第31話 ファーストキス

 ……そうだ、俺は自分という存在が許せなかった。

 こんな力を持ってしまったばかりに、十三血流だかワケの分からない一族に生まれてしまったばかりに、刹那が巻き込まれたのだ。

 だから、誰も巻き込まれないように戦いを終わらせようとした。

 誰にも気付かれないように。

 俺は、本当は良い奴なんかじゃない。力を持った以上、やらなければならない事をやっているだけなのだ。


「風浪っ……血が、傷口が……っ」


 そんな回想も、刹那の声で一時停止する。

 狂獣から退いた風浪たちは、コンテナの物陰にて身を潜めていた。

 幸い、風浪が放った技のおかげで辺りに土埃が立ち昇り、匂いや気配を隠すのに役立っている。しかし、居場所がバレるのも時間の問題であった。


「はぁはぁ、刹那は逃げろ。ここは俺が……」


 最早、激情に駆られた華二との交渉の余地はない。

 刹那を諭して、風浪を置いて行けと言っているのに——


「こんな大怪我して何言ってるの、冗談はやめて!」


 刹那は肩を震わせ怖がっているにも関わらず、聞き分けが良さそうではない。

 そりゃそうだよな。やっぱりお前は俺の知っている刹那だなと、風浪は理解した。

 けれど、今の風浪は何故か強気だった。


「大丈夫だ、お前の逃げ道も、あの二人を助ける手段も思い付いたんだよ。だから……」


 なんだか刹那が近くにいると、何だって出来そうな気がする。

 それが今の風浪の感想だった。

 しかし、彼女は泣きじゃくって、怒り任せに風浪を抱きしめてくる。


「嫌よっ、誰が行くのよ!」

「はなして、くれよ……いたいんだよ……」


 悲痛な願いさえも刹那は聞き入れてくれない。

 その理由を、悲しみに明け暮れる彼女は、嗚咽混じりに答えた。


「だって、だって……アンタが今出て行ったら、みのりちゃんだって助けようとしちゃうじゃない!」


 ——だってよ。

 図星を突いてきたのだ。あぁ……なんて嫌な女なんだよコイツは。俺のしようとする事イチイチ見抜いてきやがって……。

 刹那といると、本当に気を失っている場合じゃなくなる。


「はは……そんな、バカな……」


 そのまま風浪は刹那に抱き締められ、身体が動かせなかった。

 まるで人をダメにするクッション。温かく気持ちが良いのに状況は冬山の遭難並みの危機。身体が冷たくなるにつれ、徹夜明けの朝みたいに心地良い意識の薄らぎを感じていた。

 そして、走馬灯そうまとうのように風浪の頭の中で声がするのだ。


『アンタにはわかんないでしょうけど、あれ女子の間では感動シーンなんだからね!』


 ——記憶の中の刹那か、懐かしいな。

 そういや、こいつから借りた小説に妙なシーンがあったっけな。女の子ってあぁいうシーンが好きなんだっけ? 良さは全くわかんないけどさ、俺も一応異性なんだから……そういうの見せられると恥ずかしいんだよな。


『そう……キスなのですっ!』


 ——ライラめ、また俺にふざけた事をぬかしやがる。

 誤解を生むからやめてくれよな……でも、そういうお節介も今じゃ懐かしいっていうか。


『こういうの、刹那ちゃんにやってあげたら? 好きだと思うよ』


 ——最後に水無瀬の憎たらしい顔が思い浮かぶとは、一発殴っておけば良かった。

 はぁ……嫌な過去ばかり。どれも後悔に変わる光景ばかりだ。

 そんな時に、一番不愉快な言葉が聞こえてきた。


「ごめんね、気付いてあげられなくて……」


 風浪はカチンときた。

 ムカつく、腹立たしい、頭に血が昇る……どの言葉も適さない怒りが込み上げてきて、無性に自分が情けなくなった。


 ——ごめん? それってどういう意味のごめんだよ、まるで刹那が悪い事をしたみたいな言い方、そんなエゴな考え、こんなの俺が報われない、無駄死にじゃないか。


「……っさい」


 ——たとえ、俺の行動が無駄だったとしても、無価値にはさせたくない。

 そう、俺もエゴの塊だ。こんな時でさえ、俺は自分の欲求に忠実になってやる。

 だから、そんな彼女に言ってやった。


「——うるさい口だな」


 そう言い、刹那の口を塞いだ。

 ……風浪が抜粋したのは、一昔前に流行った乙女の嗜み漫画の、今もなお語り継がれる名高い台詞。世の人々に謝った認識と、解釈が為されたそれは、とても汎用性に欠け、まともな使い道がない一言。今時の中学生でも使わない。

 しかし、風浪たち二人のセンチメンタルな感情下では、限界的な環境下では泥沼よりも深く、パンチの利いたスパイスのように、心に突き刺さる。


「んっ……!」


 刹那は涙目でこちらを受け入れた。きっと想いは伝わったのだ。

 微睡みの中で、空想の物語を思い浮かべる。何かで聞いたお伽噺、ダメな王子様と悲劇のお姫様。ずっと一緒だった風浪たちは、痛くて苦しい中、小さな世界で一時の愛を育む。

 そして、今だけは彼女と共に果てても良いと思えた。





 …………



 ……





 ——あれ、俺は何をしているんだ?

 先ほどと映像が変わらない。身体は死滅し、意識は無念にも天高く昇っていったハズ。

 どうして今、まだ刹那が……俺を抱きしめている……?


「うっ……⁉」


 風浪の身体に何か異変が起きていた。


 ドクンと心臓が跳ね上がるようにバクつく。血が全身に巡り、身体中を蒸気で包まれたような熱さが体内を駆け巡った。夜の気が足りない、身体がそれを欲しているのだ。

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