3章:手詰まり

第17話 クラスでの風浪

 昼休みも終わりを告げ、5限の授業が始まった。


「よ、夜ノ森君……こ、これ貰うね」

「あぁ分かった」


 と、おどおどと声を掛けられてしまう。

 俺は普通に相槌を打ったハズだが、相手には委縮されてしまった。


「グループワークねぇ……」


 誰にも聞こえないように愚痴を漏らした。今回、家庭科室にて調理実習が行われるのだ。

 これに関して、教師は放任主義である。いかに生徒の自主性を伸ばすか……という趣旨の元で行われているが、実際、自主性の意味は軽んじられているような気もする。


 まぁ悲しい話だが、俺は誰からのサポートも受けられないワケだ。

 皆、俺に対して機嫌を窺ったりして意見を出そうとしない。かといって、俺が何かを言えば皆引っ込んでしまう。俺は何かしたのだろうか?

 そう思っていると、俺の前に座る男が俺に言ってきた。


「夜ノ森、もう少し優しい言い方は出来ないのか?」


 彼の名前は会田優作あいだゆうさく

 俺の班の中で一番俺に話をしてくれる奴なのだが、触れモノを扱うような喋り方をされてしまう。やはり、普段から周りと打ち解けないせいだろうか。

 それとも俺がちょっと協調性のない思考のズレた人間という事もあり得る。だが、最初の一段階から俺の不満は溜まり始めていったのだった。


「分かったって、じゃあさっさと終わらせるぞ」


 まさか、この態度が俺を不運に見舞うことになるとは思いもよらなかった。



 ◆◆◆◆



 調理実習を終え、移動教室から帰って来るや否や、風浪の教室はざわついていた。


「なんだ……?」


 すると、男の声が聞こえてきた。


「誰だ、俺の財布をパクった奴はよ!」


 どうやら、男子生徒の財布がなくなったらしい。風浪は関係ないと思いつつも、何故か自分のことを見ている気がして落ち着かない。


(……まさかな)


 気にするまいと自然に振舞ったのだが、その予感はすぐに的中してしまうことになる。


「おい、お前! 俺の財布盗んでねぇだろうな!?」


 突然、会田が風浪の元に怒鳴り込んできたのだ。しかも犯人扱いされている。

 風浪は何もしていないというのに。むしろ被害者だというのに。


「いっつも遅刻欠席してるから怪しいんだよ。誰ともつるまないし、普段から何を考えてるのか分からないお前は疑われて当然だろ」

「待てって、俺はやってねえよ」


 そう言いながら、周りの目を見る。まるで自分が悪者のように扱われているではないか。

 空気に流され、周りにいる人間は誰もが風浪を疑っていた。

 ──すると、ある少女がやってくる。


「ふ、風浪……」

「刹那……っ」


 彼は思った。

 そうだ、刹那ならよく俺を見てくれている。移動中だって目があったし、何より自分がこんなことをするとは思ってはいないだろう。

 そう確信めいていたのだが


「ちょっと、まさか本当に盗んだんじゃないでしょうね……?」

「……えっ」


 それは辛辣な言葉であった。

 本来擁護してくれる側の人間だと思っていただけに、風浪はショックを隠せない。


「……そんな事あるわけないだろ!」


 だが、その気落ちした声を彼らは見逃さなかった。


「あぁ? 今更シラを切るつもりかよ!」

「な、何言ってんだよ、違うっつってるだろ!」

「だったらなんだ今の反応は、図星だったんだろ」

「ぐっ……」


 流石に女の事で気を揉んだとは言えない。

 なので、苦しいながらも思い当たる節を告げた。


「最後に鍵を掛けた奴は誰だよ、そいつが最後に出た奴を見たんじゃないのか」


 しかし、その人物はこう言うのだ。


「わ、私たち二人で鍵を掛けたけど、そんなことする人いなかったよ……」

「そうよ、人気が少なくなったところを器用に取ったんじゃないの」


 風浪は反論され、またもや疑われる空気になってしまった。


「(どうしてこうなるんだよ……)」


 風浪はクラスの誰の事も嫌いではなかった。

 しかし、皆が風浪の事を敵視している。そういう風に見えて仕方なかった。


「(俺だって好きで、こんな事をしているわけじゃないのに)」


 ゲームに参加させられた風浪は、人とは異なる生き方をしている。故に、生活リズムは崩れて素行不良生徒となってしまった。

 また、誰かと関われば刹那のように狙われてしまう。そういう被害者を増やさない為に、風浪はあえて孤独を貫いていた、ただそれだけなのに


「(あぁ、こんな奴ら守ってやる必要なんてないのかな……)」


 濡れ衣を着せられ、諦めと同時に、遂に我慢の限界が来た風浪は、感情に任せて手が出てしまった。


「——んなッ!?」


 ガタンッ、ガタガタッ!!

