いして何が悪いの……ッ!」
刹那が声高に主張する一方、華二は眉間に皺を寄せている。
認めたくはないが、風浪は華二に同情をしていた。
孤独を嫌がる華二の誘いに乗れば、彼女は満足し、皆が助かる……華二を説得するのは後で良い、そう思ってしまったのだ。
だから悟られないように、自分の感情を殺し、
「風浪の優しさはいつも行動の中にあるの! 誰にも気付かれないなら、私が気付いてあげる……誰が敵になっても私が味方でいる、だから……!」
「うるっさいなぁ、さっきから黙って聞いていれば——ッ!」
華二が敵意を向けるも、刹那は臆さない。風浪の事を第一に考えてくれている事が痛々しく、自惚れと勘違い出来ない程に彼女の想いが伝わり、胸が締め付けられそうだった。
そして、刹那は嗚咽を漏らし、風浪の古傷を抉るような慟哭を放つのだ。
「今まで何があったか知らない。理解できなくってごめん……だけど風浪を、そんな暗い所に連れていかないで! 陽の当たる所にいないと……もう誰も風浪の事を見なくなっちゃう! これ以上、余計な事をしないでっ!」
刹那が言い切ると、華二が右手を振り下ろす。
そして、風浪は即座に駆けた。
「せ、刹那ぁ——ッ!」
風浪は身体に鞭を打ち、火の光を目指す羽虫のように飛んでいく。
酷く温かく、燃え尽きそうな刹那の元へ。
——俺は誰にも自分の事など分からなくていいと思っていた。いじけたりもした。
けれど違う。彼女だけはずっと、自分を見てくれていた。
俺は強くなんかないんだ。本当は、刹那みたいな強くて優しい人になりたかったんだ。とても怖い者知らずで、誰かの為に動ける少女に、憧れたんだ……。
「……ごふっ」
風浪は身体を大の字にして、狂獣からの一撃を受け止める。
ぞっとするような不快感で全身が粟立つ。目で見るより先に、何が起きたか察したのだ。
肩から濡れた音を立てて血が地面に落ちる。身軽で足元が浮付いてしまうも、胴体はちゃんと繋がっている。だが、全身の関節がガタつき、目から滴る血で視界が赤く染まる。他にも身体中の負傷を数え上げればキリがない。
……
「はは……助かったな、刹那……」
「ふ、ふうろう……? え、どうして、なに、やってるの……?」
「ごめんな……身体が、勝手に……うごいて……」
刹那は目を丸くして血の気が引いた表情をしている。
一方の華二は——
「え、なんで、なんでなんでなんでなんで……なんでそんな女を助けるの、私と一緒に、一緒にいてくれるはず、だったのに……なのに、なのに、なのに、あああぁぁぁぁあぁぁっ!!!」
屋内に華二の悲鳴が木霊した。
すると、間髪入れず狂獣が暴れ出す。
「ああぁぁぁあああぁぁぁっ、どうしてどうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてッッッ!!!」
歯止めの利かない狂獣の動きは、華二の悲しみに共鳴するようだった。
このままでは刹那にも被害が及ぶ。
そう思った風浪は、刹那を逃がすべく最後の夜力を捻り出した。
「ころ……さ、せるかよ……
僅かに残った夜力で
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