第12話 柊鈴音

「ええと、すまない……晩御飯を抜いてしまってな」


 風浪が徹底的に謝罪の意を示すと、女剣士は許してくれた。

 羞恥でまだ顔の赤みが取れてはいないが、彼女はドライな表情を作っている。

 ちなみに先ほどの怒り、彼女はあくまで空腹で苛立っていたのだと主張する気らしい。そんな、何とも言えない強引さを感じながら風浪は尋ねた。


「それでお前は一体誰なんだ、どうしてこんな所にいる」


 初対面の人間相手にぶっきらぼうに尋ねるも、彼女は気にしない様子。


「そうだな……色々聞きたい事はあるが、まず自己紹介といこう。

 まず私からだ、私は柊木鈴音ひいらぎすずね。その制服を見る限り君と同じ、薄宵高校で三年だ」

「風浪は夜ノ森風浪だ。学年は二年……鈴音さんは年上だったのか」


 風浪がタメ口発言を気にする素振りを見せると、柊木さんはこう言った。


「別に敬語のある無しは気にしない。呼び方は鈴音でもいい、好きに呼んでくれ」

「分かった。じゃあ鈴音……か?」


 タメ語には少し抵抗ある風浪は、試しに言ってみる。

 そして本題、鈴音から話を切り出してきた。


「ところで、先程襲われていたあの化け物は君と一体……」

「あぁ、関係しているかと言われれば関係しているな」


 チャキ、と剣の柄に手を添えて鈴音は警戒した。

 狙われているのは風浪だ。しかし、鈴音にそれを伝えても良いのだろうか。伝えたとしても、理解を示すのだろうか。そんな懸念ばかりが頭に浮かぶ。

 そんな様子に、鈴音は笑った。


「まぁ、君が敵なら既に私は襲われていただろうな」

「それは確かに……って、服を押さえるのはやめてもらえませんかね」

「別に気にしてはいない。さて今日見たモノはすべて忘れて帰るんだ」



 鈴音は自信満々に胸を張る。けれど、まるで部外者みたいな言われ方に引っ掛かり、風浪はそれを認められなかった。


「いや、そういう訳にはいかない。何故なら——」


 初対面の相手に能力を見せるのは迂闊だろうが、口で説明するより見せた方が早いと思い、風浪は闇の刀を生成する。


「んな……まさか、君は異能力者ファクター……⁉」


 すると、鈴音は驚き眼を丸めた。


「そうだ、俺もお前と同じゲームの参加者だ。もし敵対するなら俺も黙っては——」

「——ま、まさか……君は、ゲームの生き残りか……⁉」


 風浪の言葉は彼女の思いがけない行動により遮られてしまう。

 ——鈴音が風浪の手を取っていたのだ。そして、目尻に何かを溜めながらこちらを覗き込むという現場に、風浪は遭遇してしまった。


「な、なんだ、一体どうしたんだ」

「君もこの戦いには否定的だから、この場で私を襲わなかったのだろう?」

「あ、あぁ……確かにそうだな」


 風浪の反応を肯定と捉えた鈴音は、感嘆の声を漏らす。


「おぉ、そうか……! やはり私と同じように考える者はいるのだな。ふふ、私にとってこの上ない朗報だ」


 風浪は困惑しながら、鈴音を宥める。


「アンタ……大袈裟じゃないか?」

「そんな事はない、私は君の目を見ればすぐに分かった。だから一度停戦協定を結ぼうではないか!」


 鈴音の気分はヒートアップしていく。何より、風浪にとって害のない人間だと分かった以上、深く関わらないようにするばかりであった。


「あー……物思いに浸っている所悪いが、こんな所をうろつかないで、そろそろ街に戻らないか? 仮にも今は夜で、アンタは女性なワケだから」


 そうだ、もう用事は済んだのだから帰るべきだ。

 学生の身分で遅くまで夜更かししているワケにはいかない。まぁ、素行不良児の風浪が言えた事ではないが。


「いや、その必要はない。君だけで帰りたまえ」

「どうしてだ、この付近にまだ魔物がいるのか? だったら話は早い、俺が倒しに行く」


 また、そろそろ暖かくなってくる季節。その辺に虫が湧いてきているかもしれない。、そんな小汚い所に居させるのは嫌だという配慮であったが、鈴音は「はて?」といった顔をし、風浪に告げた。


