第8話 幼馴染と下校②

 刹那が荷物を取りに行ってから、数分が過ぎた。

 風浪はそわそわしながら、何をやっているのかと図書室を覗き込むが、奥の席にいるのか、姿が確認できない。


「ったく、何してんだよ……」


 風浪はスマホを付けたり消したり、制服を掴んだり離したり……と、もどかしい気持ちを抱えたまま廊下に突っ立っている。

 鏡の前で髪形をチェックしたいな、なんて思い始めた辺りでようやく刹那が出てきた。

 ……友達同伴で。


「やっほー、夜ノ森くんだっけ? やっほー!」

「山以外でそう言う奴、初めて見たな。どうも」


 テンション高めで風浪を呼ぶ刹那の友達。そいつは、風浪の返しがウケたのか「何それー!」と言いながら刹那の肩を叩いている。

 見知らぬ他人が来たので、風浪は身構え軽く後ずさりした。小動物か。


「ごめんね風浪、待たせちゃって。しかも知らない人まで連れてきちゃって」

「あぁ……いいんだ。一緒に勉強してたんだよな、もしかして風浪邪魔したか?」


 刹那は目を配り、風浪とその友達との距離感を気にしている。風浪の事を心配しているのだろうか? そんな風浪の問いに、刹那の友達がぷっと吹き出し言った。


「はぁ、何言ってんのーそんなわけないじゃん。ていうか、この子邪魔だからむしろ持って行ってほしいっていうか?」

「も、もうっ……」


 風浪は自分たちの仲を詮索されているのは慣れている。人の目なんて気にはしない。

 しかし、刹那の方はなかなか耐性が付かないようで。


「そ、その気遣い出来る女アピールする為にしゃしゃり出て来られるの恥ずかしいんからねっ、来なくてもいいって言ったんだからねっ!」

「んんんんっ、なんで顔赤らめながら手厳しいコメントしてくんの⁉ 私……超嫌われてるじゃんっ⁉」


 刹那は目をぐるぐるさせながら迷走し、友達を困らせている。

 ……と、ふと思い出した。刹那の隣にいるのは小鳥遊美緒だ。


 大らかな性格で良く喋るといった、ややオバちゃん気質のある子だ。クラスは違うが、賑やかで、とてもフレンドリーな人柄なので誰とでも仲良くしている。

 よくうちの教室にも出現するので覚えてしまったのだ。


「(二人は仲が良いんだな……)」


 なんて、微笑ましく思えてしまう。

 彼女たちを見ていると、釣り合いが取れている。刹那が受けで、美緒さんが攻めといった具合に、お互いの弱い部分を補い合うのだ。それはまさに、神の与えたもうた至高にして究極の愛のカタチ——


 ——って、風浪は何を考えてもいい!


 女二人見かけるなり、カップリングを想像するのはもうやめにしよう……ッ!

 妄想は、海だ。どこまでも広がっている……。

 ふふっ、時を戻そう……。


「まぁまぁまぁ、それは置いといてさ、彼に勉強を教えるんでしょ。良いね、羨ましいね……私もそんな青春を送りたかった……!」

「だ、だから違うよっ! 風浪はただの近所に住む幼馴染で……放っておいたらこの人、勉強なんかしないんだから!」

「またまた~。えっと、夜ノ森くんはどうなのかな?」


 と、知らぬ間に話を振られていたのだが、風浪は全く会話を聞いていなかった。

 最近話題のノリつっこまない芸人になっていたせいだ。恐らく、刹那が風浪との関係を追及されて困っているのだ、どうせそんな所だろう。


「俺はまぁ、勉強教えて貰えるのがコイツしかいないからな。かなり不毛だが」

「はぁ? 人が親切に教えてあげるって言ったのに何その態度、一言余計なのよ。だから毛が無くなるのよ、このハゲ!」

「そういう不毛じゃねえ! 頭良いクセにどうして妙な受け取り方するんだよ!」


 いや、はげてねえ! ……のは今だけなのかもしれない(ココ笑う所)。

 そんな痴話喧嘩を繰り広げていると「はぁ……」と、小鳥遊は溜め息をついた。


「まったく、二人ってばなんでそんなにけん制し合うのかねぇ……お似合いなのに——」


 などと、宣う声が聞こえるや否や——


「「んなわけ!」」


 ——と、誰かとハモる声が聞こえる。

 風浪は即座に声の主を方へ向くと、それは刹那だった。お互いに目が合うと恥ずかしさで頬を紅潮させ、顔を反らしてしまう。

 そのやり取りにどこか居心地の悪さを感じた美緒さん、苦笑い。


「あ、アァ~~私の存在こそ不毛よね! 私が彼らと関わったばかりに、あぁなんて事……四肢の末端が消えてなくなっていくわっ。お願い、この私の身体を通して出る力、どうか無事に家に送り届けてぇぇぇぇぇぇ~~っ‼」

