あまねく夜を統べる者 ~十三血流最強の一族・最後の生き残りは平穏を望む~
東雲ゆう
1巻 プロローグ:あまねく夜を統べる者
第1話 放課後
——この日常が終わるまで、残り三時間。
刺激的な青春を謳歌したいと思いつつも、結局は退屈な日常に埋没してしまうのが人間という生き物だ。
だが、その平穏にも終わりはある。
いつかは必ず、どんな形でも終わってしまうのだ。
「ねぇ、風浪くんは好きな子いるの?」
放課後の時間の使い方は人によって様々だ。
部活動に勤しむ以外にも、校内で勉学に励んだり、友人たちと共に昼休み以上に遊び回ったり、意中の相手を屋上や特別な場所へと誘うなど……学生の数だけ過ごし方があると言っていいだろう。
「ねー、聞いてるの? 風浪くーん!」
しかし、望まない形で放課後の生活を過ごしている者もいる。
彼は大体この後者。補修や追試などがその例だ。
だから、面倒な事に巻き込まれないうちに、放課後は『早く帰る』以外の選択肢を持つべきではないのだが——
「ねぇ……ねぇってば——!」
「……へ?」
今日の彼らは日直当番。
本人の意思とは関係なく、教室掃除という強制労働を強いられる制度だ。
相方の女子は、その強制労働をいかに楽しくしようか奮闘中なのである。
放課後の誰もいない教室。
青春の一ページを飾るには相応しいシチュエーションなのだが、この男にとっては不本意な出来事だった。
「夜ノ森風浪くん、君のコトだよ!」
相方女子に呼ばれ、風浪はジト目になった。
彼は平均的な背丈にボサボサな髪、細目でやや陰気な顔をしている男である。そのせいで、知り合いに『睨まないで』と言われてしまう程度におっかない印象があるらしい。
なので、どうして彼女が、こんな陰気な自分に対して好意的に接してくるのか謎だ、というのが風浪にとっての見解であった。
「あんまりそういう話題には興味ないから、早く掃除終わらせない?」
面倒くさかったので、風浪は質問を茶化した。
そんな態度を見かねた女子は彼の前へと近付き、威圧的に尋ねた。
「好 き な 子 ! ……いるの?」
この自己主張の激しい少女は、華二みのり《かじみのり》。
蝶のようにいつも楽しげに飛び回る。そんな好奇心旺盛な彼女は、女子からの人気は非常に低いものの、男子人気の上位に君臨する美少女である。
肩まで切り揃えられたショートカット、誰もが守ってやりたくなるような体系的小柄さに加え、抱きしめたくなるようなくりっと潤んだ眼をしている。
ちなみに、これは風浪の感想ではなくクラスメートのモノで、彼は決して不特定多数の女子に、そのようなやましい事を考えている訳ではない。
「いや、別に俺そういうの興味ないから……ほら、手を動かそう」
だから、こういう回答になるのがごく自然な流れ。
だが、女子に近寄られ、気恥ずかしさのあまりに曖昧な返事をした所もある。
そりゃそうだ、異性に対する本音は年頃の青年にとっては守るべき純潔だからだ。
そんな事をイチイチ答えていたら、弱みを握られかねない。
「別に誰かに言いふらしたりなんかしないけどなぁー。あ、ちゃんと掃除はしてるから。ほら、さっささー」
風浪の気持ちを汲み取っていますよーと言わんばかりに、愉快に甘言を吐く少女。
こういう奴に限って言いふらすに決まっている。
しかし、心象良くしなければ、周囲のイメージの低下に繋がってしまうのがこの世の常。彼は頭を働かせて、話題を自然に切り替える事にした。
「俺は別にそういう人いないから。それで、華二さんはどうなの?」
「え、気になる? 気になっちゃう?」
「( べ つ に )」
後ろに腕を組んで「フフン」とでも言いたげな挑発的な目で、上目遣い。
