第14話 刹那のお節介②

「今何時だと思ってんだよ……こんな朝っぱらから迷惑な事しやがって」

「はぁっ、アンタこそ何時だと思ってんのよ。もう七時半よ⁉︎」


 風浪は自室で気だるげに着替えながら文句を放つと、玄関先で待ってくれている刹那から大声で指摘が返ってきた。

 しかし、そんな世話焼きな彼女に対して思う事がある。


「(……どうして刹那がここにいるのだろう)」


 彼女は部活こそしていないが、朝は自己の研鑽の為に費やす性格。なので当然、朝も早い。自堕落な風浪とは大違いだ。

 だから、こんな所で油を売ってる場合ではないのでは……と思い、着替え終わると同時に刹那の元へ向かい、風浪はあえてこう言った。


「あー悪いけど、もう少しかかるから先に行っていてくれないか」


 風浪は朝の支度より先に、そう告げた。

 だが、刹那はそれを許してくれそうにない。


「ご飯は食べた? 歯は磨いた? あっ、口元に白いのが付いてるから顔を洗ってきて、予習なんてしてないでしょ、私が教室でノート見せてあげるから」


 次々に指示を振ってくる。むしろ、刹那への気遣いは逆効果のようだ。


「ほら、十分で用意して!」


 しかも、無茶な指示まで飛んでくる。

 刹那がパンと風浪の背中を叩くと、アドレナリンが放出された。彼は心臓に負荷をかけながら、彼女の期待に応えようと努力をしてしまうのだった。


 ◆◆◆◆


「ぜぇ、はぁ……ぜぇ、ぜぇぇぇ……っ」

「やれば出来るじゃない」


 本当に十分で学校の支度が出来てしまった事に、風浪自身驚いている。

 慌てたあまりに、食パンを口に咥えて通学……という行儀の悪さを露呈させているが、教師に見つからなければいいだけの事。

 そして改めて、風浪の横を歩く刹那に尋ねてみた。


「ていうか、迎えに来るだなんて珍しいな。何かあったのか?」

「珍しい? 何もないよ。別に迎えに来なくても良かったのよ、朝ジョギングや自己学習で朝を過ごしても良かったのよ?」


 何故か、風浪は主導権を握られている気がした。

 しかし、そう言われてしまえば、自分を迎えに行かざるを得ない事があった……と、捉えるしかない。


「まぁ、別に良いんだが……俺は何か悪い事をしたのか? 朝イチに職員室へ来いと伝言を頼まれているだとか?」


 風浪の切り返しが鈍感だったのか、刹那の返事は弱々しかった。


「べ、別にそうじゃないけど、アンタ近頃素行が悪すぎるのよ……」


 風浪を心配してくれているような気がしなくもないが、当の本人は他人事のように呟いた。


「まるで、不良みたいだなぁ」


 それを聞いた刹那は溜息を吐き、風浪に近付き指を突きつけた。


「まるで……じゃなくて、そうなのよ! 普段から遅刻が多くて、口も悪い……先生も意外と困ってるんだからねっ!」


 そういうお前は、まるで教師みたいなんだからねっ!