「あ、待って美緒、ちが……!」


 だだだーっと謎の言葉を吐きながら、小鳥遊はどこかへ消えてしまう。

 その姿が見えなくなると、風浪は溜め息をついた。


「ったく……まためんどくさい誤解を受けちまった」

「別にいいんじゃない、言わせたい人には言わせておけば?」


 何故かまんざらでも無さそうな刹那。

 それだけ小鳥遊とは気の置けない関係という事だろうか?


「じゃあ、勉強しに行こうか」

「あぁ、お手柔らかに頼む」


 風浪たちは仕切り直して、図書室を去った。

 そして、上履きの音が一つ増える。

 閑散とした校内を二人の足音で奏でながら、風浪たちは目的を果たしに行くのだった。


 ◆◆◆◆


「……で、なんで風浪の家? ラブコメじゃあるまいし」

「だって、教室で一緒に勉強してたら、どんな噂をされるか分からないじゃない。後、私もその意見には激しく同意なんだからねっ」


 相変わらず刹那の反応を無視する風浪。

 仮にも、美緒のように風浪たちの仲を勘繰る輩は少なくはないのだ。


「まぁ、あぁいう事があったからなぁ……」


 刹那は風浪の言葉に頷く。

 元々、風浪たちは登下校を二人でしていた時期もあったのだ。しかし、クラスのお調子者に茶化された事をきっかけに、自然と距離を取り合うようになっていった。

 お互いに目立つのは好きじゃない。だから、こうなるのも自然の事。


「あー風浪の家って久しぶりだなぁ、何か変わってるかな?」


 そして、刹那は懐かしむように話し始めた。


「3ヶ月ぶりだったか? 部屋は特に変えてはいないから、漁るのだけはやめてくれよな。本当に妙なモノなんかないから」

「その言い方があやしいんじゃないの。別に、アンタの弱味を握れたら面白いなって思うだけだし」

「風浪の部屋は本当に何も無くてつまらないぞ、今日は勉強するだけにしてくれ」


 当たり障りのない会話をしていると、商店街に差し掛かっていた。

 空が紅に馴染む買い物時、人々の出入りがせわしない。


「よっと……刹那、付いて来れるか?」

「うん、大丈夫……あっ」


 刹那は身体の大きなサラリーマンと対面してしまい、どちらに避けようか足がもたついていた。それを見かねた風浪は、刹那の方へと手を伸ばす。

 そして、グイと彼女の手を取り自分の方へと引き寄せた。


「わ、ど、どうしたの……?」


 風浪はため息をつきながらこう言う。


「周りの邪魔だから誘導してやったんだよ、ありがたく思えよ」

「はぁ、アンタって本当に素直じゃないよね。はいはいありがとう~」


 なんて、刹那に軽口を叩かれる。

 風浪は何か悪い事でもしたのか? と首を傾げるが、答えは出そうにない。


 そして、人混み抜けると、もう人混みはめっきり減っていた。すると、ようやく今ある状態に気付いたのか、刹那が手を振り解いた。


「わ、わわっ……なんか手繋いでるじゃん、ごめん!」

「おわっ、いや、大丈夫……大丈夫だ、安心しろ!」


 気恥ずかしさで、風浪たちは慌てて手を離した。

 お互いに何か分からない事を誤魔化しあう。


「手汗かいてたから気持ち悪かったよね」

「いやいや、俺の方こそ手汗が——」


 などと、ぎこちないやり取り。妙に会話が尽きなかった。

 そうして、ようやく自宅の手前に差し掛かった所で、刹那は尋ねる。


「もうすぐ家だね」

「そうだな、そこの公園を抜ければもうすぐだな」


 風浪たちは、当たり障りのない会話を続けていた。

 すると、刹那はふと何かを思い出す。


「そういやライラさん、元気かな? あの人変わってて面白いよね」


 苦笑気味で話す刹那だが、身内の事を良く言われるのはどこか気分が良い。


「相変わらずバカみたいに元気だ、毎日ラジオ番組でも流れてるんじゃないかってくらいうるさい」

「あはは、確かに話し上手だよね。あぁいう会話のネタってどこから持ってくるのかな?」


 風浪は憎まれ口を叩くが、刹那は上手に解釈してくれる。

 しかし、ここで風浪はミスをしてしまうのだった。


「きっと集会でいろんな奴と話してたらあぁなるんだろ」

「集会……それってどこの? うちの近くにそんなのあったっけ?」


