第18話 華二の誘い
華二が去った後、また風浪の嫌いな放課後がやってきた。
目的の場所へと向かう為に、生徒たちのせせらぎに紛れて教室を出る。
面倒な気持ちを抱えたまま、こっそりと目立たぬように人通りの少ない廊下を選び、早足で下駄箱の所まできた。
今、誰かに会いたい気分ではないので、万が一の為に動いた結果なのだが——
「あ、ねぇ、風浪」
「っ⁉」
ほらみたことか、と言わんばかりに現れたのは刹那だった。
何かとんでもない運命に引き寄せられたかのように、必ず現れる。
彼女の表情はやや紅潮気味、駆け足できたのだろうか。
一応、教師や水無瀬とかに出くわすまい、と選んだ行動だったハズなのだが……。
「ん、何か動揺してない? タイミング悪かった?」
「いや、別に……刹那が突然現れたから」
そんな物言いに、刹那は頬を膨らませる。
「突然って仕方ないじゃない、ホームルームが終わるなり風浪がさっさと教室を出て行っちゃうから……」
眼を泳がしながら、歯切れの悪い返事をしていた。
彼は今すぐに「俺に何か用か?」とフォローしてやりたいところだが、今刹那に構う時間がないのだ。
そんな時に、別の声が現れる。
「おや、センパイ見つかったんだ」
ヘラヘラと、楽しそうな調子でこちらにやってきたのは、水無瀬だった。
何か意図的なモノを感じ取り、風浪は彼に尋ねる。
「見つかったって、お前が風浪を売ったのか?」
「売っただなんて人聞きの悪い事を言うなぁ……僕はただ最近、物騒だなぁと思って優良物件を提示してあげただけさ」
そんな水無瀬の助け舟に、刹那は飛び乗った。
「え……そ、そう! ニュースでやってたの、夜道で人が襲われる事件とか、獣が山から降りてきたとか……!」
水無瀬が刹那を手玉に取っているのだろうか。彼女は慌てふためき、歯切れの悪い言葉を並べている。しかしまぁ、何か世話焼きに来たのだろう事は分かる。
「あーまぁ、確かに危ないよな」
刹那の意図が分かるからこそ、穏便に物事を済ませたい。
そう思って、彼女の意見に同調し、こう返した。
「けど、まだ明るいから平気だ。アレは大体夜中に起きているらしいからな」
「分からないよ、夜じゃなくても昼間襲うかもしれないし!」
それも一理ある。けれど、風浪は断るつもりだ。
「じゃあ他の奴と帰ればいいだろ、なんで風浪なんだよ」
「他の子は部活があるから一緒に帰れないのよ、冷たい事言わないで一緒に帰ってよ」
なんて、今日の刹那からは少し強引さを感じた。
……どうして今日に限って執拗に集団下校を望むのだろう。
別に嫌な気はしないし、むしろ一緒に帰ってやりたい。
「(かといって、風浪が親切に刹那の意向を汲み取るわけにもいかないしな……)」
何故なら、今日の放課後はカニ公との用事があるのだ。
こんな事に誘うわけにもいかないし、二人の関係性の知らない風浪が二人の仲を取り持てる気はしない。
しかも、刹那にそれを伝えて妙な誤解をされたくない。これは彼女の妙な心配を植え付けるきっかけにもなりかねないので、どうしても言いたくないのだ。
しかし、それを見透かしたかのように告げる声が一つ。
「あーれ、なんだかセンパイは刹那ちゃんと帰りたくないみたいですねー?」
この世に顕現した悪意が口にする。お前、ホント黙ってろよと心の中で思う風浪。
「いや、そういう訳でもないが……」
風浪はあくまで虚勢を張るが、それを面白いと捉えた水無瀬が追い打ちをかける。
「でも、センパイって友達がいないですよね。帰って何をするんですか?」
「妙にムカつく言い方だな。色々あるだろ、ゲームとか、読書とかさ」
だが、水無瀬は手厳しい意見を出してきた。
「くすくす、それって予定の内に入らなくないですか?」
笑いを誘う為に言ったワケではないのに、水無瀬は嘲笑している。
この手の話は、伝わる人間と伝わらない人間がいるので、丁寧に説明した。
「入る奴には入るんだよ。ほら、新作のゲームを買ったら今すぐにでも帰ってやりたくなる。そういう事もあるだろ? つまり自分の時間が欲しいんだよ」
風浪の中では、ここで話は終了する予定だったのだが、水無瀬は揚げ足を取ってきた。
「でも、その言い方だと別に時間がないワケではないんですよねぇ?」
「あん、何が言いたいんだよ?」
若干イラつきながら返事をした。
そして、水無瀬は薄く笑い、探ってこようとする。
「刹那ちゃんと帰りたくない理由って、なんなんですかねぇ……?」
「……とにかく、一人になりたい気分なんだよ」
そう主張すると、水無瀬はニタリと笑って風浪の耳元で囁いた。
「へぇ、じゃあ僕が刹那ちゃんと一緒に帰ろうと思うんですけど、どうします?」
「……っ⁉」
——我慢の限界だった。
水無瀬の巧みな口車に乗せられ、言わざるを得なくなりそうだ。
こうなった以上、後々に刹那を怒らせる原因にもなりかねないので使いたくはなかったのだが、風浪は強硬手段に出てしまった。
「る、るっせえな……風浪は一人で帰りたいんだよ、じゃあな!」
「あ、風浪……」
ちょっとした嫉妬だ。風浪は二人から踵を返し、さっさと校門を抜けて駆けていく。
罪悪感に苛まれないように自分の中で必死に言い訳を作った。
「(そうなんだよ、風浪は一人になりたいんだよ。褒められたりもしたくないし、貶されたくもない。常に平穏な生活を送りたいはずなのに、どうしていつもこうなるんだ。あぁ、まったくどいつもこいつも……)」