 と、風浪は心の中で刹那の真似をするも、適当に答えた。


「そういう生活指導は教師に任せておけよ。まったく、お前もイチイチ難儀な性格してるなぁ……」

「なにやれやれ発言かましてるのよ、どつくわよ?」


 刹那は相変わらず不機嫌フェイスで風浪に接してくる。いつしか見せた、愛想の良い表情の時の記憶が薄らぐほどに。それほど、風浪に対して普段から冷たいのだ。


「(ホント、俺は何かしたのかね?)」


 風浪は目を擦りながら、気だるげに歩く。

 一方、刹那はそっぽ向いたまま、風浪の横を歩いた。

 すると突如、後ろの方から駆け気味でやってくる少女がいたのだ。


「カニちゃんアターーーック!」

「うごぁっ⁉」


 まるで、パチンコ玉のようだった。小さいワリに当たれば痛い。

 考えごとをしていた風浪はそれに気付かず、その少女からの攻撃を背後からモロに食らってしまったのだった。


「っぶぉっふぇえ……げほっ、げほ、んだテメエ」


 分かっているのにあえて聞く、それが風浪なりの威嚇。

 けれども、それが効くような相手がそんな事をするハズがないのだ。


「華二みのりちゃんで~~す! どう、今どんな気持ち?♡」


 自我妄執ハツラツとやってきたのは小さな天使。

 だが、彼女の尻から尖端の鋭い尻尾が見える。


「最悪に決まってんだろ。腰打った上に、食ってたパン落としたんだから」


 そう言うと、華二はギャグ漫画顔負けの大袈裟なリアクションをし、風浪にこんなくだらない事を告げてきたのだ。


「えええええっ、ちょ、超ショックじゃん! ……朝食なだけに♡」


 風浪はこう認識する。世論では、女の子の身体には甘くてふわふわなお菓子が詰まっているらしいが、彼女には目に見えない悪意がたくさん詰まっていた(当社比)。

 お調子者の華二は反省する気配を見せず、腕を自分の背中に回して『もう何もしませんよ』と言わんばかりのポーズ、それが小動物のような愛らしさとして現れている。しかし——


「おーまーえーなーーーーーーっ?」


 まぁ、可愛い子に許された特権なのだろうが、風浪には通じない。

 そう思い、華二の肩を掴み、力ずくで揉みしだいた。


「やん、風浪くんそこっ……」


 ただでさえ睡眠不足で、朝から無理矢理起こされたというのだ。これで機嫌が悪い訳がない。事情を知らぬお前には悪いが、『風浪の情欲の捌け口』にしてやる!


「あっ、い……んぅ、はぅっ……あぁん♡」


 華二は狂おしげに頭を振りたてるが、風浪は無視した。

 風浪は屹立とした硬棒で、その小さく可憐な肩を押し当て、嬲り始めたのだ。


「どうだ、刹那なら一分と持たないこの指捌き……泣こうが喚こうが止めやしないぞ」

「ゆ、許して、許してぇ……ああああっ♡」


 リズミカルな痙攣とともに、まるで獣の雄叫びにも似た叫びを上げ、涙目で許しを請う華二。衣服は乱れ、露になってゆく鎖骨は色素の沈着を全く留めぬ雪のように白い。


 本来の風浪は、女の扇情的な恥辱には一切興味ない。

 だが今回ばかりは、頬に薄笑いを帯びていた。


「ははっ、もうしないか? しないと約束できるか?」

「ひ、ひぅっ……♡ し、しないよ、しないからぁっ……もう、あああっ♡」


 華二は諦めきった表情で目を瞑るなり、歓喜を訴えた。

 時折、身体を弓なりに反らせながら彼女の何かが弾けると、灼けるような情念が……………………と、思うが矢先に、刹那の凍り付く視線を感じた。


「ほら、これだろ、お前の弱い所……あっ」


 それに追随するのは「キモい」の三文字、糸を引くような、か細い声だった。


「俺は、今何を……?」


 絶頂の名残が風浪の心を燻っている。

 しかし、心の熱が冷めるのに、さほど時間は掛からなかった——


「はっ……ち、違うんだ刹那……!」


 風浪は華二をぱっと離すなり、狂気と現実の狭間でのたうち回る。

 そして、刹那に誤解を解こうと必死になった。


「へ、へぇ……風浪ってそういう趣味があるんだね……」


 しかし、刹那の慧眼は甘くはなかった。

 眉を吊り上げ、眉間に皺を寄せ苦笑いをしている。あまりの屈辱感と嫌悪に塗れたような笑顔。刹那の喉から熱い間欠泉が噴き上がり、罵声となって撒き散らされた。


「この……〇〇〇(自主規制)! 〇〇〇〇(自主規制)! 〇という〇から〇〇を小暗く〇〇〇〇った〇に、〇〇〇みたいに〇〇って〇んじゃえばいいのよこの〇〇ッ!」


 絶対にナレーティング出来ない苛烈な表現を残し、学校へと向かい始める刹那。


「ま、待ってくれ……せ、刹那————ッ⁉⁉⁉」


 荒々しい息遣いで駆けていく刹那を追いかける風浪。

 そして、欲情の証を刻まれた華二はエクスタシーに打ち震え、やがて糸の切れた人形のように動かなくなった。

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