第1話 栄華と狂乱の都市 後編

 「――何故そこまでして、私にやらせたいのですか? 何時いつもの……“御友人方“は?」


俺がそう問い掛けると、署長はまた不敵に笑い、徐に話を続けた。


――雨脚も強まってきた頃だ。


「話を聞いてくれるのかね? 私はてっきり……いやはや、柄にもなく少々驚いてしまったよ。」


下手な嘘だ――署長は俺が訊くと解っていたんだ。


『誘導だ。悪趣味だ。悪の変態性癖だ。』


罵言ばげんは、幾らでも思い浮かんだ。


然し、俺はまんまと誘導されてやった。


嫌な予感がした――只事ただごとではない気がしてならなかったのだ。


それは恐らく、署長の仮面の下に有る確かな焦燥しょうそうから感じられたものだ。


然し、署長の話は不確定要素の塊で、より不気味さを増し、俺の警戒心を途端に呼び起こした。



 「いやなに、君には話さなかっただけでね。既に各部署やら、なんやらと協力して事に当たってはいるんだ。然し、少々――というか、かなり梃子摺てこずっていてね。


誰の仕業かは分からないが、我々が不利になる様なも流れ始めている。私に協力しない者も少なからず現れている――その“誰か“が、手を回しているのは間違いないだろう。


正に情報戦だよ。


だから尚更なおさら、早急に解決したく。故に、この手の仕事が得意な君に頼もうとした訳だよ……偉ぶってる奴を出し抜くのは得意だろう?」


「出し抜いてどうするつもりですか? いえ、言わずとも判っています――つまり、『殺し』ってワケですか。」


「人聞きが悪い言い方を――だが、まぁ……そうだ。だ。引き受けてもらえないかね?」



 署長は口にしないが、この署は主に殺害許可が降りた凶悪犯罪者を追跡し、連行。しくは――“射殺“する仕事を引き受けている。


標的は、警察の手が及ばない域に逃げ隠れた屑共クズども。勿論、特捜が出るという事は、その域は政府関係者の息がかかっていたり、ギャングやマフィアのシマだったりするワケだ。


奴等にとっちゃ、法外なれども聖域だろう。


そんな時、此方は思うワケだ。


『奴等が何かしらの要因で死んでくれたなら』と――。


そういった時に、“最終手段“として手を汚すのが第十二特別捜査署だ。


――お陰様で蔑称べっしょうは「殺し屋」


だが俺は、的を射ていると思う。


どんな形であれ、人殺しを生業としているのだ。人殺し以外の何ものでもない。



 これもまた、少し前なら有り得なかった話だが、凶悪犯罪と汚職警官は日を追う毎に増してゆき、反比例するように健全な人間は減少していった。これもまた、それに手を焼いた政府の方針として生み出された悪法の一種に過ぎない。