 彼女が首を傾げ、頬を掻いた。

 ……しまった。集会って言っても『人の集まり』的な意味ではない。

 風浪は『猫の集会』と、伝えてはいけない事を言ってしまったのだ。


「ん、風浪どうしたの、なんか死に戻りした異世界転生者みたいな顔をしてるよ?」


 刹那が不審げにこちらを見ているので、どうにかしなければ。人目を憚る風浪たちは、能力や種族など……秘密を隠して生きていかなければならないのだ。


「いや、その……」


 しかしなんて言い訳をしよう、この辺で集会なんて開いていない。

 今は主婦にとって買い出しの時間、ご飯を待つ家族が待っているのだ。こんな夕方時にご近所同士が集まり合うなんて事はない。だからご近所さんの彼女からしたら、変な事を言っているように思われてしまうのではないか。

 深く詮索される前に、風浪は苦し紛れに嘘を付いた。


「あー……ソシャゲだよ。そう、ソシャゲ!」


 刹那はあざとい女のする技、小首傾げをしている。


「えっと……ソシャゲって、あのスマホでやるゲームの事?」

「そうそう、それの事! 今ライラはそれにハマってて、レアアイテムを取る為に何時間も、何度も同じステージを『周回』しているんだ」

「へ、へぇ……私ゲームには疎いから何を言っているのか分からないけど……なんか、非生産的な事をしてるのね。身体に気を付けるようにだけ言っておいてね……?」


 挙動不審にもなりかねない風浪の虚勢に、刹那は気圧され信じてしまったようだ。

 ——廃課金勢がお怒りになられかねない言葉を残して。


「それで、刹那のご両親も元気か?」


 そして、風浪は早々に話題を変えた。


「うん、二人とも元気だよ。たまに喧嘩もするけど、すぐに仲直りするよ」

「確かに、喧嘩っ早い所とかどっちに似たんだよって思う」

「なんか言った?」


 隣にいる女性は、威圧感のある声を出してきた。

 そんな事を一切気にせずに、風浪は続ける。


「おしどり夫婦でいいなと思うんだ。風浪の家はライラ一人だからさ」

「あっ……そっか、風浪の家って母子家庭だものね」


 すると、寂しげな刹那の声……我ながら卑怯な言葉を出したと思う。

 まぁ、それでも思う事はただ一つ。


「まぁ、でも二人とも元気そうで良かった」

「……どうしたの、なんか妙に安心してる顔して?」

「あ、いや、なんでもない。こっちの話だ」


 ふと、刺客の事を思い出してしまったのだ。

 彼女が狙われているのだから、その家族にも手は出されていないだろうか。

 そんな心配まで頭によぎってしまい、ついつい感慨深げな態度を取ってしまった。


「風浪ってさ、なんか不思議だよね」


 すると突如、刹那は風浪の顔を覗き込んでそう言った。


「不思議って、いつも一人でいるからか?」

「ううん、風浪が人と慣れ合うのが好きじゃないっていうのは知ってる、長い付き合いだし。けれど、何か私に言えないような事を隠してそう……そんな気がするの」


 少しドキッとして、風浪は立ち止まってしまった。

 何故、突然そんな事を言い始めるのか気になったのだ。


「どうして、そう思うんだ?」


 落ち着いて、感情が顔に出ないよう刹那に問う。

 すると、刹那はやや険しい顔をしながら話し始めた。


「別に、私の考えすぎだったらいいんだけど……いつも夜徘徊しているじゃない?」

「きっとそれは俺じゃない、気のせいじゃないか?」

「それにさ、なんか疲れてボロボロになって帰ってきている気がするの」

「いけないな。今度そいつの夜遊びを注意してやらないといけない」


 ポーカーフェイスを心掛けながら、巧みに応対する。

 彼女はそんな態度に不満げな顔をしていたが、仕方ないとばかりに話を止めた。


「はー……私の勘違いかな。ごめんね変な事言って」

「謝らなくてもいい、ちゃんと勉強を教えてくれるなら全然構わない」

「うん、私が教えるからにはみっちり教えるんだからねっ!」


 刹那は背筋をピンと伸ばして胸を突き出し、腰に手を当てる。訳知り顔でニヤリと笑うと、風浪の先を歩いていくのだった。

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