「もしかして、私を心配してくれているのか?」

「そういうワケじゃない、これは俺の問題なんだ。助けてくれた事は感謝するが、早く家に帰れ」


 やや命令口調で告げると、鈴音は腰に手を当てて笑い出した。


「ふふふ、君は良い奴なんだな。さぞ女の子にモテるだろう?」

「話を茶化すな。モテないどころか、キモイ・汚い・カッコ悪い、の三重苦だ。教師以外に学校で女に話しかけられた事すら年に数回程度だ」

「褒めたつもりが何故暗黒面ダークサイドに陥っているのだ、宇宙戦争でも始まるのか? でもまだちゃんと質問には答えてくれる、その点は良い奴だな、ははは」


 女性関係について尋ねられたので、つい根暗スイッチが入ってしまった風浪。

 一方で、冷静な分析とともに快活とした笑顔で答える鈴音。違う世界で生きていそうだなと彼は思ってしまった。


「まぁ、話を戻すが私なら大丈夫だ。君は知らないから伝えておくが……」


 不敵な笑みを見せた後、意外な発言が飛んでくる。


「——私はこの辺で野宿しているのだ、なにぶん帰る家がここにしかなくてな」

「へ……?」


 風浪は素っ頓狂な声を上げると、鈴音は続けた。


「しかも飯は自給自足だ、いつも好きな時にご飯を取る事が出来ないので先ほどのようにキレ散らかしてしまう、最近の若者のように」


 後半は風評被害であるが、彼女なりの冗談だった。

 そして、行き場をなくした声が、風浪の口の中を意味もなく転がって消える。

 不甲斐なさそうに頬を指で掻きながら、鈴音は風浪の顔をまじまじと見つめていた。


 ◆◆◆◆


 そして、歩き続ける事2,3分。

 風浪たちは、鈴音の住処であるテントにまで来ていた。


「狭い所に呼んでしまってすまない」

「いいんだ、ゆっくり話が出来る場所ならどこでもいい」

「わたくしは猫の姿になってこじんまりとしておりますわ」

「便利な身体で助かるよ、ライラさん」


 そう言い、ライラに麻で出来た座布団を差し出す鈴音。

 前足を畳んでお腹の下に入れると、深い不随意な吸気をしだした。


「ライラ、人前での欠伸は世間がうるさいぞ」

「あら、すみませんこと。猫の姿になるとつい生理現象が出てしまいますの」

「畏まった場ではないのだから気にしなくていい、それよりも話をしようじゃないか」


 なんてやり取りの中、鈴音が簡易テーブルに水の入ったコップを差し出す。

 風浪はそれをグイッと火照った身体を冷ますように煽るなり、質問を切り出した。


「とりあえず、どうして鈴音はこんな所で野宿なんかしてるんだ?」


 誰もが思うような、素朴な疑問を投げかけた。

 すると、鈴音は切なげな表情で視線を降ろすのだ。


「まぁ、異能蟲毒に参加するとはこういう事だからな……」

「あっ……」


 風浪は思い出す。

 誰もが風浪のように、この薄宵市に住処を構えているわけではない。

 十三血流に選ばれた異能力者は何らかの形でこの地に連れて来られるので、鈴音のような者が大多数であるのだ。


「けれど良かったと思っているよ。実は家に帰りたくなかったからな……」


 お菓子でもあげたら喜んでついてきそうだ。

 ……そう、家出少女みたいな幼気さ、あどけなさを心に抱える背景に風浪は僅かに興味を持ってしまった。


「アンタみたいな気の強そうな奴が、珍しい事を言うんだな」


 風浪の返事を「待ってましたよ」と言わんばかりにわざとらしく落ち着いた反応。まるで、イメージビデオのインタビューのように、風浪たちの会話は始まる。


「仮にも剣術の家系だから、しきたりがうるさくてね。毎日剣術に作法……そして、周囲と比較される毎日。とにかく、ルールやらに縛られた生き方がとても嫌なんだ」


 まずは、説明・解説をしてもらう演出。

 ナレーション代わりとして用いる事の出来るこの素材、編集段階では便利で、とても重宝される。


「けれど、今は自由でいい。ここは私のお城だ、誰にも邪魔されないで、好きな事で生きていける。翼が生えたようだ、私にも羽があったんだ……!」


 そして、感想を訊くシーン。

 人の素直な気持ちは言葉ではなく、語り部の仕草・表情から現れるモノ。チームプレーにおける、個人のスキル。それはチーム及びファンのイメージに直結する重要な要素。


「思い出したくない事は一つや二つあるさ。だから、鈴音が幸せである事が一番だ。アンタにはアンタの権利があるんだ、気に病む必要はないさ」


 そして、気持ちを汲み取ります。そんな彼の姿勢に心惹かれる柊木鈴音、17歳。

 可憐で純粋無垢な少女が今、男の毒牙にかかろうとしているのですわ……っ!