『目には目を、歯には歯を』と謂うハンムラビ法典――罪刑法定主義の起源にまで遡った同害報復措置Talioの利己的引用。


くだけた言い方をするのなら『人が増えすぎて収拾がつかないから殺せ』って事だ。


もっとも、その政府内にも腐った野郎は大勢居るのだが……どうやら其奴等そいつらは例外らしい。



 勿論、この署と同じ形式の署は存在する。当然、そのような署には、の人間――“人殺しに慣れた人間“が集まってくる。


そして、署長はそんな人間ロクデナシを集めても解決出来ないと言うのだ。


『毒をもって毒を制すとは謂うが、それが出来なかったなら、次は一体何を使う??』


そう問い掛けたなら、きっと署長はこう言うだろう――


『なんてことはない。より強力な毒を用いるだけだよ。』


署長もまた例に漏れず、冷酷な人間の一人だ。



 署長は少し煙を含んでから話を続けた。


「君の言い方を借りるなら――君は、私が知っている中で一番の『殺し屋』だ。今回も事件解決に協力してくれないかね? 頼む。」


署長の魂胆は視えている。俺がこの事件を解決したら、手柄を横取りして知名度と名声。そして犯人に世話になった奴等から、多額の懸賞金を奪い取るつもりなのだろう。


いけ好かない――が、腐ってもデル署長は俺を特捜に入れた恩人だ。俺の報酬も気前良く出して、かなりの額になるだろう。


加えて、ある程度の情報は先人が得ているはずだ。「灯台下暗し」といったように、案外問題は簡単で、早めに解決する可能性もある。


最悪の場合は他人に任せ、俺は引っ越しの準備でもしてやれば良い。


それに――俺はこの事件に少し興味を持ち始めていた。


『署長の話がどこまで真実で、相手の目論見もくろみとは一体どのようなものなのか……それだけでも識ってみたいじゃないか。』



 俺は逡巡しゅんじゅんするような素振りを装ってから、渋々という態度で答えた。


「……わかりました。やりましょう。」


その言葉を聞くと署長は「ニカッ」と目尻にしわを寄せ、不細工な笑顔を作り、短い足を机の下に戻してから、前のめりになって仕事の詳細を俺に教え始めた。



 「捜査は今現在も行われているが、解決には至っていない。というのも、様々な要因が作用していて……」


俺は食い気味に問い掛けた。


「様々な要因とは?」


「――君も政治家の汚職事件については、流石に知っているだろう?」


「えぇ、勿論もちろん知っていますとも……まさか政治家がターゲットなのですか?」


その反問に対し、署長はあざけるように片口角を上げて否定した。


「はっ! そんな訳ないだろう?


即時死刑執行権I.Ex.P』は、政治家等の御偉いさん方には適用されない――元来はそうでないが、実質的にそうであることは現場職の君なら重々承知の筈だ。


仮に有罪だとして、政治家を殺した日には最悪、国家反逆罪か内乱罪+αで直ぐに死刑だ。恐らく……問答無用でな。


――解ってて言ったのだろう? 他人を試すような真似はしないでくれよ、ゲライン君。『汝、神を試すなかれ』とも謂うだろう?」


「えぇ、勿論もちろんわかっていますよ。然しながら提言しますと、恐れ知らずの貴方なら政治家相手でも構わずやりかねない――違いますか?」



 『今や、法に大した力はない。犯罪と共に市民を切り捨てたのだから、当然の結果だ……とは言え、富裕層にも高い影響力を持つ人物を処刑したのなら、その対価は計り知れない。