そして風浪が去った後、水無瀬が口にする。
「早く素直に謝っちゃえば良かったのに」
その言葉に対し、刹那は黙ったまま何も言い返せなかった。
◆◆◆◆
足を延ばすこと、十数分。住宅の密集地から抜けると、広い視界が訪れる。
繁華街——商店街にも隣接する場所であり、曜日を問わず常に人で賑わっていた。
まだ学校も終わったばかりだが、もうそろそろ帰宅途中に足を運ぶ学生で彩られる場所となるだろう。
そこで、風浪はスマホを取り出した。
「ええと、確かサルのモニュメント……だっけ、これか」
位置情報を確認しながら模索すると、すぐに目的地は見つかった。
サルのモニュメントだが、ここは待ち合わせの場所としてよく使われている。
しかも、GPS機能を使ったスマホゲームでのスポット、つまりゲーム内アイテムの収集場所として登録されているのも有名であるのだ。
「へぇ、これ某経営者のペットだったんだ」
ちなみに、このサルは過去の偉人が連れたペットで、商売繁盛の神として商店街で讃えられている。いわば、神様のようなモノだ。
しかし、それに対する信仰心は年々薄れていき、ゴミがその辺に置かれたり、コケなんかも生やしたりしていてあまり手入れが為されていない。
「タピオカの飲み残しまで……今時だなぁ……」
感慨深げにその有様を眺めている。
風浪にはどうも分からないが、人は誰かと一緒にいると、モラルが下がり、悪事への抵抗がなくなるらしい。難しい言葉を用いれば『集団浅慮』、身近な所で例えると学級崩壊。
集団でいると、良い事と悪い事の区別が付かなくなるらしい。そこには『楽しければそれで良い』という思考が介在するのだとか。
「これが俺が疑われた原因……だとしても、そもそも俺が妙な事をしているから悪いんだ」
一人で行動をしていると、世俗には疎くなる。昔は色々な友達がいて、他クラスの事とか、友達の恥ずかしい噂とか、すぐに流れてきたものなのに。
一度だけリーダーなんかもした事がある。クラスをまとめる代表なんかを決める時には皆がこぞって風浪を指名したものだ。あの時は一番輝いていたと思う。
「どうして、こうなっちまったのかね……」
栄枯盛衰はこの世の常。盛者必衰の成れの果てとして、風浪は意欲的な活動を避けてしまった。ただ、風浪は平穏に生きようとしているだけなのに。
寂寥感に身を委ねていると、風浪は背後から近寄る気配に気付けなかった。
「わ……わわーーっっ‼」
「おわっ⁉」
交感神経を逆撫でされたように、身体をビクつかせてしまった。
スマホを片手に頭からぶつかってきた少女——華二みのりだった。
「あはは、こんな間抜けな風浪くん初めて見たよー」
「うるさいな、お前が突然驚かしてくるからだろ」
「ごめんごめん、スマホのゲームしてたらまさか風浪くんにぶつかっちゃうなんて」
舌を出しながら頬をポリポリ掻いている彼女に、風浪は溜め息をつきながら注意した。
「それが謝る態度かよ、これが他の人だったらどうしてたんだよ」
「でもぶつかったのが風浪くんだったから、運命だよね」
「じゃあここでお前をシバいても運命で済ませてくれるか?」
「まさかのモラハラ男、刺激的だね!?」
思いがけず、風浪は刹那との邂逅を想起した。
そこで即座に、運命なんて無ければいいのに、と思ってしまったのだ。
「(あいつに出会わなければ、こんな気持ちにはならないのに……)」
だが、風浪の気持ちもいざ知らず、華二は言うのだ。
「ま、とにかくごめん、許してね♪」
首を傾げ、ウインクしながら掌を合わせる。あまり反省する気がない事が伺えた。
むしろ清々しいくらいに眩しい笑顔を見せつけてくる。
「何がそんなに楽しいのやら……」
そう嘆息すると、華二はこちらを観察し、話しかけてきた。
「ん、風浪くんなんか元気ないね、どうしたの、私で良かったら聞くよ? 話せそうな事?嫌な事でもあったの?」
ヤケに優しい友達のお母さんみたいな事を言ってくる。
そして、続けざまにこう言ってきたのだ。
「おバカな子たちに濡れ衣を着せられて嫌な思いしたんだよね? 私ずっと見てたよ、話聞いたげるよ?」
「……って、え?」
歯に物を着せぬ言い方に、聞き返してしまった。
「だから、風浪くんってば、クラスの子達と気が合わなさそうだから大変だなーって思ってるの」
そんな風浪の立場を憂いた言葉に、自分の口が塞がってしまう。
華二もクラスで浮いた風浪に絡みかけてくれる一人であった。風浪は徹底的に拒絶反応をしてるのに、どうして自分なんかを気に掛けてくれるのか。もしかしたら、本当の彼女は優しくて器のデカい人間で——
「……んなわけないか。悪いな、気を遣わせて」
そう、自問自答した。
「え、別に使ってないよー?」
華二は、物珍しいモノでも見るような目で、こちらを見ている。
これ以上踏み込むと、余計な事を話してしまいそうになるので、風浪は話を切り替えた。
「ところで、どこに行きたいんだ? 今日はさっさと帰りたいから一時間くらいで帰れる程度で頼む」
「おっけー☆ じゃあ行くから、ついてきてっ!」
「お、おう……?」
刹那の華奢で温もりのある手が、風浪の手を掴んでくる。
引く力は弱いものの、心だけは何故か力強く抵抗出来ないでいた。
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