四章 4-1
4
数回にわたって投降を呼びかけても反乱兵が応じることはなく、夜を迎えた。予定通りノインとフリストは表と裏に分かれて待機している。
灯星が王城の尖塔にさしかかる頃、奇妙な静けさの中に細い笛の音が響いた。聞き取ったノインが動くよりも先に離宮正面から鬨の声が上がり、ノインは思わず天を仰ぐ。
(なんでだ!)
陽動は要らないと言っておいたはずなのにとフリストを罵りたくなりたくなったが、文句を言うのは後からだと切り替えて兵士たちを振り返る。
「作戦変更。一、二班は正面へ向かって大佐の部隊を援護。三班、四班は各々さっき言ったルートで二階の南東端の部屋を目指せ。―――行くぞ!」
兵士たちは一班から粛々と行動を開始する。そもそも離宮内で百人が一斉に動くことは無理なので、部隊を四つに分けたのだが、思わぬところで役に立った。
(むしろ、こっちでも騒いで分断してやればよかったか?)
ちらりと考えたが、既に一班は裏門から突入している。離宮からは怒号と悲鳴が上がり始めていて、内部はかなり混乱しているようだった。その上フリストの陽動にかかって、ノインの見る限り裏手には最低限の見張りと警備しか居ない。やはり反乱側には指揮官が存在しないか、いたとしても経験が足りないらしい。ノインは離宮に踏み込んで声を張り上げる。
「投降しろ! 身の安全は保障する! 繰り返す、投降しろ!」
裏からの侵入に気付いて戻ってくる反乱兵も、統率も何もなく散発的で、あっさりと捕らえられたり倒されたりしている。攻め入る方としては楽でありがたいが、この
(いや……起こさせられたのか?)
騒ぎを縫うように明るい鈴鳴が聞こえる。どこにいるのかまではわからないが、予想通りルーシェは無事で元気らしい。
レートフェティへの手紙には、ルーシェとアレクシアも捕らえられていること、キャンディは女王と女王の侍女の分だから、耳鳴りか鈴鳴が聞こえたら食べて欲しいと書いた。それを読んだ上でルーシェたちのことは心配するなと言って寄越したレートフェティは、おそらく正しく意図を汲み取ってくれた。
鈴の音を止めたいが、女王を助け出すのが最優先だとノインは先を急ぐ。
レートフェティが囚われている部屋は南東の角である。二階は回廊になっているので、そこへ向かうルートは二つある。三班は北から、四班は西から向かっており、ノインは三班に同行していた。
途中はさしたる脅威もなく目指す部屋の近くまで行くことができたが、敵方も女王を奪還されたら終わりだとわかっているのだろう、扉の前には多数の反乱兵が集まり、半分はなんとか扉をこじ開けようとして、もう半分は周囲を警戒している。
ノインは兵士たち共に廊下の角に身を隠しつつ告げた。
「抵抗をやめろ。今投降するなら身の安全は保障する。あくまで陛下を害そうとするなら、逆賊としてここで排除する」
扉を叩く音がやんだ。静寂が戻って鈴の音が響く中、兵士の一人が悲鳴じみた声を上げる。
「だ……黙れ! 投降しても同じだ! どうせ処刑される!」
銃弾が隠れている壁を叩き、ノインは首を竦める。
「処刑されるかどうかは裁判次第だ。投降してありのままを話せ」
「騙されるものか!」
「嘘は言わない。今のうちに投降してくれ。でないと正面を制圧したフリスト大佐がこちらにくるぞ。あの人は……」
「ノイン准将ほど優しくない」
聞き覚えのある、笑みさえ含んだ声で遮られて、ノインは瞠目した。顔だけ出して覗き込めば、誰かを引き摺るように連行しながら、兵士たちを引き連れてフリストがやってくるところだった。
(早い!)
