第2話 放課後②
華二の大声を背に受け、教室を後にした。風浪の廊下を走る音が木霊する。
「ったく、いっつもタイミング悪い時に現れやがって……」
ぶつくさと文句を言いつつも、とある人物を追いかける
また何かしらの琴線に触れてしまったのだろう、と焦る気持ちが先行した。
今、風浪の追う少女は、別に特別な関係ではない。
家が近所で同じ学校に通う相手だから、誤解を解く機会はいくらでもある。だから、そこまで気を遣う必要はないのだが、点いた火は早めに消化してしまいたい。
そして、探す事数分——玄関口にまで来てしまった。
下駄箱を覗く限り、その子は既に校外へと出た事が伺える。
「どんだけ歩くの早いんだよ……歩くの早いのはオタクとぼっちだけだと相場が決まってんだよ!」
と、また愚痴を漏らしながら上履きを履き替えた。
校門を抜けるとすぐに彼女の後ろ姿が視界に入り、息を切らしながら叫んだ。
「刹那っ!」
聞きなれた声に彼女はピタリを止まる。
だが、こちらを一見するなり無言で歩き始めた。
「ごめん、何か用があったからわざわざ足を運んでくれたんだよな?」
風浪は刹那の横に並ぶなり、機嫌を窺った。
しかし、彼女は素っ気なく——
「……邪魔だと思ったから声掛けるのやめておいたんだけど」
むしろ、虫の居所が悪そうでさえある。
どうにか誤解を解こうと風浪は必死になった。
「いや、違うんだよ。今日たまたま華二と掃除当番だっただけで……」
「そっかそっか、だからあんな“やらなくてもいい”掃除に気合いが入ってたんだね」
「それは絶対に勘違いしてる。あのだな……彼女がお喋り好きだからそれに仕方なく付き合っていただけさ、ホント、仕方なく!」
風浪は、言い訳ばかりの自分が情けなくなる。
掃除の当番制さえ無ければ、刹那に妙な誤解をされずに済んだのに……と、つくづく学園の制度を呪っていた。
目の前の絶賛不機嫌中な女性は、飾利刹那。近所に住む風浪の幼馴染だ。
彼は小さな頃から刹那と親御さんにも、よくお世話になっている。
大人しい見た目とは裏腹に、明るく活発な性格で、何でもそつなくこなす優等生。更にはクラスの委員長まで務めている……のだが、突如このように気性が荒い一面もある。
ご近所付き合いもあるし、どうにか仲直りをしたい風浪は口を開いた。
「えっと……そうだな、うん」
……だが、そんな考えとは裏腹に、刹那に見惚れてしまう風浪であった。
整った容姿に光沢を孕んだ黒髪。こめかみからのフェイスラインが非常に見眼麗しく、風浪の一番のお気に入りの部位なのである。
「ん、風浪……? どうかしたの?」
化粧に関しては、年頃の女の子なりのナチュラルメイク。
微かに漂う上品さが、彼のツボを刺激する。元々彼女の血色や輪郭などの素が良いので、メイクなどする必要がない気はする、というのが風浪の感想。
何の飾りもなく、ぼんやりとした自分の顔が恥ずかしく、並んで立っていいのかとたまに思ってしまうようだ。
「ねぇ、聞いてる? 風浪、なに見てるの? すごく視線を感じるんだけど、ストーカーの心理ってやつ? 私の自由が許せないとかやめてよね!」
「……あっ! ち、違うんだ」
そんな風浪の様子に、刹那は怪訝そうな表情でこちらを向き尋ねてきた。
焦った彼は、咄嗟に言い訳を考える。
「い、いや……今日もキレイだなと……思って。ストーカーする奴の気持ちは分かる」
「……ッ⁉」
冷や汗ダラダラな風浪。
(——うーん、カット。編集させてくれ。え、待て、突然何言ってんだ俺。流石に気持ち悪すぎたかもしれない。)
一方、刹那は放心し、わなわなと肩を震わせている。
彼の脳内に『嫌いな相手に向けられる好意ほど気持ち悪いものはないでしょ?』という言葉が浮かんだ。これはクズか、本懐か……クズの本懐すぎたかと、頭を抱えていた。
そう思うが矢先に、彼女は頬を赤らめこちらに一歩踏み込んできた。
「あ……いや、そういうつもりじゃ……」
風浪は身を守るように後ずさりする。
しかし、彼女の取った言動は意外なモノだった。
「お、怒ってないから……それと、ありがと……」
「えっ……?」
ボソリと言われたせいで、風浪は若干聞き取れなかった。
感謝された気はしたのだが、普段から気の強い刹那がこんな事を言うわけがないと思い、彼は聞き返す。
「……悪い、最後なんて言ったんだ?」
気になったので尋ねるが、刹那は拗ねてしまった。
「な、何も言ってない! もうっ、行くわよ。私すごく急いでるんだからねっ!」
「また怒り出した、なんでなんだよ! そんなに急ぎの用だったって事なのか⁉ って刹那……おい、待ってくれよ!」
慌てて追いかけ、機嫌を取ろうとするも彼女は怒りっぱなし。
「知らないっ、自分で考えてみれば? ストーカーさんは自己愛に塗れてるからすぐ人間関係を破綻させちゃんだから。そんなんだからすぐ約束事忘れちゃうんだからねっ」
「え、約束……あっ、そうだった悪い! 待ってくれよ、おい!」
……残された平穏は、僅か二時間。
夕暮れはほくそ笑むように、温かく見守ってくれていた。
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