5章:一時の平穏

第35話 休み明けの学校

 ズル休み明けの学校というものには様々な心理が働く。

 嘘をついて就学の義務を放棄した休日は、非常に心地が良く、羽根を広げるには最適である。夜になれば、人気の少ない空き地でフィーバータイムだ。月光浴をした暁にはドーパミンが大量放出されるに違いない。


「いや、これは多分俺だけの事だ」


 二度寝はもちろん、三度、四度寝などの惰眠を貪る事も出来るし、十分に好きな事に時間を充てられるのだ。学生身分で自由気ままに、猫のように振舞うのはどれだけ贅沢な時間だろうか。

 しかし、自由な時間にも制約は付き物だ。

 一度体調不良で学校を休んだ刹那によれば、友達への申し訳ない想い、罪悪感や、自己嫌悪が心の中で現れるのだという。

 友達の少ない者には分からないが、そういうモノらしい。


「ふああ、久々の学校はキツイものがあるなぁ……」


 一度サボるとクセになってしまう。

 ズル休みは、成績不良や素行不良の風浪には麻薬なのだ。

 これから真面目に学校生活を送ろうとする気概を見せるなら、もうズル休み、遅刻なんてモノはしてはいけない。面倒でも第一歩、踏み出していく事が大事なのだ。


「やっぱり帰ろうかな」


 そして、どうしてこんなズル休みについて語っているかと言うと、学校からお怒りの電話が来たのだ。理由は簡単、ライラが学校への連絡をサボっていたからだ。


『夜ノ森くん、あなたねえ~~~~~~~~!!』

『ごめんなさいごめんなさい、明日は必ず行きます。絶対に行きますから補修だけは許してください、この通り』


 などと、電話越しで教師に謝罪していたのだ。

 まぁ、教師からすれば『夜ノ森がズル休みした』と見てしまってもおかしくはない。

 これはツケなのだ。学生生活を疎かにしてきた代償だから、文句を言ってはいけないと、風浪は悟ってしまった。


「にしても、朝がこんなに眩しいだなんて」


 日照時間が早くなりつつあるこの季節。

 春が過ぎ、もうすぐ夏に向けて季節は動き出しているのだ。

 そんな感傷に浸っていると、風浪は通学途中で見知った人物を見かけた。


「やぁ君か、もう登校出来るようになったのか」


 柔らかい瞳でこちらを向くのは柊木鈴音。

 彼女に見つかり、風浪はもう帰れなくなったとため息を吐きそうになった。


「あぁ、おかげさまでな……心配かけて悪かったな」


 だが、風浪が学校を休んでいた日、鈴音はお見舞いに来てくれていたのだ。

 学校の支度をしている時に初めて知ったので、危うくお礼を言いそびれる所だった。

 ライラの気まぐれにも警戒しておかなければならない。


「……鈴音も怪我は大丈夫なのか?」


 風浪は鈴音の腕や、身体をまさぐるように眺めた。

 手の甲に巻かれた包帯に、どこか痛々しさを感じる。


「あの……そこまで見られると私も恥ずかしいのだが……」

「ち、違うっ、そんなつもりじゃないんだ」


 変な誤解を生まないように配慮したが、失敗した。


「そんなつもりだと? どういうつもりだっ!」

「何のつもりもねぇよ、ちょっとは落ち着け!」


 涙目で必死に訴えかけるも、鈴音の被害妄想は止みそうにない。

 これからは、先輩への言葉には気を付けていこうと思う風浪だが、彼女の言動的に問題はないのだろうと悟った。

 そんな時、鈴音は話変えてくる。


「ところで、君に詫びなくてはいけない事がある」


 どうしたのだろうと思い、猫背で鈴音の顔を覗き込んだ。

 歯を食いしばり、とても悔しさでたまらない表情になっている。


「私という者がありながら、あのような非道な手にかかるなんて……」


 華二との闘いの事だろう。

 鈴音は風浪を守る為に自らが盾になってくれたのだ。


「私は己の弱さに反省した、油断は心の隙だ。年上である私が君の脚を引っ張るだなんて言語道断だ」

「いや、あれはそもそも俺を守るためにやってくれた事だろ」

「違うのだ、まだ私には持てる力があったのだ……なのにあんな所で気絶しまうとは」


 風浪は分かってはいたが、あれは鈴音の全力ではなかった。足手まといになった自分のせいだと告げるも、そんな主張も受け入れてはくれず、鈴音は矢継ぎ早に話していくので風浪は止める。


「鈴音先輩」


 風浪は手で鈴音を制止する。

 目をぱちくりさせた彼女は、謝罪した。


「す、すまない……つい熱が入ってしまって……」

「大丈夫だ、そこがアンタの良い所だって知ってるからな」

「突然どうしたんだ、照れるではないか……」


 鈴音は、口元を緩めて笑みを見せた。普段笑わない人が見せる笑みは結構キレイに映るのだ。そんな彼女に対し、風浪は敬意をもって告げた。


「あの件があって俺も色々成長は出来たが、俺はまだまだ未熟だ」

「ど、どうしたのだ突然……?」


 突然のらしからぬ発言に、面食らって少し動揺していた。

 だが、気にするまでもない。


「もうアンタに守ってもらうばかりじゃダメだ、俺だって男なんだ!」


 熱い人間には熱さで迎え撃つ、これが鈴音に対する礼儀だと考えたのだ。

 だから周囲からのヒソヒソ声が聞こえ始めてきても、風浪は止まらなかった。


「あんな夜を繰り返しちゃいけない。だから、今度は俺が身を以てアンタを護る」

「ふ、風浪……君は……」

「だから、鈴音の傷付いた身体には責任取らせてもらう! 絶対に俺は——」


 ヤケに周囲が騒がしくなってきたので、話を中断した。

 そこで辺りを見渡すと、彼らは奇異な視線を浴びていた。


「あんな夜を繰り返しちゃいけない……?」

「傷付いた身体には責任⁉」

「不良だとは思っていたが、まさかあいつがそんな事を……」


 と、あらぬ誤解を受けているわけで……。


「え、待て、何か変な誤解を受けていないか……?」


 困惑する風浪。

 だが、鈴音は感極まったとばかりに涙目で肩を震わせている。


「何がマズイのだ、君の硬い決意は受け取ったぞ……!」


 ——硬い決意ってなんだよ、決意は固いだろ。せめて言い方を『主語→述語』の並びにしろよ。……っておい、誰だ漢字も間違えた奴。

 やはり、その危惧していた事が実際に起こり……


「硬い決意を受け取った……⁉」

「きゃああああああっ、彼って相当ヤリ手だったのね!」


 ——はぁぁぁ……言わんこっちゃねえっ! てか、なんだこいつらどっから沸いたんだ。

 俺らしくない事をしたのがマズかったな、分かる、だが限度がある、タチの悪い週刊誌かよお前らは! あぁくそっ、ここはひとまず……。


「い、行くぞ鈴音!」

「ちょっ、話がまだ最後まで——」


 風浪はぐいと腕を掴んで学校へと駆けていく。

 そのありもしない噂が広まるのはもっと先の事だった。

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