第13話 刹那のお節介

 事情を知った鈴音は、何も言わずに風浪の事を気に掛けてくれる。

 風浪は水無瀬以外の者に秘密を共有して貰える人が出来たので、心の拠り所が出来た気がした。だが、鈴音に水無瀬の正体を明かしてはならない。そういう決まりだからだ。


 あれから二人は軽く雑談をし、キリの良い所で今日は引き上げる事にした。

 そして、鈴音は何かを決意したようにこちらを向いたのだ。


「じゃあ、私は君を送っていくとしよう」


 なんて、風浪にとっての戯言を抜かすのではっきりと断った。


「女じゃあるまいし、要らないぞ」

「冷たいではないか。私の隠れ家を晒したのだ、君の隠れ家も晒すのが当然の流れだろう」

「どういう理屈だ。あぁ近い……ウザい、近寄るな」


 ライラと二人で帰ろうとしたのだが、鈴音はとにかく押しが強い。正義感の強い性格なのか、また刺客が襲ってこないとは限らないだろう、と主張する。

 確かに心強い気はするし、そこまで必要はないのだが——


「あぁ分かった、分かったから送らせてやる」


 なんて風に、風浪は折れてしまった。

 久し振りの新しい出会い、こういうのも悪くなかったのだろう。


 ◆◆◆◆


 その頃、刹那は授業の予習復習に勤しんでいた。

 クラスの委員長たるべき者、皆の前に立つべき素行であらねばならない、というのが彼女のモット―。

 しかし、見聞を広めるのを好む刹那にとっての勉強は、さほど苦痛ではない。


「ふぅ~今日はこれくらいにしようっかなー」


 そして勉強が一段落すると、刹那はベッドへのしかかる。

 乱暴なダイビングに、バネがギシリと苦悶の音を鳴らしていた。


「あはは、確かにこんなシーンあったな。お姫様抱っこされてるヒロイン、憧れちゃうなぁ……はっ、でも風浪にこういうのが好きだって思われてないかしら。べ、別に物語の中のお話なんだから気にする事はないわよね……!」


