第8話 遣い
父は厳格で、母は気丈夫だった――と記憶している。
今となっては面影しか覚えておらず、写真も残ってはいないが、彼等が居たという認識だけが思い出として
子供の頃は判らなかったが、二人共優しい親ではあったのだと思う。
従軍経験の在った父は、俺に生き残る
特段、家族間での思い出というものすら無いが、当時はそれなりに幸せだったのだろう。
そして、二人は俺が20になる前に死んだ。
俺が日々夜遊びをし、退屈な平生から逃げていた頃だ。あの時もそう……こんな光景だった。
『光線が全てを奪った。』
車窓から見えた光景は――いつかに観た、廃れた街の巨大モニターに流れ出したニュースと酷似していた。
轟々と浮かぶ黒煙は空中の闇に消え、その中から時折放たれり光線は眼を刺した。
咄嗟に目を
その波打つ光の中で感じたのは、揺れ響く地面と熾烈な爆音。人々の阿鼻叫喚と、遠くから聞こえてくるサイレンだった。
更に、爆音が連なる――
先程の“
『この衝撃……爆心が近いな。』
危機感を覚えた俺は、意識を持ち直しながらトランクを取り、車を飛び出した。
『この騒ぎで、暫く場は停滞するだろう。人混みに流される前に移動しなければ……幸い、この付近なら土地勘が働く。
路地裏を利用すれば、一先ず抜け出すことは可能だろう。だが、ズミアダの店に向かうには、向こう岸に辿り着かなければ……』
向こう岸に着けるか否か。何方にせよ、事態を把握しておく必要があった俺は、建物の間を通り、
直ぐにあの場から逃げ出して正解だった。路地裏に人の影は無く。建物の隙間から見た大通りには依然、人々の逃げ惑う姿が見て取れた。
あの時、車を捨ててでも逃げ出していなければ今頃、混濁の真っ只中で、身動き取れずにいただろう。それは何としても避けたい――
『例の事件への関与を犯人に知られ、意図的にこの騒乱を招いたのではないか?』という懸念。
『俺は犯人の影響力を――その“規模“を
少し息を整えてから、路地裏の闇を再び歩み出した。
連なる爆発音の中、意識を集中させる――
阿鼻叫喚は至る所で聴こえ、空中には銃を搭載した警察の大型監視ドローンまで飛び始め、そのスポットライトは裏通りにまで及んでいた。
『警察の上層部は、犯人と繋がりを持っているのかもしれない』
プシエアとの会話から推測されたその認識から、より一層俺の警戒心は
暫くして、橋手前の通りが見えてきた頃。騒ぎはついに止むことは無く。然し、路地裏は喧騒を薄める程に入り組み、静かで……
俺がそれに気付いたのは、その時だった。
『――俺以外の息遣い?』
遠くで聞こえる叫び声でも、建物内のテレビ音声でも無い――この息遣いは確かに、直ぐそこに在る。
そして、ある予感がそれを確信させた。
『警察の車列が襲われ、
つまり、今一番狙われ易いのは――俺だ。』
それを予感した俺は、無意識に歩を止め、銃を脚に寄せ、
俺はトランクを持ったまま
そして、音から
僅かながらだが、空間が不自然に暗くなっている箇所が在った。視界を広げて
路地裏に響く轟音――鋼鉄に着弾した様な甲高い
そして、不可解な暗闇は途端に『色』を
「お前――相当腕が立つなぁ?」
『! コイツは、やはり……』
「どうだった? 俺の『スマートスキン』は――カメレオンの様に体色を瞬時に変化させ、背景に溶け込むことが出来る俺専用の義体さ……まさか、見破るとはな。」
戦闘では思考を
奴の口調は流暢で、おまけに饒舌多弁だった。然しながら、全身を機械化しているようだ――いや、『義体化』と謂うべきか。その姿に、人であった頃の面影はなく。角張った構造色の躯体だけが、遺されている。
となると以前の怪物が片言だったのは、義体化の所為ではないらしい――奴が特別なのかもしれないが……
「応えないのか? “ゲライン・A・シェダー“ ――過去と慈悲を捨てた殺人マニア。沈黙の誓いを立てたとは書いていなかったが……」
『書いていなかった? 俺がプロファイリングされているとでも言うのか?』
