第16話 協力者②

 屋上へ着くと広く澄み渡る空が目の前に広がっている。

 そんな爽やかな空模様には、日光が付き物だ。

 だから、風浪と鈴音は日陰に入り、腰を落とした。


「ここでならゆっくり出来るな」

「ラッキーだが、こんなに晴れてる時に誰もいないなんて勿体ないな」

「もしかしたら、誰かが気を遣ってくれているのかもな」


 なんて意味深な事を言うが、風浪は気に留めなかった。

 そして、鈴音は話を切り出してきた。


「ところで、この辺りで起きている事件を知っているか?」


 どこか含んだ言い方で、鈴音は話す。

 昨日の今日で、風浪と共通する話題と言えばこれの事だろう。


「……ゲームの話か」


 低く暗い声で言った。ここからはこちら側の話で、躊躇う事なく状況を晒せる。

 風浪がそう言うと、話が早くて助かるといった具合に鈴音の表情が緩んだ。


「ここ最近、戦いが苛烈さを増してきていて、昨日の魔物の行動がそれを物語っている。だから私としてそれを看過する事は出来ないと思い、昨日のように探っていたんだ。そうしたら分かった事があるんだ」


 風浪はゴクリと、生唾を飲み込む。

 そして、鈴音は意を決して口を開いた。


「——動物だけでなく、人を襲うようになってきているんだ」

「……ッ⁉」


 風浪の知らない所で、被害が広がってきている。

 もしかすると、刹那が狙われるのもその一部に過ぎないという事だろうか。


「異能蟲毒には一般人を襲わないというルールがある。それが今や、人々を騒がす要因となろうとはな……一体何者の仕業か、もしかしたら君の仕業じゃないかと勘繰ったのだ」

「それは違うな、俺は狙われている方だからな」

「そうだな、君だけは違うと信じている」


 それに対して、鈴音は風浪の身を案じるように肩を叩く。


「心配されるのはどうも癪じゃないな……それでアンタはずっとそれを追っていたのか」


 だから、風浪は話を戻すなりそう尋ねると、鈴音はコクリと頷いた。


「そうだ。まぁ、寝床が荒らされ迷惑していたから……というのもあるが、悪さしかねない奴らは片っ端から仕留めている。今の所、被害はあまり無さそうだ」


 その自信気な物言いに、どこか頼り甲斐がありそうだと感じた。


「だったら、野放しするワケにはいかないな」


 風浪の言葉に、鈴音が期待していたとばかりに反応した。


「良かったらなのだが……私と一緒に魔物を退治してくれないか?」

「え、一緒に?」

「そうだ、二人いれば心強いではないか」


 そうジッとこちらの出方を伺って、鈴音は力強くこちらを見ていた。

 裏がなく、正直な態度に風浪は圧倒されてしまう。

 そんなお願いは願ったり叶ったり、もちろん断る理由はなく——


「……もう魔物の住処は掴んでるんだろうな?」


 と、風浪は風浪なりに、快く申し出を受けた。

 理由は明快、自分を狙う奴に一歩近づけそうな気がしたからだ。

 その挑発にも似た質問に、鈴音は胸を張って答えた。


「もちろんだ、と言いたい所だが……恐らく私の寝床の近くに住んでいるという事くらいだ」

「手がかりのない俺には十分助かるよ」

「ふふ、君のような人間にそう言われるのは嬉しい」


 風浪は何よりも早く平穏を取り戻したいのだ。

 これが十三血流を倒し、異能蟲毒という殺し合いを無くすきっかけとなれば、それでいいと思っていた。


 そして、風浪は時計を見る。針は予鈴の五分前を指していた。

 話は随分と長くなっていたことに気付き、鈴音のお腹を案じてしまう。


「お昼、食べ損ねてしまったが大丈夫か?」

「大丈夫だ、お互いの事を知るには良い機会だったからな」


 鈴音は満足げに笑みを浮かべる。

 また空腹で怒られやしないか、風浪は気にしていたようだ。


「あ、そうだ君に渡したいものがあるんだ」


 そう言うと、鈴音はゴソゴソとポケットの中から何か一枚の札を取り出す。

 何かのまじないか、読めない文字が達筆で書かれていて、強い力を感じた。


「連絡を取る時にこれを使って欲しい」


 何やら用途の分からないモノを前に、風浪は困惑の色を浮かべてしまう。


「……スマホで十分じゃないのか?」


 しかし、そんな当然の疑問に鈴音は驚きの表情を見せる。


「何を言う、文明の利器とはいえ、誰かに傍受されるかもしれないではないか! 十三血流の中には、発明家といった科学に近しい者だっていたのだぞ、情報が筒抜けになったらどうする!」


 そうか、それはマズいな、と冷静に受け止める風浪。

 しかし、可能性の低い事象への危惧。便利な電子機器への信頼感のなさ。

 それらを総括すると、一つの疑問が頭に芽生えた。


「……アンタ、スマホ持ってないのか?」

「当然、持っているわけなかろう!」


 鈴音は腕を組んで堂々と主張したのでなるほど、と風浪は頷いた。

 家を出て山奥で生活をしているとそうなるのが自然か。

 なので、ここは先輩を立てるのが後輩としての役目であった。


「確かにそうですね、じゃあ先輩と連絡をするときはこれを使わせてもらいます」

「何故突然敬語になるんだ、気持ち悪い奴だな」


 風浪は少しだけ傷付いた、少しだけ。

 それよりも、聞かなければならない事がある。


「それで、これはどうやって使うんだ?」

「とても簡単、ただ念じるだけだ。その時の状況によって勝手に色が変わる」

「色?」


 すると鈴音が札に向かって念じると、その色は『黄色』だった。


「こんな具合に変わる」

「それってどういう暗号なんだ、お腹がすいたって事か?」

「馬鹿者、楽しいひと時を過ごしているっていう意味だ」


 い、いらねえ……と風浪は口にしかけた。

 何故なら、力を使ってポケベル並みの機能であるからだ。

 今の鈴音からは時代の逆行を感じる。何でも「手書きでやれ、その方が気持ちが籠ってるだろ」とかいうクソ野郎の気概さえ感じる。

 けれど、どんな機械製品も使い勝手が悪いのはどれも最初だけだ。慣れれば案外イケるかもしれない。そう思って風浪は尋ねてみた。


「ちなみに、他にはどんな色があるんだ?」

「寂しい時は『青』、危険が迫った時には『赤』、他には——」


 そうしているうちに、時間はあっという間に過ぎていく。

 ──だが、彼らは気付いていないだろう。

 この戦いで生き残ることがどれほど辛いのかを……。


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