しかし、彼にとってそれが可愛くないと言えば、嘘になるようだ。
「で、どうなの? 私の事気になっちゃう?」
華二はイチイチ答えを急かしてくるので、風浪は適切だろう回答を返す。
「まぁ……少しだけ?」
「曖昧な返事だなー、このエロゲ主人公―!」
「うわ、陽キャじみたそのツッコミ……絡みづら……」
返事はどうあれ聞いて欲しいのだろう。女子というのはお喋り好きな生き物だから、仕方ない。華二と日直のペアになってしまった事は、風浪の不運だ。
帰り際に、クラスメートの男子から羨望の眼差しを受けた気がして、彼は嫌な気持ちになっていたのだから。
「ていうか、その華二さんっていうのやめてよー。クラスメートなんだし、君もカニちゃんって呼んでくれてもいいんだよ?」
握った両拳を胸に当てる、ぶりっ子ポーズ。
パーソナルスペースに入ってこられるなり、風浪は思った。
——この仕草……まさか、ファイティングポーズ? 似ているからな……。
「このカニ公……ッ!」
「なんで殺し合いに発展しそうなくらいドスの利いた声なの⁉ てか、なんでそうなるのよー! ほら、カニちゃん!怒」
華二はぷりぷりと怒った表情を露にしながら、躾のなっていない飼い犬のように叱りつけてくる。……彼女の犬なんてゴメンだ、と思う風浪。
そして、華二は頬を緩めて一笑した。
「あはは、君って面白いね。優勝!」
「何1グランプリに優勝したんだよ……その笑いが謎だ」
「腸内環境を良くしそうなグランプリだよ。だってね、私を雑に扱うのなんか君くらいなんだもの。笑わずにいられないっていうかー」
それが何故ウケるのか、風浪には不思議であった。
天真爛漫で、クラスのアイドル的位置に君臨する彼女の思考は分からない。
風浪みたいなスクールカースト下位の人間には、パリピの思考は難しいようだ。
「私はねー、君みたいなクールでたまに面白い事を言う男の子、好きだよ?」
にへら、と小春のような笑みを浮かべ、童貞が勘違いしそうな一言を口にした。
風浪は少しばかり気恥ずかしさを感じてしまう。
「……それって遠回しに陰キャだって言ってないか? 昔キャバ嬢のマニュアルで読んだことがあるんだが」
「言ってないよー。何か秘密を抱えているような人ってやっぱり気になるじゃない? ミステリアスっていうかさー。あ、風浪くんがホストやってたら担当なっちゃうかも」
「口数少ないのをネタにしてるだろ……お前、眼鏡をかけた地味メンには『知的そうですねー』とか言っちゃうタイプだろ。ホス狂にしてやる」
「きゃっ、さり気なく告白されちゃった♡」
「出禁にする方が良かったか? でも安心しろ、今のは純度100%の殺害予告だからな。骨の髄まで吸い尽くして借金地獄に追い込み、人生破綻させてやる」
話の方向がズレたので、華二は照れ気味で「まぁまぁ」と一言置いて話を戻し始めた。
「気付いてないだろうから教えておいてあげる。君ってさ、クラスの女子の中では密かに人気があるんだよ?♪」
「お世辞でも嬉しいよ、アリガトウゴザイマス」
「なんで棒読みなの! もう、私が真面目に言ってるって言うのにー……あれ?」
華二の呆れた顔が、何かを捉えたようだ。
教室の窓の先、見覚えのある顔がこちらを覗いていた。そして、二人の姿を見るなり、無言でさっさと行ってしまう。
それに気付いた風浪はモップを投げだし、慌てて荷物をまとめ始めた。
「すまん、急用を思い出した。残りの掃除やっといてくれ!」
「あ、出た、出たよ『これ以上遊びたくない』の口実! これ老若男女問わず傷付くんだからねっ⁉ ちょ、ちょっと待っ……あーもう、これ一個貸しだからねーっ⁉」
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