時を移さず、警察ドローンのスポットライトに照らされ、奴のフォルムが浮き彫りとなり、人体を逸した物との対峙を仰々しく認識させた。
暗赤色の光が亀裂の様に頭部を一閃し、長細い
尻尾の全長は俺の背丈ほどの長さで、先端に付いた刃は二股に分かれていた――また、尻尾はバランサーの役割もしている様で、重心に合わせて不規則に、独立して動いているようだった。
そして、以前よりも顕になる死の可能性に、俺は
「お前等は何だ? 目的は?」
呼びかけて気を逸らす――今はこれが精一杯だ。それに奴は慢心している。余程、自信があるのだろう。
更には饒舌多弁で血気盛ん……若者か。
表情が読み取れない分、先入観として留まってしまうが、奴は思惑通り質問に応え、時間稼ぎに助力した。
「俺等が何か……そうだなぁ、言うなれば『新人類』ってとこかな? 『義体化技術』……聞いた事ぐらい在るだろう? その
――とまぁ、話せるのはここまでだ。口止めされているのでね。けど結局、この前の警察みたいに殺すし、関係ないかな?」
「お前が警察の車列を襲ったのか? いや、対車両爆弾を利用しての奇襲……加えて、その『スマートスキン』とやらを利用すれば造作もないか。」
「ご明察。」
「察するまでもない……にしてもお前に人が殺せるとはな。その義体はよっぽど上等らしい。」
奴は少し音を震わせ、応えた。
「それはどういう意味だ?? 俺は十五で初めて人を殺し、今迄も殺しの仕事は一度も失敗していない! 殺しの数ならお前にも劣らないさ!」
誇らしげに殺しを語る異形の奥に、この街でよく見る屑が垣間見えた――躊躇なき悪意が。
俺は奴に明確な殺意を向けて応えた。声のトーンは自然に落ちていた。
「殺しを自慢するか……小物が。」
奴の機械音声が乱れる。
「ッ……聖人気取りが! お前の殺人履歴も凄まじいぞ! 女子供構わず皆殺しか……昨今見ない程の大量虐殺犯だな――弱者殺しに快感を覚えるタイプか?」
痛いところを突かれたな。然し、こんなチンピラに理解出来る話でもない。
ましてや、命を踏み躙る者に、自ら死を望む者の話など到底理解できる筈がない。
「――あぁ、快感だね。お前みたいな弱者をブッ殺すのが堪らなく好きなんだ。しかも、お前さんは自ら棺桶に入ってるときた。殺されたがりだな?」
「チッ……つくづくムカつく野朗だ……殺人稼業の屑野朗がよォ!!」
「かかってこいよ。直ぐにその願いを叶えてやる。」
奴は躰を震わせ、鉤爪状の前足を地に刺し、飛び込むように此方へ突進した。
だが動きは速く、機会は一瞬だった。
早撃ちに自信は無かったが、咄嗟に左手で腰の後ろに在るHoΔ.55を引き抜き。両手で銃を構え――飛び掛かる奴の紅い亀裂に目掛けて引鉄を引いた。
右手のRSF.357は奴の装甲を撃ち抜く事は無かったが、されど頭を揺らすことが出来た。そして、左手のHoΔ.55は奴の頭部を撃ち抜き、見事に破損させた。
着弾の衝撃でバランスを崩しながら、尚も飛び掛かる其れを、躰を逸らしながら受け流す。
受け流された巨体は、ゴミ箱やガラクタを巻き込み、機械音を轟々と鳴らしつつ悶える。
そして俺は、仕事としてもう一度ズミアダ弾を撃ち込もうと――
――弾は出ない。
何度も試すが、やはり直らない。
『
その中で体勢を立て直す奴に、俺は恐怖を掻き立てられ、思わず後退りをした。
「ハハ……弾詰まりか? 不幸だったなぁ? だが、よくやってくれたよ……お陰で目が覚めた……」
耳を
唯一使える銃のRSF.357は、奴の装甲板を貫通しない。撃ち抜くのなら奴の頭部――先程撃ったその部分に再度、撃ち込む必要が有った。
残った人間味を
奴は遂に立ち直り、俺は更に距離を取った。緊張、動揺、困惑――正に、そこの通りで逃げ惑う混濁と同じ感情が俺の思考を遮っていた。
闇を這い、人間性を堕としながら
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