告白 1


 わたしは、セドナ王国の生まれではないの。元々は戦利品だったそうよ。

 元の名前? なんだっていいでしょう。ルーシェ、もしくは虹翅の姫という呼び名で十分ではない? 不要なことを訊かないで。

 そう、生まれて三年経つか経たないかという頃、セドナに連れてこられたのですって。多分、無理矢理に親元から連れ去らされたんでしょうけど、覚えていないわ。勿論、故郷の記憶もない。

 一番古い記憶はいつも、大きな鳥籠よ。わたしのおばあさまのおばあさまは飛べたそうだけど、少しずつ飛ぶ力は弱くなって翅も小さくなり、わたしのお母様はもう飛べなかったって聞いたわ。勿論、わたしも飛べない。そのことを知らなかったか、あるいは、翅を持つものは籠に入れなければならないという決まりがあったのかしら。檻のつもりだったのかもしれないわね。

 わたしの「声」は美しいとみんなに褒められたけれど、セドナの王様はすぐに飽きてしまったみたい。王様の心が離れてしまえば、戦利品としての価値はないわ。そのうちに籠ごと暗い部屋に入れられて、そこから出されず過ごすことが増えた。世話をしてくれる人たちはお喋りではなかったから、誰とも口をきかずに一日が終わることもあったわ。暗い部屋が怖くて、それよりも一人で置かれることが寂しくて、あの頃はずっと泣いていた気がするわ。

 鳥籠ごとうち捨てられていたわたしを拾ってくださったのは、セドナの王女様。

 王女様はわたしを部屋から出し、籠から出し、自分の足と意志で歩く自由をくれたわ。いつの間にか、わたしは王様から王女様に下賜されたことになっていたみたい。人を指して下賜とは何事かと王女様はとても怒っていたわ。でも、当時のわたしは幼すぎて、何故怒っているのかわからなかった。わたしのために怒ってくださったのに。


 王様の一人娘である王女様は、いずれ王位を継ぐかたとして厳しく育てられていたわ。

 たった十六歳なのに武芸の腕は師団長に肩を並べ、最先端の学問を扱う城の学者を相手に議論を戦わせて勝利する王女様を、人々は驚き讃えていたわ。でも、わたしは全然驚かなかった。王女様は、みんなの知らないところで血の滲むような努力をしていたことを知っていたもの。いつも勉強は嫌だ、身につけなければならないことが多すぎて一時も気を抜けない、息が詰まるようだと言っていたけれどね。王女様は恥ずかしがり屋なのよ。

 そんな王女様だったから、多くの人々に慕われていたわ。わたしは王女様の近くにいられるのが嬉しく、誇らしく、王女様がわたしの「声」を褒めてくださるだけで、生きていてよかったと思えた。

 王女様も、王女様の侍女も、とても良くしてくれた。言葉や学問だけじゃなく、礼典や教養まで、生きるために必要な知識は全部、王女様や王女様の侍女から教えて貰ったの。人間は恐ろしいばかりの生き物でないと知ったわ。わたしは王女様に育てて貰ったのよ。

 ええ、そうよ。アレクシアは王女様の侍女だったの。


 今思い返しても、あの頃が、わたしが生きてきた中で一番穏やかで幸せな時間だったわ。


 そのうちに、王様が病を得て床につくことが多くなった。世継ぎの王女様は次の国王として公務の量が増えていったわ。わたしは、王女様と過ごす時間が減って寂しかったけれど、我慢した。そのときにはもう、我が儘で王女様を煩わせてはいけないとわかる年だったから。それに、代わりにアレクシアたちがたくさん遊んでくれたもの。


 数年後、王様が亡くなると、王女様は女王として即位したわ。美しく聡明で、優しい王女様は多くの人々から敬愛され、誰もが明君だと噂した。

 即位していよいよ王女様は忙しくなり、わたしが会える時間はますます減ったわ。でも、忙しい王女様がわたしの「声」を聞いて一休みするのが、わたしの一番の喜びだった。王女様がお望みになるのなら、夜通し啼くてもいいと言ったら、王女様は困ったようなお顔で、気持ちは嬉しいけれど夜は休みなさいと言ってくれたの。本当に優しい人だわ。

 王女様の治世はとても穏やかで、天災や飢饉も起きず、まるで大いなる何かに守られているようだと人々は噂したわ。わたしは神様なんて信じていないけれど、王女様は神々に祝福されていたんだと思うの。

 神に深く愛されてしまったがために、あれほど早く天に召されてしまったのだわ。


 わたしが知らないだけで、戦火がすぐ近くまできていたの。


 王女様の国、セドナ王国は、「森と湖の国」と呼ばれる美しい国よ。天の翠玉、大陸の至宝とまで言われただけあって、どこを歩いても絵画のような風景が広がっているの。四季の変化はあるけれど、一年を通して寒暖の差が少なく過ごしやすい気候だから、避暑や避寒、観光に多くの人々がきていたわ。そのおかげで、土地があまり豊かではなく、特産品がない国でもやってこられたのだと、王女様は言っていた。だから、グランエスカ王国から同盟の打診がきたときは、目的がわからず悩んでいたみたい。

 その頃にはもう、グランエスカ王国は、周りを力で制圧して領土を増やしてきたことは、わたしでも知っているくらい有名だったわ。元はエスカディート国という小国だったのでしょう。

