四章 2-1

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 ノインたちが姿を現すと、離宮を包囲している兵士たちがさざめいた。

「准将だ……」

「戻ったってのは本当だったのか」

「あれ例の大佐じゃないか?」

「フリスト大佐って、捕まったはずじゃ」

「なんだあの子供」

 聞こえてくるざわめきを無視し、ノインは近くにいる兵士を捉まえて尋ねる。

「バーレス少将はいるか?」

「はい、お捜しして参ります!」

「あ、いや、私が行く……」

 皆まで聞かずに兵士は慌てて走り去って行った。それと入れ替わるように、侍女が小走りでこちらへ向かってくる。

「ノイン様!」

「ナンナ、ライヤ!」

 てっきり二人ともルーシェと共に離宮にいるものだと思っていたノインが瞠目して呼べば、駆け寄ってきた二人は安心した様子でノインを見上げる。

「お戻りになったと耳にしまして、僭越ながらお捜しいたしました」

「ご無事でようございました、ノイン様」

「君たちも無事でよかった。ルーシェとアレクシアさんは?」

 問えば、ライヤとナンナは今にも泣き出しそうに顔を歪めた。

「お二人はまだ離宮の中にいらっしゃいます」

「わたくしどもだけが解放されて……中で何が起きているのか、わからないのです」

 アレクシアが一緒にいるならばルーシェは大丈夫だろうと頷き、ノインは重ねて尋ねる。

「女王陛下も囚われていると聞いた。ルーシェたちは陛下と共にいるのか?」

 これにはライヤが答える。

「わたくしどもが解放されるまではご一緒でした。その後は存じ上げません」

「そうか……」

 ライヤとナンナだけが解放されたのは、少しでも監視対象を減らすためだろう。彼女たちが持つ情報は少ないに違いない。でなければ、解放などしないはずだ。

 女王の侍女と護衛は今どこで何をやっているのか、何故反乱兵がルーシェの離宮に籠もっているのかなど、ノインにはわからないことだらけだ。とにかく情報が欲しいと考えていると、兵士がバーレスと共に戻ってきた。ノインはバーレスへ向かって敬礼する。

「バーレス少将、ご無事で。ご足労いただき恐縮です」

「おお、カルスルーエ准将。そちらも無事で何より。フリスト大佐もな」

 視線を向けられ、フリストは軽く頭を下げる。

「痛み入ります」

「これで心置きなく退場できる。あとは頼む」

 言い置いて、今にも去って行きそうなバーレスを、ノインは慌てて引き留める。

「お待ちください。私よりも、少将が指揮をお執りになったほうが」

「何を言う。老いぼれには荷が勝ちすぎるわい。それでなくてもここ三日くらいろくに休んでおらんのだ。これ以上は死んでしまうわ」

 それを言われると何も返せず、ノインは沈黙した。言葉を探しているうちに、バーレスが飄々と片手を振る。

「准将にはフリスト大佐をお貸ししよう。大佐、これが終わったら溜まっている書類仕事を頼むぞ。おぬしが捕まっている間、仕事が滞ってしまってな」

「は……微力を尽くします」

「うむ。気張れよ、若人」

 満足そうに頷いて、今度こそ立ち去ろうとするバーレスを、ノインは再び止めた。

「お待ちくださいと申せば。私が指揮を引き継ぐのは仕方ありませんが、せめて現状をお教えください」

「おお、そうであったな。―――立て籠もっている兵士の数は一五〇強。女王陛下と虹翅の姫を人質にしておるが、フリスト大佐の釈放以外の具体的な要求は、今のところない」

 バーレスの言葉を聞いて、ノインは思わずフリストを見上げた。フリストも複雑そうにノインを見下ろしている。はからずも、ノインは反乱兵の要求を呑んでしまったらしい。

「包囲している兵は五〇〇、半日交代だ。包囲を開始してから今日が四日目になる」

 離宮は良くも悪くも独立した建物だ。全方位を囲まれていては補給は望めず、今の状況では援軍も期待できない。レートフェティに手を出した時点で、派閥など関係なく彼らは逆賊だ。王城に残っている非戦派の兵士や議会が、逆賊の汚名を着てまで反乱兵を援護する気があるのなら、膠着状態が四日も続いていないだろう。

 水は離宮内に井戸があるので心配ないとしても、食料はルーシェと侍女たちのための備えしかない。一五〇人もいたのではあっという間に尽きたことだろう。そろそろ限界が見えているに違いない。

