第2話 冒涜の化身 前編
夜中0時――雨脚は未だ弱まらず。
人々の往来も、デジタルサイネージの電子音も、相変わらず
これからだ――。
これから、この深遠な都市の――その奥の奥に居る蟲が蠢く。
至る所から放たれるネオン光。小型ドローンを利用し宙に浮かぶ
ボロ布を被った浮浪者に、
太陽の下をのうのうと歩けない魑魅魍魎が、
――故に情報過多。
この夜もまた、
『傘は――そういえば、旧車から荷物を移動させている最中だったな。仮に有ったとて、手を塞ぐことになるから滅多に差すことは無いが……』
――自身でも判る程に
以前の俺ならこれすらも
だが俺は「この程度」と、深く考えず。車の
店主らしき男に歩み寄る――少なからず、受付に居るのだから、何も知らない訳はないだろう。
俺は
事実。遠目からも判る程度に店主は挙動不審で、辺りを幾度も見渡し、
『手っ取り早く、脅してやろうか。』
そんな考えさえ浮かぶ程に。
開幕。俺は
「――こんばんは。私はスレイン。君は
「だ、代理です……」
だが、犯人がそれを放っておく筈はない。
奴等は
「――そうか。代理君、夜分遅くに申し訳ないね。灯りが見えたので、やはり今日のうちに済ませようと思って、立ち寄った所存なんだ。
……実のところ、知り合いに用があってね。彼が
男も、こんな時間に客は来ないと思っていたのだろう。代理は見た目通り弱気で、落ち着きがなく。
「え、えーっと……調べてみます。御友人の
『私』は毅然とした態度で、且つ威圧感のない様に、店主代理とモーテルの様子を
「話すのは
ほら――解るだろう? あまり人前で言えるようなモノじゃないんだ。
だから今、
先ずは、そうだな……埋まっている部屋を教えてくれないか? 後日また、訪ねるかもしれない。」
上辺だけの事情をたらたらと
理由は勿論、犠牲者が男性で、撃たれる前に何があったのか詳細が不明な分、男との取っ組み合いに負けて撃たれた可能性もあったからだ。
――無論、女性が犯人という可能性も、念頭にあった。だが実際には、この男に鎌をかけてみようという思惑故の行動だった。
然し、それは無用だったようで。店主の感情は
或いは――間抜けすぎて気付いていないだけかもしれないが……結局、両者とも
店主代理の隙だらけの様子から、単なる
店主は数少ない顧客を、PC内に在る顧客名簿で調べつつ、先程より落ち着いた様子で受け応えをした。
「『埋まっている部屋』ですね? 了解しました。少々お待ちください――あっ、そうだ。お客様の特徴等は把握していませんが、例の
もちろん、自分は分かりませんし、プライバシーの問題で、貴方に見せる訳にもいきませんので、何か手掛かりがあれば……」
「構わないでくれ――」
食い気味に応える――その言葉には僅かに力が込められ、愚鈍な彼への苛立ちが、
「――今は先ず、言われた事を済ませてくれないか?」
雨で蒸れ、冷え、気落ち、疲れ、怠惰増し、それを掻き立てる愚鈍店主に、焦らせた俺は苛立ちを抑えられず。声を低く、強調し、急かしてしまった。
――この手の人種に急かすという行為はマイナスだ。特に、それが脅しでなくとも、彼等はそう受け取り、落ち着きが無くなることがある。
その可能性に気付くのには一秒もかからず。
言葉を放った瞬間。神経質と言われても反論出来ないぐらい直ぐに、思考が今一度鈍った。
『遅延した――』
予想通り――店主代理は落ち着きを欠き。また
「あっ、す、すみません! えっと……データによるとモーテルで運営している25部屋ある内、1〜13号室までは埋まっています。それ以外は空室となっており、21号室は閉鎖中です。」
早口だが……聞き取れた。
「閉鎖中の21号室」――今迄の事柄を知っている俺が、その言葉に何かの“ひっかかり“を感じない筈がなかった。
『被害者が襲われた部屋か?』
しかし、それを訊くにはまだ段階が踏めていない。怪しまれる可能性がある……と謂うより、更に怪しまれる可能性がある。
『余程の馬鹿者じゃなければ、夜分遅くに押し掛け、質問責めをする俺は相当に怪しく思えるだろう。
何か探りを入れられる前に去るべきだが……まだだ。まだ早い。必ず、手掛かりが有る筈だ。情報を得なければ。無駄足だけは勘弁だ。』
「じゃあ、先ずは1から13号室までの客の――名前だけを教えてくれないか?」
「名前だけでしたら……」
一先ず、現在宿泊中の客の名前を抑え、後日探りを入れた際に、活用出来るよう備えることとした。
その他の理由として、犯人がまだ宿泊中という可能性も視野に入れたかった。
厳密には、「名前だけの宿泊」として
犯人が交戦的な人物ならば、有り得ない話じゃない。
俺が、そこまで入念に対策する理由は、他人からすれば不可解……とまではいかないが、理解し難いだろう。
だが、その本質は至極単純で、俺が常日頃、必要以上に用意周到――悪く言えば神経質と謂われる程の生活を送っているからだ。
それは一種の職業病でもあり、来歴故の賜物でも、この仕事で生きていく秘訣でもある。
「そうだ! すっかり忘れていました! 最近、このモーテルもベッドセンサーを取り付けたのですよ。ほら、知ってますかね?」
また途端に代理が声を上げ、俺は否応無しにそれに合わせた。
「元は医療・介護の現場で使われていた、最近ではルームサービス時の在室の確認や、安全保障等にも活かされているアレか……特に、最近ではその流行があると耳にした事がある。」
「そうです! これを利用して、センサーがオフになっている方には連絡をしてみますね……」
店主はそう言いながらカウンター上の受話器を手に取り、もう片方の手で部屋別に割り振られたボタンに伸ばし、連絡しようとする素振りを見せる。それを確認した俺は、空かさずその行動を
「いや、それは望ましくないな。第一、こんな夜分遅くに電話なんて鳴らしたら、客足は更に
それに――言っただろう? 友人は変わり者なんだ。警戒心が異様に高く、仮に私が、私の声で、私自身の名前を出したとて、直接確認するまでは信じもしない男だ。
それ程に変人なんだ。電話なんてしたらどうなるか……頼んでおいて悪いが止めてくれ。私は素直に朝まで待つことにするよ。」
犯人の影が見えていた俺は、アシがつくのを恐れていた。だがそれは、ありふれた「死」への恐怖からではなく。何方かというと、論理に基づく思考から生まれたモノだ。
当然だが、いくら俺が銃の扱いに慣れているとはいえ、若し相手がマフィアやカルテル。またはそれらに近い何らかの組織で、何十人もの武装した人間が襲ってきた場合。俺に為す術はない。
もっと慎重になるべきだ――正確な情報を得るには、特に細心の注意が必要だった。
店主は少し不審がるような、そんな渋い顔明らかにしながらゆっくりと受話器を置いた。
「えぇ、分かりました……」
店主は間抜けだが、それでも今の行動を怪しまれた可能性はあった。「友人」の為に名簿まで出させた男は――夜分遅いというのもあるが――然し電話はダメだと言うのだから、不審ではあるだろう。
『やはり無理があったか?』
――いや、怪しまれたなら“とことん“してしまえば良い。幸い、店主の両手は見えている。カウンター下に銃を隠している様子も見えない。辺りに怪しげな人影も見えない。
俺は意を決して、件の話を口にした。
「最後に――21号室には何が?」
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