 だから、国内は反対派が圧倒的だったわ。王女様も同盟を結ぶつもりはなく、謝絶すると結論を出していた。

 でも、断っても断っても使者がやってきたの。断り続けているうちに書状の内容はどんどん物騒になって、ついには武力で脅してくるまでになったわ。幾つもの国を滅ぼした、ご自慢の力でね。

 グランエスカ王国がどうして王女様のセドナ王国に固執するのか、わたしにはわからなかった。セドナ王国は美しい国だけれど、それを領土にしたって、グランエスカに何かいいことがあるとは思えなかったもの。ただ版図はんとを広げたかっただけなのかも知れないわね。

 日々緊張は高まって、国境での小競り合いを皮切りに、不意打ちのようにグランエスカ王国との戦が始まったわ。グランエスカは大国で、セドナの負けは火を見るよりも明らかだった。

 王女様は、民を戦火に晒すわけにはいかないと、早々に降伏を申し入れたわ。なのにグランエスカは聞き入れず、一方的に宣戦布告の後に攻め入ってきたの。

 セドナ周辺にグランエスカ王国に対抗できる国はないわ。負けるとわかっていて手を差し伸べてくれる国もなく、セドナは瞬く間に踏み荒らされてしまった。王女様からは笑顔が消えて、前線に出たい王女様と、それを止める側近とで毎日大喧嘩していたわ。

 わたしは、何もできなかった。王女様が危険なのに、何も……。せめて剣でも習っていればととても後悔したわ。

 必死の抵抗も空しく、戦火は王都にまで迫ってきたわ。王女様は途中から、抗うことよりも無辜の人々を逃がすことに力を尽くしていた。

 王女様は、わたしにも逃げるよう言ったわ。でもわたしは、最後まで王女様の傍にいたいと駄々を捏ねて、王城に留まったの。戦うことはできなくても、王女様の盾にならなれるだろうと思ったから。何もできないけれど、何かしたかったの。王女様のために。

 国を守ろうと戦い続ける兵士たちに、王女様は投降を命じたわ。周囲は必死に止めたけれど王女様の意志は硬く、王城は開かれてセドナ王国は陥落した。

 わたしは王女様と引き離されて、でも、泣き叫ぶわたしに王女様は、きっと無事に戻るからと約束してくれたの。それだけがわたしの希望だった。

 グランエスカの総司令の前に引き出されたわたしは、全力で暴れて、思いつく限りのグランエスカの悪口を言ったわ。あまりの無礼に処刑してしまえという意見もあったみたいだけれど、珍しい生き物を殺してしまうのは惜しい、国王に見せるべきだという声が上がって、わたしの献上が決まったの。

 わたしはまた「戦利品」として、今度はグランエスカに召し上げられることになったのよ。


 わたしを見張っている人に何度頼んでも、王女様に会わせて貰えなかった。アレクシアたちとも離され、泣き続けた期間がどれくらいだったのか、覚えていないわ。


 そしてグランエスカに移送される日、わたしは見てしまったの。城門に晒されている王女様の御首級みしるしを。

 後から聞いたのだけれど、王女様は多くの民の命と引き替えに命を差し出されたそうよ。おかげで、逃げ遅れた、あるいは己の意志で留まった民や、最後まで戦いながらも投降の命に従い、捕虜となった兵士たちの殆どが安堵されたのですって。

 けれど王女様は死んでしまったわ。首を切られてしまったの。だから、わたしは剣や斧が大嫌い。この世からすべてなくなってしまえばいいのに。

 王女様になんの罪があったというの? 同盟を拒んだ国の王であったというだけで、王女様は殺されたわ。多くの民を救うために、女王として仕方がなかったのだと言う人もいたけれど、そもそも戦を仕掛けてきたのはグランエスカ王国のほうじゃない。降伏を聞き入れなかったのは、見せしめの意味もあったそうね。セドナ王国陥落後、多くの国がグランエスカにくだったのですって。結果としてグランエスカは小さな国を破壊するだけで、たくさん領土を増やしたのよ。


 許せない、と思った。


 グランエスカの王様は、わたしには興味がないみたいだった。代わりに優しくしてくれたのは、グランエスカの王女様。そう、レートフェティ様よ。その後すぐに王様が亡くなり、王女様が即位したのもセドナの時と同じで、わたしはセドナの王女様を思い出し、ますます悲しくなったわ。

 セドナの王女様の死を知ってからわたしは、王女様の後を追うことばかりを考えていたわ。王女様がいない世界などわたしにはなんの意味もない。でも、王女様を殺し、王女様の愛したすべてを奪ったグランエスカが、素知らぬ顔でながらえていいはずがないでしょう?

 グランエスカの女王様は嫌いではないわ。悪い人ではないし、わたしにもアレクシアにも優しくしてくれたもの。でも、グランエスカの女王だから仕方ないわよね。セドナの王女様も、セドナの女王だったから殺されたのだもの。

 セドナの王女様はきっと、わたしが濁った心で生きるのを悲しむわね。もし生きていたら、怒られてしまうわ。でもわたしは、グランエスカを許すことも、受け入れることも、できないの。

 グランエスカ―――エスカディート王国は、とても戦が好きなのでしょう? ならば望み通り、戦って、戦って、戦った果てに、滅びてしまえばいいのだわ。

 アレクシア? 関係ないわ。わたしがグランエスカに滅んでほしいのよ。どうしてアレクシアが出てくるの? わたし一人のことよ。間違えないで。

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