 風浪が机を蹴り飛ばすと、勢いで壁に激突してしまった。


「いいぜ、俺の荷物好きなだけ調べてみろよ。それで何も無かったらお前……どうするんだ?」


 挑発と共に一瞬、静寂が訪れる。だが、それを破ったのは会田である。


「テメェッ! ぶっ殺してやる!」

「殺す……? ははっ、上等だ。やってやるよ」


 もう止まらない。怒りを抑えきれなくなった彼は、思わず手を出してしまう。

 ——その時だった。


「ねーえ、どうしたの~??」


 一人の女子生徒が、二人の間に入って来た。

 その生徒の名は華二だった。彼女は皆に何かあったのかと聞いている。

 その表情はいつもの明るい笑顔ではなく、真剣そのもので凛々しい顔つきをしていた。


「あっ、華二ちゃん。実は会田くんの財布が無くなってさ」

「それで、この人が盗んだんじゃないかって話になってるんだ、ふーん?」


 華二は納得しつつも、教室の雰囲気がおかしい事に気づいた。

 そして、皆を言い聞かせるように言うのだ。


「ていうか、ちょっといいー? 夜ノ森くんだけ疑うの可哀想だし、皆で持ち物チェックしよーよ。そしたら平等じゃんっ♪」


 華二の提案により、クラスメイト全員で持ち物検査が始まった。

 ……そうして、風浪の疑いが晴れる事となる。

 何故なら、風浪の鞄やロッカーには何もなかったからだ。

 また、複数名の鞄からは教科書やノートだけでなく、体操服なども無くなっていた。しかも、ご丁寧に名前の刺繍までも消えている。


 結果として、風浪は何もしていない事が証明されたが、不気味な事件が起きたという事実だけは拭い去れない。

 そして、それを解決した本人である華二に対し、クラスの女子は厳しい目を向けたままだった。


 ◆◆◆◆


 そして放課後、風浪は帰ろうとした所を華二に呼ばれた。


「ねー、今から帰りー?」


 周囲がこちらを見ているので、無視するのも悪いと思い風浪は返事をした。


「あぁ、じゃあな」

「冷たっ⁉ 普通なんで? とか聞き返さないかな?」


 確かに、普段の風浪ならばそんな事を聞き返すだろう。だが、今は疲れていた。それに華二は何か用があるらしい。なので風浪はこう返した。


「分かったよ、どうしたんだカニ公」


 まるで何事も無かったかのように、気だるげな態度で華二に反応してあげると耳打ちをした。


「前の日直掃除の時の借り、返して欲しいなぁー?」

「借り? 何の事か覚えてないな」


 掃除から逃げ出して先に帰った事は覚えている。

 また、華二はこんな事も告げてきた。


「今日の通学路で、私に何したっけなぁ~?」

「……何をしたんだろうな、普通に登校しただけだが」


 エロい声を上げさせた事は覚えていて、反省はしている。

 そして、最後に風浪の弱味を突いてきた。


「盗難事件で助けてあげたのは、どこの誰だろうなぁ~?」

「……そうだな」


 後ろめたさのあまり、風浪は同調する。

 そんな彼の様子を窺うかのように、上目遣いで質問をしてきた。


「そうだねそうだね~~うん、ところで風浪くんって放課後は空いている人なのかな? 私に付き合って欲しいんだけど都合の良い人かな、かな?」


 何のつもりかは分からないが、要求があるのは確かだ。

 しかし、藪蛇を突くかのように、風浪はこんな事を尋ねた。


「空いてない、無理だ。と言ったらどうなるんだ?」


 そう言った瞬間、華二は息を大きく吸い込んだ。


「ええーーーーっ、風浪くん私と二人きりの時に酷い事したのに責任も取ってくれないのね、今日の朝私の身体を弄んだクセにまだ足りないっていうの、私が許したからとはいえ、やっていい事と悪いことが——」

「あああああああーやめろ、やめろっ、きいてやるから」


 大きな声で誤解を招く言葉を発するので、風浪は必死になって止めた。

 すると、我が物顔で華二は言う。


「あのねあのね、私ちょっと行きたい所があるんだ。風浪くんに付いてきて欲しいの」

「おうお前の為ならどこにでも付いて行ってやる、だが二時間限りな」

「まだ条件を指定出来る立場だと思ってるその太い神経はすごいね! 将来大物になれそうな風浪くんありがとーっ、じゃあ後で連絡送るからスマホ貸して、ラインしよっ♪」


 そう言って、華二は風浪のポケットに手を突っ込み、スマホを取り出す。手慣れた操作で通信連絡アプリを開くと、素早く自分の連絡先を入力するのであった。

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