反乱兵たちは息を飲み、一斉に銃口をフリストに向ける。銃弾が放たれる前にフリストは連れてきた誰かを自らの前に押し出した。それは半身を赤く染めたスロールで、意識があるのかないのかノインは判断できない。
凍り付いてしまった反乱兵に、フリストは淡々と告げる。
「ついでに、私は気が短い。三つ数えるうちに武器を捨てろ。投降すれば命は助けてやる。抵抗するなら殺す」
言いながらフリストはノインへ視線を寄越した。目を合わせてから、首を巡らせるのを装って扉へそれを滑らせる。彼が気を引いているうちに取り押さえろという意味だと解釈し、ノインは小さく頷いた。近くにいる兵士たちへ手振りでそれを伝える。
一呼吸置いてフリストが数を数えだした。
「三」
反乱兵に緊張が走る。
「二」
ノインと共にいる兵士たちが身構える。
「一」
「行け!」
ノインの合図と共に兵士たちが飛び出し、フリストは半ばぶら下げていたスロールを反乱兵目がけて放り投げた。揉み合いになり、廊下は騒然となる。
「悪足掻きはやめろ!」
「投降しろと言っている!」
「くそっ、固まれ! 准将を狙え!」
扉をこじ開けようとしていた反乱兵も応戦に回ったが、数の差は大きく、間もなく全員取り押さえることができた。
取り敢えず一段落かと、ノインはフリストを振り返る。するとフリストはノインに気付いて小さく笑んだ。
「ご無事で、准将」
「大佐も」
ノインも笑んで返したが、やはりフリストは無傷とは行かなかったらしく、重傷ではなさそうだがあちこち怪我を負っている。
「陽動は必要ないと言ったはずですが」
「いやあ、女王陛下をお助けするとなると、皆気合いが入ってしまいましてね」
「始末してしまってくださいと送ったんですけど」
「無茶言わないでください。そこまで読み取れません」
「まあ、死人が少ないに越したことはありません。あとは私に任せて、准将は女王陛下を」
「……お願いします」
まだ言いたいことはあったが、レートフェティを助け出さねばとノインは扉へ向かった。叩きながら呼びかける。
「陛下、カルスルーエ准将です。どうか、ここをお開けください」
何度か繰り返すと、扉の向こうで重いものを動かす音がして、ゆっくりと扉が開いた。華奢な人影が現れる。
「……ノイン」
吐息のように名を呼んだレートフェティは、ノインの記憶にあるよりも痩せたように見えた。握り合わせた両手は小刻みに震え、顔色は紙のように白い。
どれほど気丈でも、この状況で侍女と二人きりで閉じ籠もり、兵士たちに扉を破られかけて、恐怖しないはずがない。
「レティ……」
呟いたノインは思わず手を伸ばし、レートフェティの肩に触れる寸前で我に返って拳を握った。深く頭を垂れる。
「遅くなりまして申し訳ありません。お迎えに参りました」
「きてくれると信じていました」
「勿体ないお言葉です」
顔を上げ、ノインは上着の隠しから耳飾りの笛を取り出した。返そうとすると、レートフェティはかぶりを振って止める。
「それはあなたが持っていて」
女王の言葉に驚いてノインは僅かに目を見張った。逆らう理由もないので耳飾りを握り込んだ手を胸に当てる。
「御意のままに」
レートフェティはまだ何か言いたげだったが、控えていたフェニヤが割って入った。
「陛下、衛兵が参ったようです。お戻りなされませ。―――カルスルーエ准将、フリスト大佐。大義でした。お礼は後日改めて。さ、陛下」
捕らえられていた衛兵が解放されたらしく、フェニヤの言う通りにこちらへやってくる。頷いたレートフェティは女王の顔になり、衛兵に囲まれて去って行った。その姿が見えなくなってから、いつの間にか傍らにきていたフリストが揶揄めいて囁く。
「ノイン准将も罪作りですね」
「は? 罪?」
問い返せば、フリストはにこりと不思議な笑みを浮かべた。
「さて。後始末に移りましょうか」
「ええ……あ」
気が付けば、鈴鳴がいつの間にか止み、耳鳴りがぶり返している。そのことに妙な胸騒ぎを覚えて、ノインはキャンディを口に入れながらフリストを見上げた。
「すみません大佐、あとはお任せしてもいいですか」
フリストは目を瞬いたが、すぐに頷く。
「構いませんよ。何か気になることでも?」
「ルーシェを捜しに行きます」
「ああ、そういえば発見の報がまだありませんね。手の空いている者に捜させましょう」
「頼みます」
言い置いてノインは踵を返そうとした。しかし、
「准将!」
「はい? ……っ!」
腕を強く捉まれて引き戻される。突然のことによろめき、抱き込まれるようなかたちになってフリストを見上げれば、ノインと入れ替わりに前に出た彼の方が驚いた顔をしていた。
「何か?」
訝ると、瞠目していたフリストがノインを放して、無理矢理のような笑みを浮かべる。
「いえ。……お気をつけて」
「はあ……」
わけがわからず曖昧に頷き、ノインはまずルーシェの部屋へ行ってみることにした。
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