第15話 協力者
突如沸いた奇妙な性衝動。
あれは冗談のつもりだったんだ……と風浪はイジメっ子の思想を頭に投影し、呟いた。
「大体、カニ公も大袈裟だ。女は些細な事で叫ぶから嫌なんだ」
そんな愚痴を漏らしていたら、時間はあっという間に過ぎていく。
四限の授業が終わる頃まで、風浪は刹那に冷たい態度を取られ続けた。
「またアンタ? 今度はなに」
そんな辛辣な台詞を吐くのは、風浪の後ろに座る幼馴染。
けれど、今回も諦めずにお願いをする。
「悪い、でも今はお前が頼りなんだ」
風浪は誤解を解く努力をしていたのだ。
教室に入ってから、風浪は予習ノートを借りて丸写しさせて貰った。赤ペンを忘れたと言って借りてみたり、分からない問題には答えだけを尋ねてとにかく、どんな些細な事でも話題を見つけた。
そして、今回風浪が投げかけた言葉に対して刹那は困惑していた。
「謝るはいいけどアンタねぇ……今度はお箸を貸せって、どういう事なの?」
風浪は、この反応を仲直りの兆しだと受け取った。物を借りる事は、好意に繋がるという自論だ。そして、世話好きな刹那にとって最適な行動なのだ。
「箸って二本あるだろ? だったら一本くらい借りても平気かと思って」
「え、風浪のお弁当は全部イモなの? 刺すの? イモじゃない私はどうしたらいいの?」
「本当に悪いとは思ってる」
頭を下げ、強引に押し切ろうとしたところで、刹那が頭に箸を刺してきた。
「いっで、なにすんだよ」
すると、刹那は溜息をつきながらこう言った。
「はいはい、冷たく当たったからって変な事言うのやめてよね」
「え、風浪は何か変な事を言っていたのか?」
「普通に変な事言ってるから、お箸を一本貸せとか何考えてるの」
……なんと、謝る以前の問題だ。風浪は相当焦っていたに違いない。
しかし、刹那はほんのり暖かい目をしていた。
「まぁ、割りばしの一膳くらいはカバンに用意してあるし、これくらい平気よ」
「……すごく準備の良い女さんだな」
結果オーライだった。
人としてダメな部分をだいぶ見せてしまったが、刹那は呆れを通り越して、まんざらでもないといった表情を見せている。
そんな彼女から割り箸を受け取ると、風浪は踵を返した。
「箸ありがとな。じゃあ風浪、どっかで飯食ってくるから」
「あ、待って一緒に——」
刹那が何かを言おうとしたので、振り向こうとした……その時だった。
「よ、夜ノ森くーん、呼んでる人がいるよー!」
クラスメイトの誰かが風浪を呼んだので、その方向へ視線をやる。
「柊木……鈴音?」
きりりと引き締まった、凛々しき表情。
朱く美しい髪を揺らめかせ、こちらを微笑む女性が廊下に佇んでいる。
その姿は、教室内の生徒の注目を集め、賑やかな空気を突如騒がしくさせた。
「おぉ、いたいた。こっちだ」
気さくな態度でこちらに手を振るので風浪はすぐに向かったが、教室中の視線が辛いようだ。
「……どうしたんだ、こんな昼休みに」
そう尋ねると、何かの期待を胸に彼へと告げてきたのだ。
「あぁ、一緒にお昼でもどうかなと思ってな」
すると、静寂に水を差したように「ざわわっ……」と、またもや教室中の空気が変わる。
風浪を中心に、クラスの視線を集め、固唾を飲む音さえもが聞こえてくる。
「……俺は誰かとつるむ気はないんだが」
そう言うが、鈴音は折れそうにない。
「まぁ、そう言わずに付いてきてくれ。善は急げだ、よし行こう」
「やめろ……っておい引っ張るな、人の話聞いてんのか、てめ、おいっ!」
そう言い、風浪は流されるように鈴音に連れていかれてしまった。
一方、刹那は——
「……へぇ」
刹那の眼は昏く虚ろと化し、夜の淵のような闇が灯っている。
それは、大事なモノを取られた悔しさを物語るには、充分な表情であった。
そんな所に、彼女の友人の美緒がやってくる。
「なんか、夜ノ森くんって意外性あるよねー」
美緒は刹那の肩を支え、宥めた。
ここから学ぶべき事は、すばやく、積極的に動く事も必要という事である。
慎重さや熟考を優先させて、瞬時に行動しなかった場合、何らかの好機を逃してしまうことが分かる一例であった。
◆◆◆◆
風浪は鈴音と屋上を目指す事にした。
話は恐らく【異能蟲毒】の事だろう。風浪も一日経って、話したい事もあったが、こんなに早く機会が訪れるとは思わなかった。
教室の賑やかなざわめき(?)を受けながら、上級生と肩を並べて歩く。
風浪は周囲の視線などどうでもいいが、鈴音はどういった心境なのだろう。
「ははは、君はクラスで人気者のようだな。教室がざわめいていたぞ」
鈴音はどこか楽しげな様子だが、誤解をしている。
都合の良い考えをしている先輩さんに、風浪は指摘した。