「女王陛下の侍女と衛兵は何を? 御身のお世話は? よもや、四日間何も差し上げていないわけではありますまい」

「日に一度、兵士以外の女性が一人だけという条件でお食事などをお運びしておるよ。それと、陛下と虹翅の姫に、一人ずつ侍女が残っておる。衛兵は陛下のものも虹翅の姫のものも、半数ほどが消息不明。離宮に囚われているか、始末されているだろうの」

 バーレスの話にノインは違和感を覚え、その正体にすぐに気付く。

「ルーシェはともかく、陛下の護衛も離宮にいるのですか? 王城で引き離されたのではなく」

「うむ。女王陛下は虹翅の姫をお訪ねだった。そこへ反乱兵が」

「……陛下がこちらへいらっしゃっていたのですか」

 なんという間の悪さだと、ノインは天を仰ぎたくなった。四日前ならばルーシェたちは帰り着いたばかりだっただろうし、長旅から帰った彼女の体調をおもんぱかって、王城には呼ばずにレートフェティが離宮に足を運んだのかも知れない。

 一五〇対五〇〇では、結果は火を見るよりも明らかだ。更に、こちらには交代要員が万単位で控えている。

 長引けは長引くほど少ない方が不利になる。フリストが釈放されようがされまいが、もう彼らに勝ち目などない。レートフェティを盾に取ってしまったことで引くに引けなくなっているのだろうが、降伏するか全滅するまで戦うかだったら、前者の方がいいに決まっているとノインは思う。

 どう説得すればいいのかと悩んでいると、傍らでノインとバーレスのやり取りを聞いていたフリストが口を開いた。

「白旗があったらお借りしたいのですが」

 唐突に問われたバーレスが目を瞬く。

「白旗? 生憎手元にはないな。持ってこさせよう」

「いや、ないならいいのです。―――ちょっと説得してきます」

 言うなりフリストは腰に吊していた剣を外し、近くにいた兵士へ放った。そのまま離宮へ向かっていこうとするのを、ノインは咄嗟に腕を掴む。

「待ってください。何をするつもりですか」

「説得ですよ。幸い彼らの要求は私の釈放らしいですから、私の話なら聞くでしょう」

「それはそうですけど……一人では。せめて護衛を」

「大勢で言っても余計かたくなにさせるだけですよ。私だけなら、いきなり撃たれることはないでしょう」

「しかし……」

 そのとき突然耳鳴りがし出して、ノインは言葉を切って顔を顰めた。フリストも眉を寄せて耳を触る。

「大丈夫ですか、大佐」

「失礼しました。急に耳鳴りがして」

 フリストもかと思わずジズを見れば、彼も同じく渋い表情で耳を押さえている。視線に気付いたらしく、ノインを見上げて呟いた。

「まずい」

「何が?」

「要塞の時と同じだ。これ、すごく遠くまで届いてると思う」

「要塞って、ヴェンド要塞で、ルーシェが……?」

 他の耳があるので曖昧に尋ねれば、ジズは首肯する。

「今はなんて?」

「『諦めるな』……あと、『戦え』」

 それでは降伏しないはずだと、ノインは舌打ちを堪えた。音のない鈴鳴をやめさせなければ、この膠着状態は延々続くだろう。

(やめさせないと……殴ってでも)

 何故対立を煽り、争いを助長させるようなことをするのかと、ノインはルーシェに怒りを通り越して憎しみにも似た気持ちを抱く。力尽くでもやめさせないと、きっと取り返しのつかないことになる。数に任せて離宮に乗り込むしかない。この際、多少の犠牲は仕方がない。

 考えていると、ぐいと肘のあたりを引かれた。見れば、ジズが心配そうに見上げている。

「薬草飴食べてるか?」

「飴? 食べてないけど」

 ヴェンド要塞への往路でジズに渡したり、自分も食べたりしたため、帰るころには持っていった分は尽きており、ここ数日は口にしていない。そのことを告げれば、ジズはポケットからキャンディを掴み出した。

「今すぐ食べろ。怖い顔になってる」

「え」

 まさか鈴鳴の影響かとノインは片手を頬に当てた。だとしたら、影響されているという自覚は一切ない。本心から、ルーシェを殴ってでも黙らせなければと考えた。

(これは……思っていたより厄介なのでは)

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