「おい、人のやり取りに妙な口淫挟むな」

「口淫とはなんて酷い例えなんですのっ! 私、今から鈴音さんを押し倒す流れだと思って実況していたのですわよ!」


 風浪はライラのおふざけナレーションに、叱責を入れる。

 しかし、鈴音は心地良い笑い声を上げていた。


「ははは、仲が良いんだな君たちは。私もそんな相手がいれば、家でももっと楽しかったんだろうになぁ。まぁ、昔はいたんだがね」


 鈴音は風浪たちをそう評価すると、含みのある言葉を最後に残す。

 けれど、風浪は察していた。このゲームに参加したからには、周りに迷惑をかけまいと人里を離れて暮らしているのかもしれない。異能力者であるが故に、ゲームに参加すべく、この市に連れて来られた者が大半なのだから。

 なので妙な詮索をするのは無しにしようと考えると、何かに気付いた鈴音が口を開いた。


「あ、別に一人暮らしも悪くないぞ」

「上京してきた田舎っ子みたいなコメント、どうも」


 鈴音は風浪を無視して続けた。


「ここは落ち着いて剣の修行が出来るのだ、これほどに揃った場所はない」


 鈴音は続けてこう言った。

 サバイバルはとにかく力が要るのだ。体力や精神力……過酷な環境、状況を生き抜くうえでそれらが鍛えられ、自ずと剣の力も磨かれたらしい。

 この地で、己の足りない何かを見つけたらしい。


「それでもすごいな、俺は到底真似出来そうにない」

「もちろん意志だけではどうにもならない事がある……が、私を支えたのはこの家宝の剣だ!」


 鈴音の後ろからそれを持ち出すと、グイと風浪の目の前に掲げた。


「立派な剣だ、力がこっちにまで伝わってくる」

「そうだろう」


 鈴音が所持しているくらいだから、何か特別な力があるのかもしれない。

 そんな期待を裏切るように、彼女はテヘヘと雲行きの怪しい笑みを浮かべた。


「女一人、自信が無かったのだ。だから、いざとなったらこれを売りに出して、生活費を稼ごう……そう思って家から持ち出したのだ」

「意気揚々と武勇伝語っている所悪いが、どうしてそんなクズみたいな思考に至った?」


 鈴音の裁量次第で家宝は、聖剣のテンプレ的な処遇受けていたところだ。しかも、彼女は悪びれもせずに続ける。


「ちなみに私が出ていった後、家は大騒ぎしていたらしい。ふふっ、ざまあみろだ」

「お前本当に家が嫌いだったんだな……あぁもう分かったからやめろ」


 まるで、勇者パーティから追い出されたなろう系主人公のような憎悪を見せつける鈴音。

 これから成り上がり、チートスキルで最強でも目指すのだろうか。

 とりあえず、彼女が自分の敵でなくて良かったと風浪は思うばかり。


「まぁ、本当の事を言うと、私もこのゲームに選ばれてしまった一人。一族の未来の為に、強くあらねばならない。故にこうして人に頼る事のない生活を送っているのだ。人里離れたこの地は修行に打ってつけなのだ」

「そういう感想を先に持ってきてくれ」


 時間差攻撃。

 かくして、風浪は掌で転がされていたワケだが、話し終えた途端、鈴音の身体が揺れ始めた。


「お、おっと……久々に人とこんなに話したから疲れてきたな。少し夜風に当たってくる」


 鈴音が立ち上がり、テントを出ていく。風浪とライラは取り残される。

 鈴音の背中を無言で見送った後、風浪は呟いた。


「もしかしたら、色々抱えているのかもしれないな」


 そう、独り言を呟く。

 心労が重なっていたのではないだろうか。

 風浪にとっては、鈴音の家庭の話など全く関係のない話だ。だから、軽い気持ちで聞けるのだが、当の本人にとっては気の重い内容なのかもしれない。


「仮にも、殺し合いのゲームですからねぇ……十三血流に選ばれた異能力者はそれなりに苦労が絶えない事ですの。ご主人もそうですわ、刺客を送り込まれる生活には慣れませんでしょう?」


 ライラが、風浪に同調するように話を振った。


「確かに、ライラみたいに好き好んで参加していない奴も一人はいるだろ」

「それは風浪サマもですわ」


「ではあの方を味方に付けるのはどうでしょう」

「出会ったばかりなのに唐突だな、ライラも似たような境遇を感じているのか?」


 ライラは首を振り、否定してみせる。


「よくあるシチュエーションですわ、出会って数秒で合体するシリーズみたいな——」

「あぁ分かった、鈴音が出て行ってくれて本当に良かったよ」


 風浪がそんな愚痴を呟くと、ライラは毅然とした態度で言った。


「風浪サマは優しいお方ですから、どこかあの時のようなモノを感じてしまいまして」


 そんな風に、ライラは人を持ち上げてくる。

 過度な期待は迷惑なので、風浪はまた悪口で返した。


「ふん、くだらない事を推測してないでもっと戦いに工夫を入れろ」


 そんな悪態をつきながら、風浪は静かにライラから視線を切った。

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