第19話 デザートパラダイス

 華二に手を握られ、やがて掌からじんわりと温もりが溢れてくる。陽気さを失いつつある夕方頃の気候においては丁度良いのだろうか、風浪はその手を何故か離せないでいた。

 そのまま歩き続けること数分、とある店へと辿り着く。


「デザートパラダイス……?」


 入り口が逆U字型のトンネル、看板には英字で『デザートパラダイス』という文字が取り付けられている。どこか女の子ウケしそうなポップな色合いと飾りを前に、風浪は若干の抵抗を隠せないでいた。


「なぁ、もしかしてここに入るのか……?」

「そだよぉー、風浪くんはここに来るの初めてかな」


 まじまじと尋ねる風浪に、にんまりとした顔で尋ねてくる。

 振り返った所で、彼にとっての邪悪で病的な店の外装は変わりそうにない。それほどにまで、風浪は不健全溢れる建物に見えたのだ。


「見た感じ、女の子御用達のお店に見えるな」

「そうかなー、カップル客もそこそこいるよぉ?」

「日本語大丈夫か? 俺はそういう回答が欲しいワケじゃない、ここは女の子専用のお店じゃないかと、そう尋ねたんだ」

「あぁ、確かに異性の服屋が集まる商業施設の階層を歩くのは難しいよね。でも君は一人じゃない!」


 鈍感なのかわざとなのか、見当違いな返事ばかり寄越してくる。

 華二にはあまり回りくどい言い回しは効かないらしい。


「オレハイリヅライ、ソトデマツ、ジャアナ」

「どうして片言で、日本語の喋れない外国人に配慮するような喋り方するの?」

「入りたくないからだ。大体なんだこのピンクは、ポルノか?」


 ピンク……『優しさ、可愛らしさ』のイメージを持つ女性的な色。

 しかし、それも度が過ぎれば『色っぽさ、卑猥さ』を併せ持つ。星の消えた夜に、欲に溺れた悪い子たちのイメージカラー。不道徳的な行為を働きかけられる前に、己の品位を落としてはならないという重圧が風浪にのしかかったのだ。