もっとも、大半がそのくらいに着く為に他人を蹴落とす様な人種なのだから、“平等クソッタレ“とうたうのも納得がいく。』


そう思案しつつ、突飛な予想を話した俺に、署長は諦観した様子を見せてから、話を続けた。


「はぁ……まぁ、いい。


標的ターゲットは、政治家を相手に仕事をしていたらしい。判っているのは、機械科学系の技術者だという事だけだ。」


「これまた、随分と情報が少ないですね。」


「そこも奇妙な点だが、君の先人達の行末もまた奇妙でね。行方不明者が多数出ている上に、先日一人が殺害された――」


『おいおい、そんなハナシ聞いてないぞ。

然し、やると言ったからには署長は意地でもやらせるだろう。


手土産の一つでも渡せばわ旧知の仲という事で許してくれる可能性もあるにはあるが――かなり低い。』


「一先ず。先人の話は一旦置いて、標的について何か訊きたいことは無いのかね?」


署長は当然のように話を戻した。勿論、俺はその言動を快くは思わなかったが、どうせ後々訊くだろうと思い、深く考えないようにした。


――と謂うより、署長のようにつかみどころの無い人物と会話する際は、その様に都合よく思わなければ、やっていられない。



 「では……『仕事』とは? 情報が幾ら無いと言っても、政治家から多少の情報は引き出しているのでしょう?」


「あぁ。どうやら出資を募っていたらしい。


然し、何の出資かは未だ不明だ。捕まえた政治家はそれ以外何も口を割らず、他の政治家も同様で、証拠不十分。何時も通り、直ぐに釈放されたよ。


どのみち証拠が有ろうが無かろうか、関係なく直ぐに出るのだが――彼等はせっかちだからね。」


『じゃあ、今度脅す時は「札付き・皮付き・早漏野朗」と罵ってやろう。奴等きっと、黒服の後ろで青筋立てて声を荒らげるぞ。』


「――ん? 何か言ったかね?」


「いえ、なんでも。」


『署長は人の心の声が聞こえるのかもしれない……なんて気持ち悪いコトを考えてしまったんだ。』


自分の思索にゾッとしたのは、生まれて初めてかもしれない。彼にそんな力が有ったなら、俺は今直ぐにでも窓ガラスを突き抜けて、この身を投げていただろう。


尤も、似たような真似が出来てしまう知り合いも居るが――アレは気が触れてる。


「? まぁ、いい……政府の更に御偉い方から圧力をかけられてじきに。いつもの流れだよ。警察もそれが判っていたのだろうね。


因みに、念を押して言うが、政治家に会っても尋問脅しをするのはしてくれよ。以前のように、また審問会に呼び出されるのは御免だからね。」


「えぇ、わかっていますよ。それで、標的の足取りはどれぐらい掴めているのですか?」


「いや、ほぼ掴めていない――だが、先日。他の特捜員が、Kleffer大通りの裏にある46Σモーテルで撃たれた。


先程話した、先人の死者だよ。部屋を借りて張り込みをしていたところを、後ろから『ズドン!』だそうだ。」


殺しのプロが集まる特捜――そんな奴等が追っているにも関わらず、返り討ちにしたのか。不意打ちにしろ、それは間違いなく勝利だ。


特に、死と隣り合わせの職業で油断する者はいない。その者をたおすのだから、恐ろしい。いよいよ笑えなくなってきたな。


「で、鑑識と死体は?」


「鑑識はナシ。そこまで手が回せないと言われたよ。先ず、誰かが口出ししたのは間違いないね。死体の方は焼却処分された。司法解剖の結果も特筆事項ナシ、だそうだ。良く見る銃創じゅうそうだとさ。全くアテにならんよ。」


「なるほど……ところで、技術者に仲間が居るという情報は?」


「今のところ無いな。」


「技術者がそこまで高い戦闘技術を有するようには思えません。誰かを雇ったか、仲間が居るとは思えませんか?」


「それはそうだが、少なからず『誰かを雇った』という事はないと踏んでいる。


というのも、技術者と関わりを持ったと思われる政治家、これから関わりを持つであろう政治家には、ステルスドローンや内偵といった方法で、我々の協力者が24時間体制で見張っている。


要するに、政治家経由での殺し屋・傭兵の雇用はほぼ不可能にしてあるのだよ。」


「ならば、貧民街の浮浪者や何でも屋ならどうでしょう。」


「無論、貧民街にも十数名送り込んである。情報が少ないが故に、殆どが見張りや監視、張り込みをしているのが現状だ。


なのか――技術者は中々尻尾を出さないでいる。先程の事件も、相手が動けなくなり、どうしてもやらざるを得なかった、という結果なのだと私は考えていたが……」


「――が? 何か別の憶測でも?」


「あぁ。君に会ってもう一つの憶測が擡頭たいとうしてきたよ。


――我々への宣戦布告さ。


尤も、技術者標的がそんな大それたことを、それも大真面目に考えている馬鹿だとは考え難いがね。」


――道理どうりで解決に至らない訳だ。目ぼしい成果は無いが、特捜は特捜なりにベストを尽くし、実際には技術者の動きをかなり制限出来ている。これは事実だろう。


そして憶測――技術者側は多少、強引な手を打つしかなかった。


そして、そこに痕跡が生まれ、その痕跡から特定・追跡を依頼する為に、俺を呼んだのだとすれば納得はいくが……


然し――あまりにも情報が少なすぎる。


『今迄、痕跡も残さず逃げ隠れていた輩が、何故今になって尻尾を出す? 何かしらの目的があるのか?


宣戦布告よりも現実的な理由が――。」



 「一先ひとまず、その46Σモーテルに行って、怪しい人物が居なかったかを再度調べてみます。次いでに、事件現場も再度洗ってみます。」


「ああ、頼んだよ、ゲライン君。鑑識なんて頼めた世界じゃないからね。君が頼りだ。」


署長はそう言い放つと、また葉巻を大きく含み、吐き出した。そして俺は、煙草好きな署長のヤニ臭い部屋から逃げる様に、その場を後にした。

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