 風浪から返して貰った小説を読み返し、自由な一時を過ごしていた。

 やがて本を横に置き、やや葛藤気味に足をバタつかせて枕で顔を埋める。


「やだっ、なにこれ……濡れ場? 世界改編でも行われているのかしら……⁉」


 今日の刹那は悩める乙女、妄想の世界に潜り込んでいるのだ。

 顔に本をうずめると、ふと何かを呟いた。


「風浪の家、全然変わってなかったなぁ……あ、そうだ」


 そう呟くと、刹那の上に電球が灯る。

 本を手に取り、クラス委員長らしからぬ行為に手を出した。

 まさに手淫(本来の意味とは異なります)……こんな優等生らしからぬ様子を見られれば、クラスの誰もが騒然としてしまうに違いない。


「……いや、本から風浪のにおいなんかするわけないか」


 するわけがあるだろうか。

 やがて、刹那が我に還るには十分な時間が過ぎ——


「って、ええっと、今のなし今のなし、私は優等生!」


 謎の掛け声とともにパンパンと両手で頬を叩く、非常にベタな反応だ。

 深呼吸を繰り返し、冷静になった刹那は猛省していた。


「どうして、こんな事ばっかり考えているんだろう……ちょっと頭冷やそう」


 刹那は窓を覗き込み、家の二階から夜の街を見渡した。心地の良い風と、夜の暗さを同時に感じながら深く空気を吸い込んだ。

 そしてまた、いるはずもないのに意中の相手を想い、探してしまう……が、本当に目撃してしまうのだった。

 ただ、刹那が目にしたのは風浪と……


「あれ、誰だろうあの人……」


 こういう時、稀に風浪が夜に徘徊している所を見かけるのだが、彼が自分の知らない人。ましてや女性と一緒に歩いている所は今までになかった。

 不思議に思った刹那は窓を閉め、ボフッとベッドに仰向けになる。


「まぁ、親戚とかそっちじゃないかな……」


 そして、刹那は部屋の電気の電源を切る。

 そのまま瞳を閉じ、眠りの中へと意識を入り込ませるのだった。


 ◆◆◆◆


 次の日の事だった。

 時刻は既に7時半を回り、時計のアラームが室内に鳴り響く。

 カーテンは締め切られたままで、誰も部屋の中に光を差し込ませようとはしない。


「すやぁ、すやぁ……」


 ライラはデカい座布団の上で丸くなり、惰眠を貪っている。

 彼女は風浪の保護者的な立ち位置にも関わらず、だらしのない生活を送っている。

 お互い、生活習慣に関してはとても気が合うのだ。これが風浪を素行不良としている原因でもあるのだが、これはこれで幸せである。


「ふああぁぁ……ねみぃ」


 昨日も深夜まで夜中をうろついてしまった。

 午前中の授業の予習など一切しておらず、教師からの目玉を食らうのは必然、そう思った風浪は『夜力摂取ノクターナドレイン』、つまり二度寝をした。

 こんな暗い室内でも、夜力は微力ながら得る事は出来るのだ。


「昨日は散々だったし、今日は休んでいいよな。頑張った、俺」


 そんなワルの一線を越えようとしている時に、家の便利な有線通話装置が鳴る音がした。


『ピン、ポォ~~ン……』


 風浪は、がばっと布団を跳ね除け身体を起こす。

 一方のライラは飛び跳ね、四つん這いになって人間の姿に戻っていた。

 そんな風浪たちが顔を合わせると、意気投合。


「……親愛なる従者よ、風浪たちは何も聞いてない、いいな?」

「ご主人はとても見識のある方で助かります、一生ついていきますわ」


 主従関係を結んだ二人。

 特殊な信念が根付く文化に属し、誰にも理解の及ばない常識を有している。だから、風浪たちは硬い主従関係を結び合うと同時に、布団へ潜り込んだ。


 理由は明快……眠いからだ!


「多分、隣の家のインターホンが聞こえたんだろ」

「ふああ……そうですわね」


 動かざることクズの如し……適当な理由を付けて、風浪たちはまた瞼を閉じた。

 物事は進むべき方向へと向かっている、そう思える理由がある。


 何故なら……風浪たちは眠いからだッ!


『ピ、ピンポ、ピンポ~~ン』


 しかし、またもやインターホンが鳴った。

 続けざまに二回押したのだろう、ヤケに急かされている気持ちになる。


「……聞き間違いではございませんね」


 それにイラついたのか、ライラが顔芸をしている。薄目で下唇を噛みしめながら、口をすぼめていた。しかも、まるで酸っぱいモノを口に含んだように頬と顎にまで皺を寄せている。


「落ち着けライラ、きっと早い宅配か、何かの押し売りだ。もう少し我慢すればヤツは必ず離れていくハズだ」


 風浪は主人として、ライラに助言をする

 しかし、相手は数回玄関の鐘が鳴らすだけでは物足らず、今度は入り口に手を出した。


『コン、コン、コン、コ、コン、コ、コ、コ、ココン』


 太古の達人か! と思えるリズミカルなパーカッション。

 何故だか、二人の人生に大いなる力が作用しているような気さえした。


「う、う、うぅぅぅぅ~~~……」


 ライラが苦悶の声を上げ始めている。

 インターホンの後にドアノック、借金取りか警察……相手は中の人間を苦しめるやり方を熟知している……余程の手練れであると見て間違いはない。


「(がんばれ、ライラ……!)」


 なので、風浪は小声で彼女を励ました。


「(——今、冷静でいるのは俺だけだ。俺が頑張らなきゃ、誰が家を守れるんだよ……!)」


 逆境の中で立ち向かう主人公気取りで、風浪は必死に耐えた。必死に、必死に——

 ここまでするのはもちろん……風浪たちが眠いからだッ‼

 そして、我慢する事数分。


「はぁ、はぁっ……やったぞ、ライラ」


 無事、騒音は去って行った。

 静けさを取り戻した家の中に平穏が戻ってくる。


「風浪サマ、今だけは貴方がご主人であって良かったと思いますわ……」

「従者を守るのは俺の役目だ。俺に守れないモノなどない」


 強い誇りを抱き、新たにライラとの関係を再構築する。

 そして、風浪は改めて切り出した。


「さて、もう一度寝るか」


 そして、また布団に潜り込む。

 風浪たちの闘いは、これで一段落するのであっ——


「コラ——ッッ‼ あたしが迎えに来たのに揃いも揃って——っ‼」


 ——突如、侵入者が発生した。

 まるで世紀末のような奇声を上げながら、風浪の家に入って来た侵入者ヤクザ……は刹那だった。


「お、お、おぉぉ、おまえ、なに人の家に勝手にっ⁉」


 風浪は狼狽え、声が裏返ってしまった。

 ライラに助けを求めようにも、まるで浮気現場を見られた女さんみたいな恰好をしながら茫然自失。演技派女優のような立ち振る舞いである。

 そして、刹那の怒声とともに、忙しない朝が始まったのであった。

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