「そう思うのは最初だけだよ。第一さ——」


 今の風浪は、自らの純潔と純粋さを重んじる固定観念の強いお爺ちゃん。またの名を、現実という名の怪物と戦う風浪。

 ……仕方なくは来たが、自分はこんな食と欲を満たし、彼女の好感または親密度を上げにきたワケじゃない。やっぱり彼女を放って帰るべきか。

 そんな事を風浪が考えている最中、華二はそんな風浪をぐいぐいと手を引っ張りながら、風浪の悩みの種を暴いてきた。


「——悩んでる風浪くん、放っておけないよ」

「……え?」


 不意を突かれた風浪は、華二に身体ごと持って行かれる。

 そして、そのまま店の中へ連れていかれてしまったのだった。


 ◆◆◆◆


「二名様ですね、ご案内しまーす」


 0円スマイルとハキハキとした口調で、店員は二人を席へと誘導した。

 店外から見た通り、やはり内装も甘ったるいお菓子の家みたいなデザインだ。

 座席や椅子は洋風、それでいてカラフルで、目まぐるしいほど色彩豊かな装飾に溢れており、圧倒されていた。

 そして、席に座るなり、華二は風浪に尋ねてくる。


「ねぇねぇ、ここのシステムはもう知ってる?」

「さぁ……来たことないからな」

「じゃあ初心者狩りされちゃうね、じゃあ私がイチから教えてあげないとっ♪」


 物騒な事を吐きながら、華二は腕まくりをする。


「あそこにデザートが並んでるのが見えるよね、九十分の間で置いてあるものを自由に食べても良い仕組みなの。それだけ、分かるよね?」

「そうなのか……すごく簡単だな、俺みたいなバカでも分かる」

「風浪くんのことバカなんて思った事ないよ! でも嬉しいな、私一回でもいいから誰かとここに来たかったんだ~♡」


 一回でも、という大袈裟な言い方にも引っ掛かる風浪。

 でも、どうせ誰にでも言っているのだから変に勘違いする必要もないと思い言った。


「まぁ、お前も友達いなさそうだもんな」

「ひどーっ、私だって友達の一人や二人いたもん!」

「なんで過去系なんだよ……いないって自分で言ってるぞ」

「はっ、しまった。彼女らには内緒にしていてくれって言われていたのに……!」

「はいはいそうか、お前の頭の中は色々と大変なんだな」

「えへへー、毎日が慌ただしいかもー」


 ここまで言われているのにも関わらず、彼女は楽しそうである。

 とんだマゾヒストだな……とノリでAV男優じみたセリフを言う前に風浪は立ち上がった。


「とりあえず、時間も押してる事だし取りに行こうぜ」

「そうだねっ、貴重品はしっかりポケットに入れておくんだよっ」

「お、おう忠告サンキューな」


 こうして、甘美な匂いで支配されたこの空間で、風浪はデザートバイキングに興じるのであった。


 ◆◆◆◆


 デザートは数種類ほどだろう……という風浪の初心者的予想は裏切られた。

 数十種類にもおよぶデザートの数々、それでいてドリンクも豊富で飲み放題。

 しかも、中央には滝のように流れ落ちるチョコレートの噴水が堂々と佇んでおり、フルーツをフォンデュ出来る設備まで置かれている。


「なっ……こんなものまで……!」


 更には、パスタも豊富である。甘いモノばかりに飽きれば別腹を刺激するのだ。

 しかも、そのパスタの食感も珍しい。もっちりと厚く、弾むような歯ごたえ、これはまた家庭では味わえないような新食感である。これは独自の工場で自社開発により製造された麺を用いているのだろう、市場には出せば売れ行きも良さそうだ。


「こ、このケーキの頂上に君臨せし果汁は、頼みの綱……救命ボート的な存在だ。緊張状態や感情的な場面において、理性を説いてくれる重要アイテム。それは、問題を素早く査定し、厄介な感情を切り離してくれる——」


 こうして甘いモノでお腹を満たし、食レポを挟んで自分の世界に入る事、数十分。

 ……風浪はえずくような声を漏らしていた。


「うっ……そ、そろそろ、限界、限界かも……しれん……」


 育ち盛りで年頃の男の身体とはいえ、胃袋にも限界はある。

 しかし、目の前の小柄な女子は苦しそうな表情を一切見せず——


「ふぇ、ひょうひたの、ろうふぇんはいにゃの?♡♡」

「お、お前マジかよ……」


 ——大量のスイーツたちが、みるみるうちに彼女の胃袋の中へ吸い込まれていく。

 そんな異様な光景に、男としてのプライドが壊されそうになる風浪。


 食べている時の華二はとても幸せそうで、子どものように頬を生クリームで化粧をしている。それだけ美味しいという事だろうか。

 毎回一度飲み込むと、身体をふるふると震わせながら瞼を閉じ、その余韻に浸るのだ。


「ぷはぁ……すっごい美味しいーっ☆」


 しかし、そんな感想とは裏腹に、風浪の胃袋は限界を告げているのだ。


「……悪いがもう食べれる気がしない」


 弱々しい声でそう言うと、華二は残念そうな表情を見せた。


「えーっ、食べ放題なのに勿体なーい。フルーツは食べたの? チーズフォンデュも、初めてきたんだから全種類食べて行かないと損だよ!」


 言わんとしている事は分かる。

 だが、風浪は既にこの甘味たちを味わう情熱を失ってしまった。もはや、それらを口に運ぶ作業と化しているのだ。

 このゴールが見えない繰り返しに終止符を打つべく、風浪は立ち上がった。


「元を取ろうする気概は評価するが……うっ、ダメだ、ベルトを緩める……」


 お腹が張り、話す事も辛くなってきたのでやむを得なかったのだ。

 それを見かねた同級生フードファイターは、手で目を覆い隠していた


「やっ……風浪くんこんな所でやだよ……」


 華二のベタな反応に、風浪は即座にツッコミを入れた。


「安心しろ、お前には興味はない」


 華二はちょこっと指の隙間から目を出してくるので、フォークを手に取る。

 けれど、そんな鬼畜じみた行為に至れるほど、風浪の身体は余裕ではなかった。


「……風浪はもう食えないから好きにしていてくれ」

「そっか、わかった! じゃあ私行ってくるから荷物見ててね?」


 華二はナプキンをポンポンと口元にそれを当て、クリームを拭う。

 そして、デザートの山へと旅立って行ったのだった。


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