「どこを見ればそう思えるんだ。いや、悪いのは耳の方か?」
「いいや、私は目も耳も良い。そこだけは自身があるんだ!」
何故か、同時にデカい胸を張る。
それに意図的な攻撃の可能性を捨てきれずに、風浪はまたもや否定した。
「俺の性格的にそれはあり得ない。あれはアンタが来たから皆驚いただけだ」
「どうしてだ、私が何かしたのか?」
と、朴念仁のような疑問をぶつけてきた。
——いやぁ、先輩は冗談がお上手だ。きっと外の世界に対する情報が限られていて、隔離されたお屋敷で育ったのだろう。社会や世の中の仕組みについて何も知らない。
愚かな事を真実としてぺらぺらと喋る憐れなお嬢様にはっきり言ってやろう。
「それは、アンタのその容姿が——」
そう思った風浪の言葉を遮るようにタイミング良く、前方から見知った顔が歩いてきた。
「あ、センパイじゃないですか、ごきげんよう!」
「……だからその呼び方やめろって」
それは、水無瀬湊だった。
キザな演出の為か、『醤油ムース』の空耳で人々に認知されたインパクトの強い手振りをしてきた。
しかし、彼の発言には問題があった。
「ん、私と同学年だったのか?」
首を傾げて、鈴音は尋ねてくる。
ほら見ろ、変な誤解を受けたじゃないか、と言わんばかりに風浪は溜息をついた。
「大丈夫だ、鈴音の学年にこんな奴はいない。風浪と同じ学年だ」
「こんな奴ってなんだよ、僕たち友達じゃないか」
水無瀬は不満げな顔をしていたが、まんざらでもなさそうだ。
そんな表情も爽やかに取り繕った彼は、風浪と鈴音を一瞥した。
「へぇ、風浪と先輩が一緒にねぇ……」
気のせいだろうか、意味深げな呟きが聞こえてきた。
それに、どこか含みのある笑みを浮かばせている。
「……あっ、そういや柊木先輩、こんにちは」
「あぁ、そういや君は水無瀬とやらだったな、こんにちはだ」
会釈する二人。
その光景に取り残された気分になり、風浪は尋ねた。
「二人は顔見知りなのか?」
「もちろん、この学校で水無瀬を知らない者などいないだろう」
鈴音の言う通り、水無瀬は学校一の人気者だ。
また、世俗や流行に疎い方と主張する鈴音が言うのだから、それほど認知度は高いのだろう。
「そうだよ。ま、お互いに面識が無くても、鈴音先輩はボク以上に有名だから……ね、元・剣道部主将?」
水無瀬が謙虚な態度で言うと、鈴音はクスリと笑った。
「それは懐かしい響きだな……」
鈴音が懐古の情に流される中、風浪は一つの疑問を抱いた。
「(あれ、じゃあなんで部活辞めたんだ?)」
山籠もりして修行に勤しむ鈴音の事だ。対人稽古でもっと場数を踏んで鍛錬を……とか考えなかったのだろうか? しかも、主将をやっていたのなら、余程辞めたいと思える理由があったのかもしれない。
そう思っていると、水無瀬が話し始めた。
「同じクラスの武田くんがまた試合をしたいと言ってましたよ。してあげないんですか?」
「それは非常に嬉しい。あぁ、でも私だとなぁ……」
水無瀬の言葉に嬉しさを覚える鈴音だが、その返答に何か含みを持たせている。
その背中を後押しするように、風浪も尋ねた。
「そう言ってるんだ、試合くらいしてやればいいんじゃないか?」
風浪の言葉に鈴音は眉をひそめる。
そして、夜に秘密を語るような、悩める女性の表情を見せた。
「一度、部活で人を怪我をさせているのだ。一人ならまだしも、数人も……だからあまりそういった場所で剣を振るうのは控えたいのだ」
「あぁ、そういう事か……」
風浪は納得がいった。
鈴音が一般人に怪我をさせるのは無理もないのだ。
何故なら、風浪たち異能力者は基本、人より秀でた力を持つ。身体能力や知能は一般人に比べて高いのだ。
例えるなら、一般人とアスリート。IQであれば130を必ず超えるといった具合か。
「まぁ、そうなるのも当然だ、仕方ないだろ」
しかし、鈴音は少し落ち込んでいる。
そんな風浪の意見に続けて、水無瀬は「大丈夫ですよ」と一言加えて口にした。
「誰も先輩の事を悪く言っていませんよ。むしろ皆、美人でキレイな先輩に打ちのめされるならご褒美だと言っていましたから」
「な、な……っ⁉」
水無瀬の言葉に鈴音が肩を震わせ、顔を赤らめた。
美人って言われた事に、感極まってしまったのだろうか。
しかし、それは違った。
「な、なんだと……け、けしからん奴らめ、剣術を何だと思っている!」
譲れないモノがあるのだろう。鈴音は至って真面目で誠実である。
そんな剣に対する姿勢が分かった所で「じゃあ」と言って、水無瀬に別れを告げた。
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